オーストラリアからやってきたランドクルーザ(HZJ75)との濃密な愛車ライフ
キッカケは、七味唐辛子の瓶に入った赤い砂。ひと粒ひと粒が細かく、振るとサラサラと音を立てた。今回の取材対象者であるユウキさんは、この砂を眺めるたびに「いつかはランドクルーザー(HZJ75)に乗りたい」と強く思ったのだと言う。
この正体はというと、酸化鉄を多く含むオーストラリアの砂。芳醇な赤ワインの色だと形容されることもあり、石炭やウラン等の天然資源が多く採れる鉱山地帯でよく見られる砂だそうだ。
これは、ユウキさんとまったく同じランドクルーザーに乗るオーナーが、そのクルマをオーストラリアから逆輸入した際、車体の内張やフレームの中から大量に出てきたからとプレゼントしてくれたものだ。師匠と呼び慕っているその方曰く、オーストラリア中部地方の砂ではないか? という事だった。『自分も絶対にランクルを迎え入れるぞ』と、モチベーションを上げるため、常に手元に置いていたそうだ。
「オーストラリアから逆輸入して、現地の砂が付いているなんてカッコいいじゃないですか。だから、僕がHZJ75をオーストラリアから迎え入れた時、師匠のようにクルマに残っていた砂を集めて七味の瓶に入れておこうと思ったんですよ。でもね…いっっっくら探しても出てきませんでした。ええ! なんでぇ〜!! って感じでしたね(笑)」
その代わりと言っては何だが、天井には白交じりの赤い、サラサラした海砂が付着していたという。師匠から貰った砂とは色も形も違うこの砂の出所をどうしても突き止めたくて、前オーナーの登録地を調べると、オーストラリア右端に位置する海辺の小さな街がヒットしたそうだ。
「そうか。コイツは鉱山周辺じゃなくて、海の近くを毎日走っていたのかと想像すると、天井の砂が愛おしくなっちゃいましてね。僕は“一味”の瓶に詰めて、大切に保管することにしたんです」
このクルマとの出会いは6年前。オーストラリアの中古車サイトを4年間にわたってチェックしていた際、HZJ75が日本に逆輸入されるという情報を聞きつけたのが始まりだった。これを逃したら次はもう無いと確信し、購入を決めたという。
ユウキさんの乗るランドクルーザー70系は、24年間生産され続けたランドクルーザー40系の後続車として1984年にデビューした。1970年代以降、多くの4WDは乗用車的な快適性が求められ、パーソナルなSUVへと舵を切ったが、それをせずにBJ型、通称『トヨタ・ジープ』の流れを引き継ぐ“ワークホース”として邁進していたのがこのモデル。
『どこへでも行き、生きて帰って来られる』という信頼性は世界中に知れ渡り、世界各国へと輸出されることとなる。もちろん、オーストラリアもそのうちのひとつの国であった。
「日本で良い個体が見つかるんだから、わざわざ手間とお金を掛けて逆輸入しなくても良いんじゃない? と言われたこともありました。だけど、僕がオーストラリアからの逆輸入に最後までこだわったのは、商用目的で使われることが多い70系は『日本で生まれて、オーストラリアで育った』と言われているからなんです。
実際にオーストラリアから来たHZJ75を見ると、どっちが良い悪いではなく、日本のとはまた違う逞しさやカッコよさ、野生味を感じることができたんです。どこがどう違うとは明確に言い切れないけど“何か”を感じるんですよね」
オーストラリアに輸出された個体のほとんどは、政府向けや鉱業などの商業目的で使われていたケースが多いそうだ。その地域のニーズに合わせて様々な仕様がラインアップされたのも特徴で、ユウキさんの『HZJ75RV-MRQ』は、日本での設定が無かった“ロングホイールベース、2ドア、ハードトップ”というボディ形状の『トゥループキャリア仕様』となっている。
ちなみに、後席の乗員は軍用トラックのようにリヤゲートから乗り降りしなければいけないことから、トゥループキャリア(直訳すると“兵員輸送車”)という愛称で呼ばれていたのだとか。ただ、ユウキさんのランクルは助手席側が回転してリヤシートに乗り込める“RVグレード”のシートを取り付けているため、スマートに乗降できるのだと自慢げに教えてくれた。
「オーストラリアの中古車サイトで良い個体をなかなか見つけられなかったのは、過酷な状況下で使われていたため、現存しているものが少なかったというのもあるでしょう」
「そんな中で、コイツは故郷の日本に帰ってきて、日本の道を走っているんだから大したやつですよ(笑)。エンジンとミッションは壊れていたけど、おそらく前オーナーは個人のユーザーだったでしょうから、極端に状態が悪かったというワケではありませんでしたね」
