気鋭のスタイリストが先輩の一言で選んだ、トヨタ ランドクルーザー60というパートナー
ここ数年、トヨタ ランドクルーザーのオーナーに話を聞く機会が増えている。中でも1980〜90年代の、ランクル60、70、80に乗る30代のオーナーに会うことが多い。彼らはクラシックなランクルを当時の憧れから手に入れたのではなく、純粋に「今、これがカッコいいね」という視点で選んでいるのが特徴だ。
ファッション誌を中心にメンズのスタイリングを多く手掛ける、スタイリストの宮崎 司さんもその一人だ。待ち合わせ場所に彼が乗ってきたのは、ブラウンのボディカラーが渋いランクル60。この色は北米仕様に設定されていたものだという。
クルマ自体は右ハンドルの日本仕様なので、おそらくどこかのタイミングで以前に乗っていたオーナーがオールペンしたのだろう。
4年ほど前に手に入れたというこのランクル60は、宮崎さんがスタイリストとして独り立ちしてから初めて買ったクルマになるという。
「学生時代はコンパクトカーや中型バイクに乗ったりしたこともありますが、アシスタントになってからは自分のクルマを持つ余裕もありませんでしたからね」
有名な話だが、スタイリストのアシスタントという仕事は激務だ。プレスと呼ばれる各ブランドの広報窓口を回って洋服や小物を借り、撮影スタジオに運び、借りたものを返却する。
1ポーズ分のコーディネートならまだしも、宮崎さんの師匠は雑誌の大特集などを手掛けていたので、用意するコーディネートは数十パターンに及ぶことも珍しくなかった。そのため、ロケバスでプレスを回り、ハイエースに洋服や靴などを満載してスタジオに向かっていた。
「これは独立してからも変わらず、仕事の時はロケバスやレンタカーを使っていて『自分のクルマを所有するのはもう少し先かな?』と思っていました。でもある日、お世話になっている仕事先の先輩からこんなことを言われました。
『いつまでもレンタカーを使っているスタイリストに仕事を頼もうとは思わないよ』。
その時、ハッとしましたね」
いつまでも自分のクルマが持てないということは、スタイリストとして売れていないのかもしれない。ということは、こちらが満足できるコーディネートを提案してもらえないのではないか。おそらくその先輩は相手がこう思うことを宮崎さんに伝えたかったのだろう。
会社員の人にはピンとこないかもしれないが、一匹狼で仕事をしていると、案外こういうことが大事だったりするものだ。
ましてや宮崎さんはスタイリストという自分の“センス”で勝負をする仕事だ。常に人から見られているので、何を持つか、どんなクルマに乗っているかは、自分を売る上で人一倍大事になるはずだ。
「一方でローンを支払っていけるかなという気持ちがあったので、自分のクルマを持つと決心するのは怖かったですよ。僕がなかなか自分のクルマを持たなかったのは、『フリーランスとしてこの先満足に仕事ができるか?』という心配があったからだと思います。いろいろ葛藤している時に先輩から背中を押してもらえて、本当に良かったですね」
自分のクルマを手に入れよう。そう決めた時、宮崎さんは今時のクルマではなく、古めのSUVに注目した。最新のSUVは流線型のデザインが多いが、宮崎さんは昔から四角い感じのクルマが好きだったからだ。
「予算を一切気にしなければメルセデス・ベンツ Gクラスや米国トヨタのタンドラに乗りたいと思いましたが、さすがにまだ手に入れられないなと思って。実はクルマを買おうと決めた時にちょうど新しいスズキ ジムニーが発売されました。あのデザインはかなりいいなと思ったので観に行きましたが、さすがに仕事で使うには小さかったですね。同業のスタイリストでジムニーに乗っている人もいますが、僕はもう少し大きなクルマにしようと」
古いSUVに乗ることを考えた際、宮崎さんは迷わずランクル60に目を向けた。その理由がスタイリストならでは。
