生涯を通じて追求すべき表現のテーマを与えてくれたスバル 360

ブルーヘアにブルーアイ。タイダイ柄のパーカーにはPUNK DRUNKERSのぬいぐるみがついている。このサイバーパンクな出で立ちを見て驚いた人も多いだろう。逆に「この人、知っている!」と思った人も少なからずいるはずだ。

今回ご登場いただくのはハイパーデザイナーのやまざきたかゆきさん。

子どもはもちろん大人にもファンが多いタミヤのミニ四駆、ランクルやハイエースなどを丸目フェイスにしてユルい雰囲気に仕上げたフレックスのリノカシリーズなどを手掛けるプロダクトデザイナーだ。

ほかにも水田除草機、東京モーターショーに展示されるライダースーツのコンセプトモデルのデザイン、バイク雑誌の副編集長、さらには『product_c』というサイバーなアクセサリーブランドも展開するなど、文字通りマルチな活動をしている。

やまざきさんはかつてホンダの社員デザイナーだった。その時の代表作はネイキッドスタイルの原付バイクであるZOOMER(ズーマー)。これを聞けばやまざきさんが遊び心のあるデザインを得意としていることがわかるだろう。

お邪魔したのはやまざきさんが事務所とは別に借りている、郊外にあるガレージ。都心にある事務所が実際にデザインを作り上げる場所なのに対し、ここは発想の場所になっているという。夜、愛車やガレージに置いてある自転車などを眺めながら酒を飲んでいると、さまざまなアイデアが降りてくる。そして朝になると愛車を走らせ事務所に戻り、降りてきたアイデアを形にしていく。

ガレージに置かれているのはやまざきさん好みにカスタムされた3ドアの90系トヨタ ランドクルーザープラド、シボレー アストロのパネルバン、ローバー ミニと、バリエーション豊か。その中で、ある意味“異彩”を放っていたのが、スバル初の4輪自動車であるスバル 360。しかも、1968年に登場したスポーツモデルのヤングSSだ。

ほかの3台がガチガチにカスタムされているのに対し、スバル 360だけはオリジナルコンディションを保っている。

6年ほど前に手元にやってきたというスバル 360をなぜ選んだのかを尋ねたら、やまざきさんは幼少時代のことを教えてくれた。

「子どもの頃、親戚のおじさんがスバル 360に乗っていたんですよ。僕はおじさんのクルマが大好きで、おじさんが遊びに来ると真っ先にクルマのところに行ってハンドルを握らせてもらっていました。そして子どもながらに本を読みあさって、開発秘話などを頭に叩き込んでいました」

スバル 360を作ったのは百瀬さん。車体はモノコック。4人乗って赤城山を上りきったすごいクルマ。やまざき少年はこんな話を友達にしていて、いつしか“スバル博士”と呼ばれるようになったという。

当時は、オイルやグリスなど機械の匂いが大好きで、スバル 360の運転席に座らせてもらった時に漂う2ストエンジン特有の匂いを嗅ぐのが心地よかったそうだ。そしておじさんが帰ると、やまざき少年はスバル 360の絵を描いたり粘土でスバル 360を作ったりしていた。

その後、テレビドラマ『熱中時代 刑事編』で水谷豊さん演じる早野武がスバル 360に乗っているのを観て、ますます好きになっていった。

そんなやまざき少年は成長し、プロダクトデザイナーという職業に就く。プロになってあらためてスバル 360を見た時は、デザインの素晴らしさに感嘆した。

「僕がデザイナーを目指したのは、スバル 360とタミヤのプラモデルがきっかけでした。スバル 360、そしてもう一台所有しているミニは、知らない人が見た時に絶対『かわいいね』と言ってくれます。『古いクルマだね』とは誰も言わないんですよ。どれだけ時間が経っても古さを感じさせず、時代を超えて多くの人を笑顔にできる。そこに後世まで残るプロダクトデザインの真髄を感じたのです」

やまざきさんはそんなスバル 360を所有したいと思うようになった。しかし、とてもじゃないがこのクルマ1台ですべてを満たすのは不可能だ。かといってサラリーマンで2台所有は夢のまた夢。いつかスバル 360のステアリングを握ることを考えながら、スマートやアバルト 500に乗っていたという。

そんなやまざきさんがスバル 360を手に入れるチャンスは突然やってきた。プロダクトデザイナーとして独立し、カスタムも手掛ける中古車ショップとの付き合いがスタートした時、たまたまそのショップでスバル 360が売られていたのだ。

