愛車ジュークの走行距離は、取り戻した『平穏な日々』の象徴
宮城県で開催されたGAZOO愛車広場、出張取材会。その開催場所となったのが、東松島市にある『未来学舎KIBOTCHA(キボッチャ)』だ。2011年3月11日に発生した東日本大震災で大きな被害を受けた旧・野蒜小学校を改修し、食堂および宿泊所としてリユースされた施設である。
防災教育を発信する場として被災備品の展示を行なったり、イベントを開催したりする一方、地域の漁師や業者と連携して、地元食材を使った料理や土産品なども提供。被災の記憶を伝えるだけでなく、希望を持って人々が集える場となり、未来の担い手である子供たちに命の大切さを伝える活動を行なっている。
そして今回の取材会には、実際にこの地で被災され、避難した野蒜小学校で九死に一生を得る経験をされた『Mint sera』さんが参加してくれた。大好きだった愛車たちとの別れなど、当時の辛い体験について語って下さった。
「震災当日は仕事が休みで、買い物に出かけているところでした。途中で地震があったので急いで家に戻り、親を連れて野蒜小学校まで避難したんです。当時は東名運河より内陸には津波は来ないと言われていたので安心していたんですけど、情報収集をしていたら津波の規模が想像以上だとわかりました」
「すぐに体育館の舞台までダッシュで逃げましたが、あっという間に濁流が流れ込んで来て、慌てて舞台袖のカーテンに飛びつきました。必死で上っても首まで水に浸かる勢いで、マットなどそこらに浮かんでいるものに乗り移って溺れている人を何人か引き上げたりしながら、最後はなんとか体育館2階部分の細い通路にしがみつきました。力を振り絞って登り切ることができたので助かりましたが、その時にちょうど自分の愛車であるティーダアクシスが流されていくのが見えたんです」
夜には雪が降り始め、寒さに震えながら夜明けを待つことになったMint seraさん。翌朝、校舎の上から見た光景は一生忘れられないという。
それからは避難所や、みなし仮設住宅での生活が長く続くこととなったが、震災の発生直後から大きな励みとなったのが、Mint seraさんにとってもう一台の、そして何より大事だった愛車であるトヨタ・セラを通じてできた仲間たちからの支援だった。
「Mint seraというニックネームは、ミント色にオールペンしたセラに乗っていた当時からのものなんです。セラには8年くらい乗って、一時抹消登録して自宅に保管していたんですが、残念ながらそちらも被災してしまいました。セラのオーナーズクラブで知り合った友人たちが安否を心配してくれていたんですけど、妻がニュース番組の取材を受けたのをみてくれた仲間がいて、mixiなどを通じて少しずつ連絡が取れるようになったんです」
それから全国のセラ仲間から支援物資や義援金を送ってもらうようになったのだが、実はその時に中心となってくれた仲間が、今回同じく出張取材会に参加してくれた、アリタリアカラーにドレスアップされたセラのオーナーさんだ。道路やガソリンスタンドなどのインフラが整備されるようになってくると、彼は神奈川県から駆け付けてくれて、様々な支援をしてくれたという。
「あの時、彼や仲間たちに色々と助けてもらったことには、本当に感謝しかないです。セラは失ってしまいましたが、今もオーナーズクラブの行事には参加させてもらっていて、温泉に行ったり、山形にさくらんぼ狩りに行ったり、平穏な日常を楽しむことができています」
被災後に発見されたセラから取り外したパーツは、今も形見として大事に保管している。ティーダアクシスのラゲッジルームに入れたままにしていたおかげで無事だった、セラのティッシュカバーやセームクロスなども手元に残した。
「僕のミントセラを再現したミニカーを友人が作ってくれたり、当時新車の成約記念として配られていたセラのクリスタルオーナメントがあるんですけど、それも今住んでいる家が出来た時の新築祝いに皆がプレゼントしてくれたりしました。その気持ちが本当に嬉しくて。セラを降りて随分経ちますけど、仲間との繋がりは一生物です」
Mint seraさんの現在の愛車は、震災から2年後に購入した日産ジュークの15RXアーバンセレクション(F15)。当時ディーラーオプションとして設定されていたレーシングオレンジのホイールやエクステリアパーツなどで彩りが加えられている。
