父から娘に受け継がれた“世界最小のスーパーカー”オートザムAZ-1
父親が新車で購入し愛車として乗り続けてきたAZ-1。娘さんにとって、AZ-1は幼少期から家にあったクルマ。この車で峠に行きたいと思い、AT限定免許を解除し、ガルウィングのミッドシップスポーツカーを乗りこなすべく奮闘。父親のAZ-1への思いや、娘にAZ-1を託す思いを教えてもらった。
『GAZOO愛車広場 出張取材会in茨城』にご参加いただいたAZ-1乗りの『めぐり』さんから事前に届いたメールには「なぜこのクルマに乗るようになったのか?」などのエピソードとおもに「2人で来場するのですが、2人一緒に撮影は可能でしょうか? 1人のみ写る方が良ければ、私だけでお願いします」という一文も添えられていた。
初めての取材だから1人だと心細いという方や、せっかくなら家族と写りたいという方は少なくない。めぐりさんもきっとそうなのだろうと思い、一緒にご来場いただくよう返信して撮影当日を迎えた。
あいにく、当日の天気は鉛を張ったような曇り空で気分もどんよりしてしまうくらいだったが、取材陣を見つけためぐりさんが「今日はよろしくお願いします!」と、こっちまで元気になるような明るい声で挨拶してくれたので、思わず笑顔になった。
もう1人の方が見当たらないと周囲を見渡すと、ガチャっという音がしてガルウィングが開いた。光の当たり具合によって、銀色のボディーの色合いが変わっていくのが美しくて見入ってしまう。深めのセミバケットシートからヨイショと降りて足早に取材陣の元へ駆け寄ってきてくださったのは、めぐりさんのお父様である一男さんだった。
「今日はどうぞよろしくお願い致します。私は付き添いなので、あまりお気になさらないで下さい。娘がこのクルマに乗りはじめたばかりなので、クルマの移動などがありましたら私がさせていただきます」
そう言いながら、笑顔で丁寧にお辞儀をしてくれたのだった。
結論から言うと、今回の取材の主人公は一男さんだ。なぜなら、一男さんのエピソード無しでは、このクルマのカーライフは語れない。もちろん、応募して下さっためぐりさんにも許可は得ていて、ぜひお願いしますとのことだった。
ちなみに一男さんは「エンストするとかは、あまり書かないでやって下さいよ。これから上手くなりますから。良いように書いてやってくださいね。お願いします」とおっしゃっていたくらいで、まさか自分が主役になろうとは思ってもみないだろう。公開されたこの記事を一男さんがどんな表情をするのか? 実に楽しみである。
一男さんがこのクルマを購入したワケは、その強烈な個性が“なんか面白いクルマだったから"だそうだ。初めて見たのは自動車雑誌で、どこをとっても興味をそそられる文章しか書かれていなかったという。
“軽自動車史上で唯一ガルウィングを標準装備、ターボエンジンを搭載したMRのスポーツカー″と、こんな感じだ。
「すごいクルマが出てきたなと思いました。それで、すごく興味をそそられて実車を見てみたいと思ったんです。そしたら、たまたま家の近くにあるお店に売ってあったんですよ」
しかし、そこに展示されていたのは、ただでさえ個性的なオートザムAZ-1よりもさらにアクが強い『M2 1015』という特別仕様車だったそうだ。
専用リアウィング、専用エンブレム、専用アルミホイールなど、原型をギリギリ留めながらも標準車とは大きく異なる外観デザインに心を打たれ、すぐに購入したのだという。
特に気に入っているのは、丸型フォグランプを内蔵した専用ボンネットと大型リアスポイラー。
「フロントフェイスが特に好きなんですよ。ちょっとここに来て、真正面から見てみてください。まるで、目の離れたカバのようだと思いませんか? 両側にあるヘッドライトの間に黄色いフォグランプがあるでしょう。そのフォグランプの上が盛り上がっているから、まるで鼻の穴を膨らませているように見えるんです。サイドミラーは小さくて丸く、ボディカラーがM2-1015特別色のシルバーストーンメタリックだから、もうカバそのものだと思っています(笑)。その、間抜けなんだか何なんだかわからないデザインがすごく面白いんです。でも、走ると結構速くて、扱うのが大変なくらいピーキーな走りを魅せてくれるんです。その意外性もすごく良い」
