34年前AZ-1に一目惚れ。その歓喜の衝撃波は今だ収まらず
「1989年にモーターショーの雑誌記事を見て、一目惚れしてしまったんです。あまりの存在感に『ほぉ~』とため息が漏れ、次のページをめくることを忘れちゃうほどでしたからね」
そう話すオーナーのくぼっちさんの目に止まったのは、ガルウイングにリトラクタブルライトといった個性的なデザインで登場した『AZ550』というコンセプトカー。後のマツダ・オートザムAZ-1(PG6SA)であった。
プロトタイプにはタイプA、B、Cの3種類が掲載されていて、中でも1番ビビッときたのは、ハイチューンド・ピュアスポーツのタイプBだったそうだ。ちなみに、タイプAはニューコンセプトビークル、タイプCはレーシングカーを軽自動車サイズにデフォルメしたようなスタイルとなっていた。
「特に“タイプB”がカッコ良くて、もし販売されるなら買いたいなと思っていました」
しかし、そんな思いも虚しく、量産モデルのベースには“タイプA”が採用された。とは言いつつも、結局は新車で購入し、31年もの間1度も車検を切らずに乗り続けているわけだから、そのAZ-1愛は計り知れない。情があるからとかではなく、贔屓目無しに、このクルマを越えるクルマが見つからないのだろう。
「超個性的だと思うのは、カッコ良いでもない、美しいでもない、面白く掴みどころがなくて絵には描きにくいフロントフェイスですかね(笑)」
お気に入りは、当時マツダのグループ会社であった『M2』社が企画したAZ-1のカスタムモデル、『M2-1015』専用のボンネットだ。中央に頓挫する丸型のフォグランプと相まって、見れば見るほど癖になる顔をしている。このフォグランプは、直径がほぼ同じだったキャロルから流用し、エーモンのステーを加工して装着した力作ということだ。12年越しに念願叶って取り付けたというこのボンネットには、苦い思い出がある。
というのも、AZ-1が販売されてすぐに購入したため、その時はまだM2-1015が販売されていなかったタイミング。限定車の方が良かったと、子供のように地団駄を踏んだ記憶があると笑っていた。
「AZ-1は外装がボルト留めになっているから、服を着せ替えるようにカスタムパーツを取り付けられるんです。だから、M2-1015の外板パーツは後付けすれば良いか〜なんて考えていたんです。しかし、『限定車の純正パーツは車検証が無いと注文できない』ってウワサがあって、だったらダメか…と諦めて機会をどんどん逃していたんです。後に分かったことですが、結局そのウワサはデマだったんですけどね(笑)」
しかし長いカーライフを送る上で、この特殊なボディ構成のアドバンテージは良いスパイスになったと言う。お小遣いが貯まればボディ外板を付け替えるといった楽しみを謳歌できたからだ。
AUTOGIANO製のフロントバンパースポイラー、同社製の限定販売されたカーボンパネル、マツダスピードのリヤウイングなど、メーカー純正品やサードパーティー製にこだわらず、ノーマルの形を崩さない範囲で自分の好きなパーツを取り付けるもの楽しかったという。
デザイン面でも秀逸なクルマであるが、その走りも個性的なのがAZ-1の魅力である。軽自動車でありながら、エンジンは横置きのミッドシップで搭載され、スケルトンモノコックフレームを採用。エンジンにはターボチャージャーも備える。そんな生粋のスポーツスペックから繰り出されるキレッキレの走りは“世界最小のスーパーカー”という異名がついたほどだ。
「普通のクルマで曲がる時にハンドルを一回転させたとしたら、AZ-1はその半分も回さないくらいで曲がれるんです。それだけ高いステアリングレシオだから、峠を走ると舵角が少なくて済んで楽しい! その分、思った以上にノーズがインに向かってしまうこともあって、“スリルのある運転”も味わえるんです。そこがまた良いんですよ」
ミッドシップでフロントが軽く、ステアリングのロックトゥロックが2.2回転(注:一般的な乗用車は3~3.5回転前後のものが多い)ということもあって、ダイレクト感を存分に味わえるハンドリングは、レーシングカート的な面白さがあるのだ。
しかし、そんなクルマだけに、ホイールアライメントはキチンと管理しておかないと、真っ直ぐ走らせることもままならないという。事実、くぼっちさんが部品取りにしようと思っていた2台目のAZ-1は、当初は真っ直ぐ走らずにヒヤヒヤしたそうだ。けれど、キチンと整備してあげるとその症状は消え、ピシッと元気よく走ることができたと言う。