「セラやティーダアクシスもそうですけど、やっぱり個性的な見た目のクルマが好きなので、ジュークはもともと気になる存在でした。生活も少しだけ落ち着きを取り戻していた頃で、ちょうどジュークがマイナーチェンジするっていう情報が入って、カタログをチェックしてみたんです。このオレンジのカラーリングが目に入った瞬間、これだ! と思いました」
ジュークは欧州を主体に開発され、2010年に発売されたコンパクトクロスオーバーSUV。
発売当初から斬新なデザインで人気を獲得したが、時を重ねるごとにカラーバリエーションを増していき、オーナーが好みのオプションを組み合わせられる『パーソナライゼーション』なども話題となった。
1.5リッター自然吸気モデルと1.6リッターターボモデルがあり、2013年と2014年の二度にわたってマイナーチェンジが行なわれている。Mint seraさんのジュークは、いわゆる中期型の1.5リッター車だ。
「街で別のジュークと会うと、すれ違いざまに挨拶したりしますけど、自分と同じカラーリングにはまだ出会ったことがないですね(笑)。それくらい個性がバラバラなところもジュークの魅力だと思います。休みの日には妻を乗せて買い物に出かけるんですけど、たまに派手すぎてイヤと言われることもあります(笑)」
2016年に現在の家を新築してから、ようやく普通の生活を送れるようになったことを実感したと話すMint seraさん。場所は旧・野蒜小学校=KIBOTCHA(キボッチャ)からも程近く「地元に戻って来れたことで、ようやく自分の中の『復興』が始まったんだなと感じました」という。
KIBOTCHA(キボッチャ)の近くにはもうひとつ、震災の遺構を残す場所がある。それが『東松島市震災復興伝承館』。被災した旧・野蒜駅の駅舎を回収した施設で、プラットホームや線路の一部も当時のままの姿で保存されている。
震災以前から鉄道写真も趣味としていたMint seraさんは、震災をキッカケにブランクが空いてしまったが、数年前から『鉄カメ』の活動も復活。ジュークに乗って千葉県に住む友人と一緒に小湊鉄道の撮影に出かけるなど、失いかけていた喜びを取り戻している。
「写真を残しておこうと思って、毎年3月11日にはこの旧・野蒜駅の撮影もしているんですよ。駅名の看板越しに、今住んでいる丘のエリアを撮ってみたり。それも自分にとっての復興活動の一環なのかもしれませんね」
余談だが、実はMint seraさんは今回の出張取材会で撮影を担当した平野 陽カメラマンの以前からのファン。鉄道雑誌『レイル・マガジン』に掲載された平野カメラマンのSLの写真が目に止まり、写真の撮り方に多くの影響を受けてきたそうだ。
「北海道の広大な風景の中に、SLのシルエットが浮かぶ写真が載っていたんですけど、とにかくそれが印象的で。自分の写真をレイル・マガジンに投稿したこともあるんですけど、掲載された時に貰える記念ステッカーは今もクルマに貼ってあります(笑)。平野さんのお名前はクルマ雑誌でも度々拝見していて、自動車の方でもご活躍なんだなと思っていたんですけど、まさか自分が写真を撮ってもらえる日が来るとは!! 本当に良い記念になりました」
震災後に購入したジュークの走行距離は、今では15万8000kmを数え、今年迎える車検も通すつもりとのこと。ワイパーを一度修理した以外はノントラブルという孝行息子は、まだまだ現役で走り続ける予定だ。
Mint seraさんが生きるか死ぬかの壮絶な経験をした旧・野蒜小学校の体育館は既になく、現在は改修された校舎を残すのみ。震災からの13年は、Mint seraさんにとっても喪失と再生の13年間だった。日常生活、そしてかつての愛車だったセラをキッカケに友情を育んだ仲間たちとの旅路に着々と距離を重ねたジューク。それはMint seraさんが時を掛けて得ることのできた『平穏な日々』の象徴でもある。
(文: 小林秀雄 / 撮影: 平野 陽)
許可を得て取材を行っています
- 取材場所:
- 未来学舎 KIBOTCHA(宮城県東松島市野蒜字亀岡80番)
東松島市震災復興伝承館(宮城県東松島市野蒜字北余景56-36)
[GAZOO編集部]
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