世話が焼けるからおもしろい R32とのモグラ叩きライフ
「僕はいわゆる、血液にオイルが流れてるってタイプなんですよ」
かつてはとにかく走るのが好きだったし、そういうクルマに乗るのが楽しかったと話す鈴木さん。アクセルを床まで踏み込み、本領発揮だと言わんばかりに、エンジンが回転速度を上げていくのを感じるのが良かったのだという。
そして「自分はそういうのが好きなタイプの人間なんだ」と長年ハンドルを握ってきたそうだが、それはあくまで思い込みに過ぎず、その呪縛から解き放たれた今は自然体でクルマと向き合えるようになったそうだ。
「昔からよく言うだろ?クルマ好きの2つのタイプ。血液にガソリンが流れてるタイプと、オイルが流れてるタイプ」
これは、クルマ好きなら知っている人が多いであろう『湾岸ミッドナイト』の印象的な台詞だ。どういうことか簡単に説明すると、オイルの方はクルマをイジるのが好きな人、ガソリンはクルマに乗るのが好きな人ということらしい。
そして、鈴木さんはもともと自らを『ガソリンが流れているタイプ』だと思っていたそうだ。そのキッカケは、1980年代に放映されたアメリカのテレビドラマ『ナイトライダー』の劇中に出てくる知能を持ったとてつもなく速いクルマ『ナイト2000』に憧れたのがはじまりだったという。
「免許を取って購入したのはS12型のシルビアでした。NISMOアブソーバーとタナベの強化スプリングを友達とわちゃわちゃしながら取り付けて、いざ走りに行ってみよう!というときに廃車となってしまったんです…。それで次に買ったのが、1800ccターボのS13型シルビアです」
この2台目のシルビアから本格的にサーキット走行を始め、家から通いやすい仙台ハイランドレースウェイに仲間と足を運ぶようになったという鈴木さん。
峠のようにアップダウンのある特徴的なコースをアクセル全開で走れる爽快さはもちろんだが、なにより『上手い人が多かった』というのが通いたいと思わせる理由だったという。どこで減速し加速しているのか?ハンドルを切るタイミングは?など、そのスキルを目で見て盗み、実践することでタイムを縮めていくのが楽しかったそうだ。
「あの赤いクルマには負けられねーぞ!とか言って、ワイワイしながら走ってました。あとはタイムが表示されるから、結果がちゃんと目に見えるというのも良かったんでしょうね。と、まぁ自分のことのように話していますがこれは主に仲間の話で、僕の場合はね、途中から走ることよりも整備するのがどんどん好きになっていったんですよ。マフラー交換をしたくらいから『あれ?ひょっとして俺って…』と気付き始めたんです」
工具を握って作業をしていると、小学生の頃に構造を知りたくてラジオを分解し、組み立てられなくて怒られた記憶が蘇ってきたという。
サーキットを走るとタイヤ交換は必須だし、足まわりを変えるなどのカスタムをしたいという人もたくさんいた。仲間たちでワイワイガヤガヤとクルマをいじっている時間が楽しく、整備や修理をする機会はどんどん増えていったという。これは鈴木さんにとって、今までやったことのない経験が出来る願ってもいないチャンスだったし、作業後のごほうびとして一杯のラーメンを食べられるという満足感も得られたと笑う。
「偶然にも整備士さんが知り合いにいて、やり方を教えてもらうことができたんですよ。それもまた、クルマいじりが上達するキッカケだったかもしれません。S13は10年以上かけて自分の思う仕様にしました」
前置きインタークーラーはGT-R純正を流用、タービンはS14純正に交換し、奥様が乗ることも考慮して扱いやすいようにエンジン出力は300馬力ほどのライトチューンとするなど、いろいろ手を加えていったという。
「あとは、忘れちゃいけないのがO2センサーですね。このおかげで、忘れられない出会いがあったんですから」
手持ちのボックスレンチではどうしてもO2センサーのボルトを外せず途方にくれていた時、ふと目をやるとスナップオンバンが休んでおり、もしかしたらと窓ガラスを叩いたのだという。
すると、クローフットレンチをオススメされ、言われた通りに作業してみるとネジは見事に外れたのだそうだ。その時のスナップオンディーラーさんとは今でも付き合いがあり、愛車を維持していく上で欠かせないパートナーになったと教えてくれた。