「ほぼオリジナルコンディションで状態が良く、価格もそこまで高くない。こんな出会いは二度とないと感じて、購入を即決しました」

かくして長年の夢だったスバル 360のオーナーになったやまざきさん。今回お邪魔したガレージは、このクルマを置くために借りたものだ。

「僕より年上のおじいちゃんですからね。さすがに雨ざらしはかわいそうだろうと。妻とも話して、おじいちゃんの家を借りようということになりました」

やまざきさんのすごいところは、50年以上前に製造されたスバル 360を普段使いしていることだ。もちろん4台所有しているので乗るクルマは定期的に入れ替えているが、スバル 360に乗り込んだら躊躇せずアクセルを踏み込み、遠出もする。

「“飾り専”とでもいうのですかね。愛車をガレージに置きっぱなしにして眺めているだけというのが僕は一番好きではなくて。せっかく手に入れたのだから思い切り走らせてあげたいじゃないですか」

もちろん古いクルマだから快適ではないし、動かす分だけリスクも増える。車内には必ず2ストオイルを積んであるし、これまで何度もレッカーのお世話になっている。奥さんからは「またトラックで帰ってきたの?」と呆れられ、JAFの隊員には「生涯年会費を払い続けてもレッカー代の元が取れていますよ」と笑われたこともある。

「でもね、不謹慎かもしれないですが、レッカー車に申し訳なさそうに乗っている姿もかわいいんですよ。JAFの方もこのクルマを見ると笑顔になって『いいクルマですねえ』『軽いなあ』と言ってくれることが多いです」

ちなみにやまざきさんはミニを手に入れる時、スバル 360とは真逆の発想でとことんカスタムすることにした。

「タミヤがミニのプラモデルを出していて、子どもの頃から何度も作り、スバル 360と同じように『いつか乗りたいなあ』と夢見ていました。そしてどうやればオリジナルよりカッコよくなるかを試していました。それもあってミニを買うと決めた時はショップに自分が作ったプラモを持っていって『これと同じにしてほしい』とお願いしたんです」

ミニ、アストロ、そしてプラド。スバル 360以外の愛車をやまざきさんはグレーにオールペンした。ここにはやまざきさんのデザイン哲学がある。

モノクロ写真を撮ると、すべての色はグレーになる。グレーという色には無限の表情があり、どんな色にも似合う。だから乗っている人を引き立たせてくれる。

それだけにグレーは使い方が難しい色でもあるという。メッキの残し方、ブラックアウトの使い方、そして差し色の選び方。ここにデザイナーのセンスが出るという。

3台ともグレーだが、実は色味はすべて違う。ボディの面積を考え、光があたった時の見え方を想像し、微妙に濃さを変えて3台が並んだ時に同じ色に見えるようにした。

「あとはそのクルマをどうやって使うか。プラドとアストロはドロドロでもカッコいいクルマだし、逆にミニは常にピカピカにしておきたい。そこも考慮して使うグレーを選びました。スバル 360もいつもキレイにしておきたいクルマです」

やまざきさんは次世代のカーデザイナーを育成するために、学生たちにプロダクトデザインのいろはを伝える活動も行っている。その時、こんな話をするそうだ。

3車線の道に3台のクルマが並んでいる。両脇は最新のイタリアンスーパーカー。そして真ん中に少し前までタクシーで使われていたトヨタ クラウンコンフォートがいるところを想像してほしい。

クラウンコンフォートは25年も前にデザインされたクルマ。なのに、最新のスーパーカーに挟まれても少しも古く見えない。しかもタクシーであるクラウンコンフォートは、高級ホテル、丸の内のオフィス街、歌舞伎町のようなネオンがきらびやかな夜の街、そして田舎の町……どこにいても違和感がない。これがデザインの本当の力だ。

「スバル 360も、どこにいても違和感がない数少ないクルマだと思っています。本当の意味で人々から愛されるデザインですよね。絶対スピードが遅いし、さっきも話したようにこれまで何度も出先で動かなくなっています。まわりのクルマに少なからず迷惑をかけることもあるのに、僕はスバル 360に乗っている時に一度もクラクションを鳴らされたことがないんですよ。これって凄いことだと思いませんか」

60年以上前にデザインされ、今なお多くの人々を笑顔にするスバル 360。そしてこのクルマを見てデザイナーを志した少年が、“デザインの力で人々を笑顔にする”を人生のテーマにして活動している。きっとスバル 360のデザインを担当した故・佐々木達三氏も誇らしく感じているだろう。

(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人 編集/vehiclenaviMAGAZINE編集部)

「やまざきたかゆき Official Site」
「product_c」

愛車広場トップ