「上手くなりたい!」と、令和の青年がマツダ RX-8で基礎練習を繰り返す理由

  • マツダ・RX-8に乗り込む嶋田さん

夜に仕事を終える。同僚たちは居酒屋や恋人の家などへ行き、俗に言う「楽しいひととき」を過ごす。だが自分は酒を一滴も飲まずに、マニュアルトランスミッションのスポーツカーに乗り込む。

そしてただひたすら「もっと運転が上手くなるための練習」を繰り返す。

筆者が少年期を過ごした昭和の時代には、そういったお兄さん方が多かったように思う。もちろん、昭和にあっても主流派は「仕事の後は居酒屋へ」だったはずだが、ストイックに「とにかく運転が上手くなりたい。だから自分は毎晩練習する」と思い、思うだけでなく実際にそれを行っていた人も、それなり以上に存在したのだ。

令和の今、そういった熱情のようなものはすっかり流行らなくなったわけだが、ここに「とにかく僕は運転が上手くなりたいんです!」と言って、夜な夜なMT車の練習に明け暮れるひとりの青年がいる。

嶋田諒太さん。中古で買った2004年式のマツダ RX-8に乗る、23歳の会社員だ。

  • マツダ・RX-8を運転する嶋田さん

今から約1年前にRX-8を買うまでは「自分はたぶん運転が上手い」と思い込んでいた。19歳で免許を取ってから3年間は、たまに友人の車を借りて運転するだけの「ほぼペーパードライバー」だったが、『グランツーリスモ』のオンラインタイムアタックイベントではアジア100位以内に3回も入ったことがあったからだ。

だがコンピュータグラフィックが描き、コンピュータチップが“駆動”させるゲーム上のRX-8と、就職して買ったリアルな鉄の塊である実車のRX-8では、ずいぶんと勝手が違った。正直、買った当初はスムーズに動かすことすらできなかった。

とはいえ次第にMT車(というかリアルな車)の運転にも慣れていったわけだが、そんなタイミングで9:1の、つまり「ほぼ全面的に自分が悪い」という事故を起こしてしまった。

  • マツダ・RX-8の右フロントビュー

「助手席に友人を乗せて量販店の駐車場から出て、国道の本線に合流しようとしたとき……完全に僕の不注意で、直進していた車にぶつけてしまったんです。相手方にもご迷惑をおかけしましたし、僕のエイトの右フェンダーも壊れてしまいました」

以来「グランツーリスモのアジアTOP100以内」だったはずの嶋田さんは、車を運転すること自体が怖くなった。

「……自分は車の運転というものにつくづく向いてないのではないか?」と思ってしまったのだ。

意気揚々と購入した走行8万5000kmのマツダ RX-8は、「8万6000km」でオドメーターの進みを止めた。売却こそしなかったが、右フロントフェンダーを壊したまま、自宅駐車場で眠り続けることになったのだ。

だがある日、高校時代の友人から電話がかかってきた。

「せっかくRX-8買ったのに、乗ってないらしいじゃん。それってもったいないよ。俺が直してやるからさ、もう一度乗りなよ」

友人は高校卒業後“車屋さん”になり、その後、独立していた。同じく“磨き屋さん”になった友人とふたりで、格安予算での修理を請け負ってくれた。

  • マツダ・RX-8の右フロントフェンダー

そしてそんなタイミングで“ちょっと気になる女性”も現れた。

中学時代の同級生で、車好き。そして「嶋田くん、RX-8買ったんだって? 乗せてよ。八景島とか、行ってみたい」と言う。

運転に自信がないこと。事故を起こしてしまったこと。そしてその後はまったく運転していないことなどを正直に告げたが、「それでも大丈夫。乗せてよ」と言ってくれた。

一念発起してその女性を助手席に乗せ、ドライブに繰り出してみた。まだ少し怖かったが、嶋田さん本人いわく「気合でなんとか(笑)」乗りきった。安全に、事故を起こすことなく、彼女を自宅まで送り届けることができた。事故以来陥っていた「合流恐怖症」も、完全にではないにしても、ある程度は払拭できた。

そんな体験によって「再びエイトに乗る勇気と意欲」が湧いてきた嶋田さんだったが、再び運転すればするほど、マツダ RX-8という名作スポーツカーの実力と、自分の運転能力との乖離が気になって仕方なくなった。

  • 走行するマツダ・RX-8

「エイトという名車のポテンシャルをちゃんと引き出せる自分でありたい――と強く思うのですが、実際はぜんぜんダメなわけですよ。

それは何も漫画のように峠道でドリフトしたいという話ではなく(笑)、普通の道を普通にキレイに、スムーズに、そして安全に走れるようになりたいだけなんですが、それができない。クラッチ操作もぎくしゃくしてるし、安全確認もまだまだ足りていない気がします。

そして何より、現状の僕のような運転では『エイトに申し訳ない……』と思ってしまうんですよね」

この車に恥じない自分でありたい。だから毎晩、業務を終えた後は近隣の公道へ繰り出し、「法定速度でのスムーズで安全なドライビング」ができるようになるための“特訓”を繰り返す。

それは、傍目からは「20代の男性がRX-8を50km/hぐらいで運転してる」という絵面にしか見えないかもしれないが、嶋田さんにとっては「名車にふさわしい自分」になるためのスポ根的な特訓なのだ。

  • マツダ・RX-8のMOMOのステアリング

「このMOMOのステアリングホイールが目に入るたびに『峠をぶわっと走りたい!』と思っちゃうわけですが、『いやいや、自分にはまだ早い!』と言い聞かせて、まずはMT車を人並み程度にスムーズに、それを達成した後は超絶スムーズかつ安全に走らせることができるように、毎晩地味な練習を繰り返してるんですよね」

地味な基礎技術の反復練習。それはジャンルを問わず「もちろん重要だが、かなり退屈で苦痛でもある作業」なはずだが、嶋田さんは、まったく苦痛も退屈も感じていないらしい。

「だって、RX-8ってカタチもエンジンも、そしてさまざまなフィーリングも素晴らしいじゃないですか? だから退屈とか苦痛なんて感じようがないですし、どんな速度でどこを走っていたとしても『もっともっと上手くなりたい!』以外の感情は湧いてこないんです」

  • マツダ・RX-8のリアとオーナーの嶋田さん

正直、嶋田さんの運転はまだ――自身が言うとおり――若干ぎくしゃくしている。「美しく、スムーズな定速走行をする」という目標を達成するまでには、もう少し時間がかかるのかもしれない。

だが、マツダ RX-8という車が嶋田さんの心に薪をくべ続けている限り、いつか“それ”は達成されるだろう。嶋田さんにも2004年式のエイトにも、まだまだ時間はたっぷり残されているのだから。

(文=伊達軍曹/撮影=阿部昌也/編集=vehiclenaviMAGAZINE編集部)

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