そう推察したのも、ボディのカラーコードが“4E9”だったからだという。商用目的で使用される個体は白のボディーカラーが定番で、ベージュ色の4E9を選ぶとは考えにくかったからだ。
「だから、僕はこのボディーカラーが大好きなんです。ルーツを辿ればそれぞれの事柄にちゃんと意味があって、そこで生きてきたという証でもありますからね」
自身の愛車である『HZJ75RV-MRQ』について、もっと深くまで知りたくなり、フレーム番号、最初に登録された場所など、その素性についてかなり細かくまで調べているという。「興味対象がクルマで良かった。人だったら大変なことになっていた」と、豪快に笑っていたが、取材陣一同も『本当にその通りです』と、真剣な顔をして頷いていたのは、ここだけの話。
「その流れを汲んで、車内に置いてあるものやカスタムには、僕なりにすべて意味を持たせているんです」
例えば、あらゆるところに飾られたチェキ(インスタント写真)は、大切な人や思い出の場所を撮影することで、そのご縁を大事にするということを忘れないため。バックドアを開けると目を引く、鮮やかなコバルトブルーで異国情緒溢れるカーテンは、アフリカ・マラウイの布を使って作られた1点もの。これは、海外青年協力隊として活動するランクルオーナーとSNSで繋がり、マラウイマーケットで布選びをするところから始まっているという。苦労して作ったカーテンには、物を大事に長く使っていくという意味が込められている。
ホームセンターで排水管を買ってきて自作したシャワーには、子供達に『泥だらけになって遊んでも大丈夫だぞ♪』というメッセージを込めているそうだ。
「メインバッテリーとソーラーパネル、サブバッテリーを搭載しているのは“どこへでも行き、生きて帰って来られる”というランクルらしさを、確固たるものにするためです。万が一、メインバッテリーが飛んでしまっても、サブバッテリーとメインバッテリーをブースターケーブルで繋ぐと何とかなっちゃいますから」
「日本でそんなシーンってある? って感じですけど、僕みたいなサラリーマンは、休みが決まっているんです。長距離の旅行中に故障して、そこで遊び終了なんて勿体無いじゃないですか(笑)。仕事が始まるギリギリまで遊んでいたいですからね!」
確かに。日々時間に追われる現代人にとっての“行って帰れる”というのは、こういう事なのかもしれない。
メインバッテリーの他、サブバッテリーやソーラーパネルまでも装備。こうすることで冷蔵庫や電気毛布、サーキュレーターなどの家電製品が使えるので、まるでホテルにいるかのように車内でくつろげるというワケだ。そうして、子供達を連れて旅行に行くことも多くなったそうだ。こうしてひと通り話し終えると『高校生の頃に電気工事士の資格を取って本当に良かった』と、ニンマリされていた。
「いろいろ話してしまいましたが、つまるところ『何とかなる』というのがこのクルマの魅力なんです。例えば電装系のハーネスにトラブルが起きても、応急処置の範疇でも直せばキチンと走れちゃう。日々メンテナンスをしていても、肝心な時に裏切られちゃうこともあるけど、根本である『行って帰れる』という部分は裏切らない。そういう所があるから、コイツに好かれていたいと思っちゃうんですよね」
そんなユウキさんの今後の目標は、この個体を工場出荷時の状態に戻すことだという。その第一段として、現在、工場出荷時に装着されていたリングホイールと同じく、工場出荷時に装着されていたダンロップ ロードグリッパーのタイヤを履かせている。最終的には、輸入時に壊れていたエンジンを修理し、それに載せ替えることだと語ってくれた。
「すごいと思いませんか? 何十年も前に日本を旅立った姿で、再び故郷で走り出すんです。ランクルは一体どんな気分なのだろうと考えると、僕の方がワクワクしちゃいます(笑)」
国内外で愛されているランドクルーザー70系。2度の生産停止期間がありながらも、2024年現在で足掛け40年も愛され続ける、超ロングセラーとなっている名車である。質実剛健なワークホースは、世界に荒野がある限り、かけがえのない命を乗せて走り続けることであろう。
(文: 矢田部明子 / 撮影: 平野 陽)
許可を得て取材を行っています
取材場所:呉ポートピアパーク(広島県呉市天応大浜3丁目2-3)
[GAZOO編集部]
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