「車内で家族の距離が近いことが魅力」。『坊や』と呼ばれ13年愛され続けるトヨタiQ(KGJ10)
トヨタの意欲作として2008年に発売されたマイクロコンパクトカー『iQ』。
全長が軽自動車より短い3000mmにもかかわらず4名乗車という強烈な個性を持ち、安全性や優れた走行性能なども評価されたことで『日本カー・オブ・ザ・イヤー2008-2009』や『グッドデザイン大賞』などを受賞したモデルだ。
しかし残念ながら2016年に1代限りで販売終了となってしまい、今では街中で見かけることも少なくなってきた。
そんなiQをデビュー後すぐに購入し、13年間愛用しているのが新潟県新潟市在住の小林尚紀さん(57才)だ。正確には小林さんのご両親が購入した車両で、現在でもご家族から『坊や』という愛称でかわいがられている存在だという。
小林さんご一家が今でもiQを大切に乗り続けている一番の理由、それはiQならではのコンパクトな空間にあった。
「iQはデビュー前から話題になっていて、当時は『こんなクルマが発売されたんだなー』とカタログをもらったりして楽しんで見ていました。
そんなときに免許のない父親がクルマを欲しいと言い出したんです。当時僕はセリカSS-Ⅲに乗っていて、それまで両親がクルマを必要とする時にはそのセリカで移動していたんです。父からするとセリカに不満があったわけではなく、好きに自分が使えるクルマが欲しかったようです。まぁ、運転するのは自分なんですけどね(笑)」
小林さんの父親の要望は“小さいクルマ”だったという。ただ“小さい”がどの程度かわからなかったため、試しにiQのカタログを見せたところ意外と気に入ってくれたそうで「ならば実際に試乗してみよう」と、ご両親と一緒にショールームに向かうことに。
「正直、実際に試乗したら狭いと言うのではと思っていました。ところが父と母は、なおさら気に入っちゃったみたいで…。それまで乗せていたセリカも車内は広くなかったですが不満はなかったみたいだし、車内の広さっていうのはこんなものだと思っていたのかも。
それにiQにはどこか惹かれるものがあったんでしょうね。そこからはトントン拍子に話が進んで購入したんです」
こうして2009年1月、小林家の新たな愛車としてiQが仲間入りする。排気量1000ccAT仕様で上級グレードの100Gレザーパッケージだ。
「実は購入したすぐ後に1300cc6速MTの新グレードが出たんです。僕はマニュアル車好きなので、もう1年待ってマニュアルを買いたかったですが、両親はすぐに買いたいとお気に入りだったので…(苦笑)」
そんな小林さん自身の愛車歴はというと、スターレットに10年、セリカに25年、そして昨年の夏にセリカの部品がディーラーでも手に入らず車検を通らなくなったため、現在はカローラスポーツに乗っているという。
「自分はトヨタ車しか知らないですけど長持ちするという評判も聞いていたし、いいディーラーさんとの付き合いもありました。トヨタ車には僕の興味を引く車種が常にあったので、それぞれ乗り換えながら長く乗っていましたね」
ちなみにセリカでは、2019年に滋賀県で開催した『GAZOO愛車出張撮影会』にもご参加いただいている。
購入から13年経ったiQも、ご両親から『坊や』とかわいがられながら活躍中。
「そんなに遠出をする前提ではないので市内タクシー的に使っています。今でもたまに3人で乗るとすごく楽しそうなんですよ。ずっと2ドアの狭いクルマにしか乗せていなかったし、親子の距離感が近い緊密な空間を楽しんでいるのかもしれないですね。
もし大きなクルマに乗り慣れている親だったら却下されていたかもしれません。それに僕も家族でこういうクルマに乗っている、その近さが心地よくて乗っていて楽しいです。あとは降りて外から眺めてみると笑顔になる、そういうところもまた気に入っています。表情にも全然尖ったところがないですしね」
つまりiQがもたらす独特なコンパクトさが、小林さんご家族にとってはちょうどいい距離感となる心地いい空間を作り出していたのだ。その証拠に、ご両親からは狭いとか乗りにくいといった言葉は聞いたことがないという。
「iQはドアの開口がすごく大きいので助手席がとても乗りやすいんです。それにリアシートも意外と広くて、後ろに人がいなかったら助手席も結構広く使えるんですよ」
iQは全長こそ2985mmと極端に短いが、全幅×全高は1680×1500mm、ホイールベースは2000mmというショート&ワイドフォルムな5ナンバーサイズ。そう意識して見てみると、確かに前後から見ただけなら普通の小型車と遜色はない。
そしてそこにボディの短さを補うためのさまざまな工夫をこらして4人乗りを実現させている。