「開発者さん達も集まってくれてAZ-1の“30周年ミーティング”が行なわれたのですが、その時に、AZ-1の総生産台数は約4000台だとマツダの方が仰っていたんです。廃車やガレージでの隠居、海外へと渡った個体もあるでしょうが、今現在でも国内で2000台前後のAZ-1が、ナンバーを付けて走っているそうです」
発売から30年以上経っていることを考えると、約50%というAZ-1の残存率は相当多い部類と言えるだろう。けれど、一度でも運転すれば分かるのだが、そのファンな走りを味わってしまうと“ずっとAZ-1に乗っていたい”という感覚になり、トリコになってしまうのだ。これも高残存率の解であることに間違いない。
だからこそ、願わくば日本の道を走り続けて欲しいという。そんな願いのために、現在は台風によって水没してしまったAZ-1の修理をしているそうだ。そのクルマは、名付けて“没っちゃん(ぼっちゃん)”。なかなかブラックユーモアのある命名だ。
この没っちゃんは、オーナーさんがお手上げ状態となって、静岡から遠路はるばる広島にやって来たそうだ。しかし、エンジンとメーターは水に浸かっておらず、完全水没ではなく、プカプカ浮いていたと予測。大変ではあるが、なんとか直せば走り出せそうだと嬉々として説明してくれた。
「こんな状態のAZ-1を、修理してまで乗る人はなかなかいないと思います。ただ、クルマとして生まれたからには、やっぱり走って欲しいんですよね」
作業自体はアマチュアによるDIYのため、公道復帰までの道のりは長いという。しかし、くぼっちさんは同じ考えの仲間がいるからこそ、モチベーションを維持することができているそうだ。没っちゃんがいた静岡から広島まで運んでくれたのはAZ-1仲間で『また走れるようになると良いね、協力するよ!』という一言は、とても励みになっているという。
そんな話を聞いていると、AZ-1の現存台数が多いのは、こういったオーナー同士の横のつながりが密という事も、大きな要因となっているのかもしれない。
「仲間に会うために、広島から埼玉県で開催されたオフ会にも行ったことがあります。驚かれる方も多いですが、様々な方のAZ-1ライフが見られるのが楽しいんです。遠方まで行くというのも、それだけの価値があるからなんですよ」
「私が自分でクルマをイジるようになったキッカケは、オーナーズクラブの代表がオフ会でエンジンを降ろしていたのを見てからなんです。家にフロアジャッキがあったら『自分でもエンジンを降ろせるじゃん』と。それまでは、ディーラーや整備工場じゃないとエンジンの換装なんてできない、というイメージでしたからね。けれど、インターネットでエンジンの降ろし方を紹介している方のブログを拝見して、自分でもできるかもと思って、手探りで挑戦してみたんです」
くぼっちさんは昔、オートバイでレースをしていた時期があり、その時に4サイクルエンジンをボアアップした経験など、それなりの知識も蓄えていた。『オートバイのピストンは1個。それが3個になっただけでしょ』といった、カジュアルな考え方が功を奏し、スタートを切るハードルが下がって見事に夢を実らせる形となったという。
これからAZ-1に手を入れたい箇所は、ハブボルトを現在の物よりも太いM12化することと、ハブベアリングの交換。さらにエンジンを降ろして行なう大々的なオーバーホールだそうだ。しかし、現在は友人のエンジンを先にオーバーホールしている最中で、組み掛けのエンジンが車庫や玄関横に転がっている状態。そうなると当然、家族の視線が痛いことも多々あるという。
「奥さんは諦めているっていう感じですね。AZ-1は維持費もそれなりにかかるし、故障だってします。雨に日には乗らないんですけど、そう考えると実用性もまったくないでしょ? だけど、頑固だからしょうがないって」
諦めてくれている理由は単純明快。AZ-1イジりを楽しそうにしている、くぼっちさんが輝いて見えているからでしょ! と、筆者は感じた。
撮影当日は朝から曇天で、天気は持つかと思われていたが、終盤にはついに雨が降ってきてしまった。『では、これで!』と、キラキラした笑顔を見せ、心地良い音をさせながら足早に去っていく。これがくぼっちさんの31年目のリアルカーライフだ。
(文: 矢田部明子 / 撮影: 平野 陽)
許可を得て取材を行っています
取材場所:呉ポートピアパーク(広島県呉市天応大浜3丁目2-3)
[GAZOO編集部]
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