そんな、鈴木さんのカーライフを語るうえで欠かすことのできないシルビアからスカイラインへと乗り換えるキッカケにったのは、日産創立60周年記念車のスカイライン(HCR32)に乗っていたサーキット仲間がこれを手放すという話から。それを聞いて冗談半分で「売れなかったら購入したい」と伝えておいたら、後日ぜひ引き取ってほしいとの申し出があったのだという。
300馬力にチューンアップしていたシルビアに対し、この個体は340馬力にカスタマイズされていたということで、その差は大きかったと目をキラキラさせながら語る鈴木さん。
フロントが重くハンドルを切るタイミングがワンテンポ遅れるという難しさや直線がかなり速いという面白さなど、あっというまにスカイラインの虜になってしまったと笑う。
「良いか悪いか(笑)スカイラインという禁断の扉を開けてしまったんですよ。残念ながらこの黒い個体は事故で廃車となってしまったんですけど、次の愛車も絶対にスカイラインにしようと思わせてくれるくらい僕の中で魅力的なクルマとなりました。そして、次に選んだのは、家族も乗せるために4ドアを探して出会った1992年式のスカイラインGTS-t タイプM(HCR32)でした」
この個体を前にしてカーライフを想像したときに、身体中のオイルが湧き躍るように脈打ったたという鈴木さん。なぜなら「それくらい手を加えるべき箇所がたくさんあったから」だという。
ちなみに、このクルマを手に入れて最初におこなったのは、サーキット走行を楽しみたいという理由から、前の愛車をドナーとしてエンジンとミッションと載せ換える作業。それ以降、ノーマル風のスタイルは崩さず自分好みのカスタムを積み重ねてきた結果が現在の状態というわけだ。
「このクルマはね、性能アップをするだけが面白いんじゃないんですよ。いつ壊れるか分からないスリルこそが良いんです。トランクを見てください。もうそろそろ壊れそうな燃料ポンプ、クランク角センサー、イグナイター、プラグ一式、スナップオンの工具が積んであるでしょ?でもね、これ以外が壊れる可能性も十分にあるんですよ。さらに驚くのはね、今回みたいな取材やイベントに行く時に限って壊れるというところなんですよね。なかなかやるでしょ?コイツ」
愛車のトラブルについて楽しそうに語る鈴木さんに1番楽しめたアクシデントは?と問うと『インジェクターが詰まったこと』だと即答してくれた。この修理自体は1日あれば終わることだが、鈴木さんの場合は2ヶ月かかったのだという。というのも、原因をなかなか突き止められなかったからだ。
インジェクター自体は作動していたため、それ以外に理由があるはずだとメジャーなトラブルを攻めていったがその影はなく、ECUからの配線加工した部分などを確認したそうだが異常はナシ…なんとなく燃料のデリバリーパイプを外してみたところサビが確認できたため「もしや?」と燃料フィルターを取り外してみたら、蓄積したサビがフィルターを越えてインジェクターに詰まって燃料が噴射できなくなっていたのだという。
この長い謎解きが終わった瞬間、ホッとしたというのと、嬉しいというのと、思えば楽しかったという気持ちが同時に溢れたそうだ。
「クルマは、走るというのが基本だと思うんです。だけど、そうするためのプロセスもまた1つの楽しみ方なんですよ。古いクルマはそれを充分に楽しめる。これが良い」
単純そうに見えて、実は単純じゃないのがカーライフの楽しみ方だと鈴木さんは言う。特に、修理はそうなのだそうだ。植物の根っことおなじように、上に出ている部分はちょっとでも、ひっぱってみるとズルズルと面白いように出てくるらしい。それをひとつひとつ解決していくのは、まるでモグラ叩きゲームのようだ。
そして、実はもう1台、不動車のS13型シルビアも「いつか公道復帰させたい」という思いを抱きつつ所有しているという。
手のかかる愛車たちは、これからも鈴木さんを飽きさせることなく楽しませ続けてくれることだろう。
取材協力:やまぎん県民ホール(山形県山形市双葉町1丁目2-38)
(⽂: 矢田部明子 撮影: 平野 陽)
[GAZOO編集部]
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