「エアコンは小型化されてセンタークラスターに納まり、助手席はグローブボックスも無くすことでインパネがすっきりしていて足元スペースが広くとれるようになっています。まあ車検書は入れるところがないので別のところに保管していますが(笑)」
ちなみにカタログによれば助手席は290mmのシートスライドが可能で、最前位置にすれば後部座席も余裕を持って座れるスペースが確保できるという。
燃料タンクも32Lとそこそこ容量があり、「実燃費はリッターあたり16~17キロほどでそんなに悪くないですよ」とのこと。
また、ボディサイズから事故の衝撃が心配なiQだが、衝突安全ボディの採用に加えて計9個のエアバッグが標準装備されるなど安全性にも配慮されているという。
そんな見た目にも性能にも乗り手を意識した工夫が満載のiQ。なかでも小林さんが気に入っているというのがフロントフェイスだ。
「グリルレスなところが好きです。グリルの黒いプラスチックってどうしても汚れて白っぽくなってしまうけど、このクルマはそれがないから磨きがいがあります。それと僕自身のクルマのボディカラーは黒ばかりなんですけど、このiQは白がいいなと家族で一致したんです。これが黒だとせっかくの綺麗なキャラクターラインが隠れちゃうじゃないですか」
ちなみに発売当初のカタログでも緑や紫など9色のボディカラーがラインアップされていたなかで、メインカラーは白だったという。
また、小林家の100Gレザーパッケージは上級グレードの100Gにアルミホイールとレザーシートが標準装備されたもので、「レザーシートは標準だと白×ブラウンだったんですけど、さすがに汚れやすそうなのでシックなこの色にしました」と実用性を重視。
そしてスペース的に気になるエンジンルームは想像以上の奥行きで、スペース的にも余裕が見えるほど。
「1.0Lでもこれだけスペースに余裕があるから、当然1.3Lエンジンを積んでも余裕で入ったんだろうなと思います。1000ccでもよく走るので1300ccのマニュアル車は相当楽しいでしょうね」と、そこだけは少し未練もあるようす!?
そんな小林家のiQだが、この13年間で10万キロ近く乗っているにも関わらず、小林さんもびっくりのノートラブルなのだとか。
「新設計箇所が多いクルマだし10年経てばさすがに色々修理箇所が出てくるかなと思ったんですが、今のところトラブルとは無縁なんです。これまでiQにかかった費用とメンテナンス内容はすべて記録しているのですが、消耗パーツ交換がほとんど必要なく、一番お金がかかったのはバッテリー交換という結果です」
ここまでのお話を伺っていると『iQってもっとたくさん売れても良かったクルマなのでは!?』と思えてきたので、小林さんにも意見を伺ってみた。
「iQが発売された当時は『これからは小型モビリティの時代だ』と言われていたけれど、実際にはその後も広くなきゃ、積載能力がなきゃと車格はどんどん大きくなってきましたよね。それと、乗り出しが200万前後で軽自動車のサイズ感だったので、高価な割に小さいなという印象だったのでは。
でも僕はちっちゃいクルマだけど足腰の部分はしっかりしていると思いますし、広い空間がいやで緻密な空間が落ち着く自分としては狭いとは感じません。基本的な部分は普通のクルマと変わらないと思っています」
微笑みながらそう話してくれた小林さん手には、発売当時のノベルティだったという可愛らしいiQキーホルダも。
そして最後にiQとの今後についてこう語ってくれた。
「やっぱり今の使い方でできるだけ長く乗っていたいなという気持ちです。もしこれから小型モビリティの時代が来たとしたら、一人乗りの電気自動車がいっぱいある中でiQが走っていたらおもしろいですよね。もっと早くそういう時代が来るんだろうなと思っていたんですけど…」
新たな時代を見据え、これまでの常識を打ち破るべく新発想のクルマとして登場したマイクロコンパクトカー、iQ。その試みは世間的には成功とは言えなかったかもしれないけれど、小林さんご一家のようにライフスタイルにピタリとマッチし、大事に乗り続けているという方々は確かに存在する。
そして、もしもiQというクルマが持つ“コンパクトさ以外のポテンシャル”がもっと認知されていれば、2代目、3代目と続く人気モデルになっていたのかもしれない。
小林さんのiQは、これからもご家族の足として、そしてマスコット的な存在として愛され続けていくことだろう。
取材協力:宝山酒造
(⽂: 西本尚恵/ 撮影: 金子信敏)
[GAZOO編集部]
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