真っ赤なコペンと真っ赤な鉄。西洋鍛冶に拘る夫妻の暖かい個性
- 店舗前でのワンカット。
ヒトの生活に欠かせないものとは何か? 衣食住、パートナー、仕事、夢、そしてクルマに代表される移動手段といったものがその代表ではないだろうか。
興味深いのは、それら全ての要素が複雑に絡み合い唯一無二のライフスタイルを作り上げていることだろう。
京都駅からクルマで20分ほど。趣のある商店街の片隅にお目当ての店はあった。ターコイズブルーの特徴的な扉の前に、真っ赤なダイハツ・コペンが止まっている。本日のお目当て、森泰之さんと倉内南さん夫妻が切り盛りするお店、その名も西洋鍛冶Kaji-fufuである。
赤いコペンよりも、まず西洋鍛冶という文字列が気になってしまった。鍛冶という職業だけでも今どき珍しいのに、頭に“西洋”の文字が加えられている。
「やっていることは鍛冶屋なんですが、ウチでは洋風の雰囲気の作品を作っています。鉄の風合いを敢えて残すため、作品を蜜蝋で仕上げるのも西洋鍛冶の特徴です」と泰之さん。
お店の中に個展のように並べられたお二人の作品の数々は、力強いが洒落ていて、確かに和の雰囲気とは異なる。聞けばご夫妻はそれぞれが別々の屋号を持ちつつ、作品作りに励んでいるのだという。
- 美術ギャラリーのようにきれいに飾られている京都市内の店舗。
扉から窓、そして作品を置くテーブルに至るまで、お店の中のものはことごとく手作りされている。鍛冶というと真っ赤に焼けた鉄の棒をハンマーで叩くイメージなのだが、ココにそんな荒々しい空気感はない。
「山の方にアトリエがあり、平日はそこで作品を作っています。このお店を開けるのは週末だけなんです」と南さん。
白い壁で囲われたお店の中には黒くて精悍な鉄製の小物や大き目のアクセサリーまで様々なものが並んでいる。ぜひこれらの作品が生まれる瞬間を見せてほしいとお願いすると、夫妻は快く承知してくれた。
- 「373」のマークは南さんの作品の刻印としても使われている。
- 南さんの背後に飾られている葉のオブジェも鉄作品だ。
- 泰之さんと南さんの作風は明確に異なる。泰之さんは、オーダーメイドの手すりといった実用品や、美術作品のオーダーもあるという。
なるほど、街中にあるお店や住まいと、山の中にあるスタジオを往復する毎日であれば、そこにクルマは欠かせない。山道をコペンで走ったらさぞかし気持ちがよさそうだ。と思ったら、森さんが8か月になる赤ちゃんを抱きかかえてきた。
「コペンは結婚する前から乗っている私のクルマなんです。最近は子供も生まれて、少し乗る機会が減っていますけど」と南さん。
結婚や出産を経て家族構成やライフスタイルは変わっていくのは当然だ。
「仕事で色々重いものを運ぶので、ハイエースを使っています。我が家のファミリーカーとしても活躍しています」
コペンとハイエースのペアなら納得だ。
南さんのコペンは、一見すると“真っ赤!”というだけなのだが、日々自らの手で一点物の作品を創り続けている南さんの愛車らしく、色々と手が加えられている。シートは茶色いレザーで質感が高められているし、ステアリングはイタリア、ナルディ社のウッドステアリングを装着している。ダッシュパネルの一輪挿しやメッキのホイールカバー等もクラシカルな雰囲気に一役買っている。
「10年以上前に新車で買いました。こんなクルマあるんだ!って一目惚れしてしまいました。私は運転を楽しみたい方なんで、ギアもマニュアルです」
南さんは最愛のコペンに名前を付けている。
「コペ子です。名前があった方が愛情をかけやすいので。おはよう、コペ子、とか声をかけているんです(笑)」。
コペンの鍵を見せてもらうと、やっぱり南さんお手製の黒光りするキーホルダーが存在感を放っていた。
街中から20分ほど山道を走ると、琵琶湖が見下ろせる滋賀県との県境に達する。そこにKaji-fufuのアトリエはあった。入り口付近では森さんが現在手掛けている大きなフェンスがあった。小物だけではなく、家のインテリアやエクステアリアの注文も多いのだという。
泰之さんと南さんは慣れた手つきでコークスを炉に入れて火をつけ、鉄棒を熱していく。革エプロンを付け、大きなハンマーを手にすると、先ほどまでの和やかな空気感が少しピリッと引き締まるのがわかる。
泰之さんが「じゃあちょっと打ってみるので離れていてください」と言うやいなや、真っ赤な鉄棒めがけて2人がリズミカルにハンマーを振り下ろしはじめた。ほの暗いアトリエの中で赤い火花が鋭く飛び散り、鉄がカタチを変えていく。光景は荒々しいが、2人の楽しそうな雰囲気が伝わってきて、まるで日本の伝統的なお祭りを見ているようだ。
- 息を合わせ、掛け声をかけながら一打一打ハンマーを下ろす。
四角い断面の鉄の棒は、あっという間に鋭く尖り、みるみるうちに黒く戻っていく。鉄の加工というと大きな機械がやるものというイメージがある。けれどそれを今なお手で打ってかたちを変え、新たな命を吹き込む職人がいるのである。
「作る人の手が違うと、作品の雰囲気もけっこう変わるんです。妻の作品が好き、といってきてくれる人もいますから。もちろん錆びてしまうこともありますが、だからこそ僕は鉄が好きなんです」
愛情を注ぐと、無機質なものに魂が灯る。泰之さんと南さんの作品にも、そしてコペ子にも、他にない暖かみが感じられるのはそのせいだろうか。
(文:吉田拓生、写真:清水良太郎 取材協力:Kaji-fufu http://www.kajifufu.com/)
[ガズー編集部]
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