「当時はランクル70の形はそこまで好きになれませんでした。そしてランクル80はサーファーっぽいイメージを感じました。僕はクルマの登録地が湘南ナンバーになるので、ちょっとベタすぎるかなと思って(笑)。ランクル60は、カジュアルはもちろんスーツでも様になると感じたのです」
宮崎さんはスーツをはじめ、ビジネスやフォーマルなイメージのスタイリングを得意としている。角目のランクル60だとワイルドでオフロード感がアップするが、丸目でオーバーフェンダーがついていないナローボディなら力が抜けた雰囲気があるのでスーツにも似合うと感じたのだろう。
撮影では小道具としてスタイリストの私物を使うことも多い。きっとランクル60も撮影に使えると思ったに違いない。
「このランクルを見た時、スーツをきた人物が降りてくることを想像しました。僕は仕事でもプライベートでもあまりスーツを着ないのですが(笑)、なぜかそんなイメージが頭に浮かんだのです」
クルマを手に入れると決め、状態のいいランクル60を中古車サイトで探す日々が始まった。そして、何軒か販売店を訪れて、たまたまこの茶色いランクル60と出合った。めったに見かけない珍しい色が気に入った。機関系の調子もよく、走行距離も14万kmに届かないくらいと1980年代のクルマとしてはかなり少ない方だった。宮崎さんはこのランクル60に一目惚れし、購入を即決したという。
先輩の一言から始まった、宮崎さんのクルマ購入計画。念願のランクル60に乗るようになって、仕事に変化はあったのだろうか。
「仕事は徐々に増えていった感じはありますが、劇的に変わるということはありませんでした(笑)。ただ、珍しいクルマなので、現場で初めてお会いした方にも僕のことを覚えてもらいやすくなった気がします。びっくりしたのは、このクルマに乗ってから『この前、宮崎さんを見かけたよ』と言われることがものすごく増えたことです。派手ではないけれど、珍しい色だし目立つのでしょうね」
撮影で使う衣装を集める際、洋服は後部座席の上部に設置したバーに吊るし、荷室には靴やバッグ、帽子など箱に入った小物を積んでいる。撮影では大量の荷物を慌ただしく出し入れするので、気づいたら荷室の中は傷だらけになってしまった。
最初はダンボールなどを引っ掛けるたびに「うわっ、ごめんね」と思っていたが、今ではそれも気にならなくなった。むしろその使用感まで含めて“旧車の味”と思えるようになった。
ところで、宮崎さんのランクル60の荷室には大型のポータブルバッテリーが積まれている。きっとこのクルマでアウトドアに出かけ、車中泊を楽しんでいたりするのだろうと思ったら、これは仕事に欠かすことのできないアイテムだという。
「バッテリーは集めた洋服にスチームアイロンをかけるための電源として常に積んでいます。スタジオなら電気を使うことができますが、バタバタしていて必ずしもスタジオ内で作業できるとは限りません。バッテリーがあればそんな時も安心だし、ロケでも使えますから」
購入時に14万km弱だった走行距離は、4年間で19万kmを超えた。宮崎さんはこのランクル60に「もうこれ以上走れない」というところまで乗り続けるつもりでいる。
「タフなモデルですから、走行距離的にはようやく折り返し地点という感じでしょうね。これからも仕事の相棒として頑張ってもらわないと」
たくさんの洋服を積んでランクルを運転していると、たまに同業者が運転するレンタカーとすれ違う時がある。そんな時、宮崎さんは少しの優越感を覚えるとともに、先輩の一言で一歩を踏み出してよかったと感じるという。
一国一城の主としてこれからも自分のセンスを武器に戦い、今以上に力をつけていく。ランクル60は宮崎さんにさまざまなインスピレーションを与えてくれるとともに、仕事に対するモチベーションを高めてくれる存在となった。クルマには、そんな力もあるのだ。
(取材・文/高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影/柳田由人 編集/vehiclenaviMAGAZINE編集部)
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