まさにカバだ。湖で群れをなして、ブサ可愛い顔を水面からピョコンと覗かせている愛嬌たっぷりのあの動物は、実は怒らせるとワニをも撃退するほど獰猛なのだ。そして、プカプカ浮いているだけのあの体は、水中と陸上を想像がつかないスピードで進んでいく。AZ-1とカバは、顔もキャラクターもそっくりである。
最高出力64psを発揮する3気筒のインタークーラー付きターボエンジンF6Aをミッドシップレイアウトで搭載し、トランスミッションは5速MT。
「速いといっても、まぁそれなりの速度しか出ませんよ。だけど、後ろから聞こえるエンジン音やグイッと押される力のかかり方は60km /hが80km /hくらいに感じて、ものすごく速く走っているような気分になれるんです」
最初は、家の周りを走るだけで5回もエンストをしてしまい、怖くて乗れなくなってしまったと話していためぐりさん。
しかし、撮影からしばらくして取材のために電話すると、筑波山の峠デビューをしてきたと意気揚々と報告してくれた。
「最初はメーターで回転数をチェックしながらギアを変えていたんですけど、慣れてきたのか今はエンジン音でそのタイミングが分るようになったんですよ。回転数によって音色が結構変わるんですけど、以前はそれを楽しむ余裕がなかったんですよね〜。運転に少し余裕がでてきたので峠に行ってみたんですけど、コーナーがすごく楽しいですね。ちょっとハンドルを切っただけで、ギュインって曲がっていくし、後ろから押されている感覚はコーナーを走っているときのほうが気持ちいいです」
ちなみに、めぐりさんがAZ-1に乗ろうと思ったのは、道の駅のスタンプ帳がキッカケだ。その土地の名産品などが彫られたスタンプが道の駅に置いてあり、それを押すために遠くまでドライブをするようになり、関東近辺の道の駅はほぼ制覇したとニヤリと笑った。そして、スタンプ帳のページが埋まり始めた時に、あることに気付いたのだという。
「運転って楽しい」
道の駅のスタンプ帳が埋まると、次は各地の峠で限定販売されている『ジャパン峠プロジェクト』のステッカーを集めるために峠に行くようになったそうだ。
そしてその時に、実家の車庫に眠っていたAZ-1の存在を思い出し「あのクルマで峠に行こう」と思ったのだという。
しかし、格段クルマに興味があるわけでもなかったにも関わらず「家にあるから」と乗ってみることにしたクルマが、こんなにも特殊だとは思ってもいなかったそうで、身体的にこたえたのはハンドルか重ステであることや、エアバックとABSが付いていないこと。そして精神的にキタのは、FRP製のボディはぶつけると直ぐに凹んでしまうため、絶対にミスできないというプレッシャーだったと教えてくれた。
しかし、AZ-1に乗るためにAT限定だった免許を限定解除したのだから、乗らなければ費用が無駄になってしまう! と、私有地でシフトチェンジのタイミングを身体に染み込ませていったというめぐりさん。
そして、ようやく慣れてきた愛車で筑波山を訪れるという目標を達成し、あまりの楽しさにこのクルマがさらに大好きになったという。
「あの子が子供を産んだ時、あれに乗って孫のオムツやミルクを一緒に買いに行ったんです。それが今では、私の愛車を運転するようになってしまった。嬉しくもありますけど、寂しくもあります。でも、娘が楽しそうに乗ってるから、やっぱり買って良かったかな。ということで、私の話はこれくらいで! 主役は彼女ですから」
「お父さん!一緒に撮ってくれるって〜!」と一男さんを呼ぶめぐりさんの声が聞こえる。
恥ずかしいよ…と言いつつも、AZ-1の隣に立ってミラーに手を置き、足を組み替えるなどしてモデルばりにポーズをとる。そして、取材終了後にはポケットから鍵を取り出して「じゃあ!」と右手を上げて走り去っていった。
AZ-1は、まだまだ一男さんのクルマだ。これから年月をかけて徐々にめぐりさんの愛車になっていくのだろう。
- 取材協力:
- 『神栖1000人画廊』(茨城県神栖市南浜)
『日川浜海岸』(茨城県神栖市日川)
かみすフィルムコミッション
(⽂: 矢田部明子 撮影:平野 陽 編集:GAZOO編集部)
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