人馬一体を存分に味わえるクラシック スーパーカー「フェラーリ」との波瀾万丈なカーライフ
秋吉台のカルスト台地を一望できる展望台に、麓から風の音に乗ってエキゾーストノートが聞こえてきた。徐々に近づいてくる快音とともに姿を現したのは、真っ赤なボディが眩しいスタイリッシュなフェラーリ・308GTSiであった。
颯爽と降り立ったオーナーのKazuToshiさんは、手慣れた様子でグラスファイバー製ルーフパネルをシート背後に収納する。絵に描いたようなオープンエアモータリングを満喫しているオーナーさんの幸せそうな表情が印象的である。やはりオープントップでの爽快なドライブは格別のものなのだろう。
「2シーターミッドシップのスポーツカーとして登場した308GTBに続いて、1977年のフランクフルト・ショーでお披露目された308GTSにひと目惚れしてしまった人が多かったのは、ピンインファリーナが担当した美しいエクステリアデザインに加えて、やはりタルガトップのオープンカーだということが効いていると思います。もちろん私もそのひとりです」
季節ごとの匂い、気温、目に飛び込んでくる景色。そして、後ろから聞こえてくる大きめの、だけど規則正しい纏まりがあって厚みのあるエンジン音は、まさに長年思い描いていた夢だったという。
そして「このエンジン音を聞くために4年も待ちました…。もうねぇ、長いっちゅうもんじゃなかったです」と、想像していたよりも少し?いや、かなり根気と根性が必要なフェラーリとのカーライフについて語りはじめた。
もともとバイク好きで、免許取得後はスカイラインやマークIIに乗っていたというオーナーさんは、22歳で結婚したことを機に、その後は家族のためのクルマ選びをしてきたという。
経済的で使い勝手の良いスズキ・アルトやホンダ・アクティにはじまり、お子様が小さい頃には一緒にキャンプに行くために三菱・パジェロを、中学生になって部活動の送り迎えが始まると部員を沢山乗せられる7人乗りのフォード・エクスプローラー、シトロエン・C4ピカソと乗り継いできたそうだ。
ちなみに途中からラインアップに輸入車が増えていったのは、やはり少年の頃に憧れたカウンタック、ランチアストラトス、ディーノなどのスーパーカーが影響しているとのこと。
そして子育てがひと段落したタイミングで「2シーターのスポーツカーに乗りたい」と購入したのが、この1981年式のフェラーリ・308GTSiだったという。
「“マッハGOGOGO”に登場するような、ああいうクルマが好きでね〜。確か下関市立図書館だったと思うのですが、その駐車場でやっちょったスーパーカーショーに足を運んだりしていました。その会場で、排気ガスの匂いがするクルマの方が何か速そうな気がして『このクルマはどうじゃろうか?』と、マフラーのところを匂っちょった記憶もあります(笑)」
そして振り返ってみると、自らの愛車からバリバリという音が鳴り、排気ガスが濃くなっても『流石はフェラーリ! 速そうだ』と故障を一切疑わなかったのは、この小さい頃からの“思い込み”が良くなかったのかもしれないという。
1980年終盤に登場した308GTSiは、308GTSと同じく3000ccの90度V型8気筒エンジンを搭載しているが、当時の排ガス規制に合致させるために、燃料供給装置を4基のツインチョークキャブレターから、インジェクション方式へと変更したモデルとなる。そのため、環境には優しい反面、308GTSと比べるとどうしても馬力が落ちてしまうのだ。
購入時にそんな懸念が頭の中にあったこともあって、愛車が発する“故障のサイン”を『こんなに大きな音がするなら、スペックの差は微々たるものだ』と、脳内で変換して見逃していたのかもしれないと振り返る。
「購入から1年ちょっと経ったある日、交差点で停止中にいきなり水温が上がり、アイドリングが高くなったと思ったら、バックミラー越しにエンジンルームから白い煙が立ち上りました。瞬時に『エンジンが壊れた!』と思って路肩に寄せ降りてみるとクーラントが流れ出ていました。煙と思ったのは水蒸気でした」
知り合いのショップに入庫してよくよく調べてみると、色々なところにガタがきており、大修理が必要な状態であることが判明。そのまま入院となり4年もの歳月を過ごすことになったという。
「後から聞いてみると、部品調達や修理工程などでかなり悩まれていたようで、半分くらいはリフトの上で待っている時間でした。たま〜に遊びに行っちゃあ『あぁ、まだリフトに乗ったままじゃなぁ…』と、退院を待ち侘びながら帰るという日々を過ごしていました」
そうして長い入院期間を経て車庫に帰ってきた308GTSiは、きちんと調教された心地良い音を響かせ、見違えるほど紳士になっていたという。例えるなら『一挙手一投足を大事にする乗り手がドライブをすることで、優雅な時間を過ごせるようなクルマ』といった感じだったそうだ。
「1つ1つの過程を、ものすごく大事にしちょるクルマなんかなと思いました。『速さだけにとらわれず、いかに人間の感性に合わせるか?』に焦点を置いちょるクルマなんじゃと。僕はそう感じています」
人間の鼓動と同調したように加速していく様や、ハンドルの重さやエンジンの吹け上がり具合で車体の挙動を正確に伝えてくれる。そういったインフォメーション性の高さから、次にクルマがどう動くのかが、手に取るように分かるという。
「その感覚は、308GTSiと自分の体がシンクロしていると錯覚してしまうほど。コーナーを曲がる時にハンドルを切ると、スッと素直にフロントが入り、腰でクイッと回っていく一連の流れが、特にそれを感じさせてくれますね」
大分県にあるサーキット『オートポリス』も走ったことがあるそうだが、取材地である秋吉台や、萩から津和野に抜けるワインディングロードを走る方が面白いという。
「フロントの接地感がもうちょっとあってもええかもしれんけどね(笑)。じゃけど、それ以上に好きな部分が他にたくさんあって満足しちょるから、ええとしようか」
この一言を放ったあと『308GTSiの魅力はココなのだ』と再確認していた。新型車から比べるとスペックはかなり低いし、トラブルも定期的に起こるのが当たり前。しかし、それが気にならないくらい人生を豊かにしてくれたことは間違いないという。
このクルマがキッカケで色々な人に出会えたり、分かり合えたり、幸せだなと感じることが格段に増えたと笑顔で語っていた。
エンジントラブル以外でも、福岡から高速で帰って来る途中に、アクセルをふかしてもまったく進まなくなってしまい、即刻インターチェンジを降りたときはヒヤヒヤものだったと、目をまん丸にしながら説明してくれる。
トラブル談議はまだまだ続きそうだったので、それでも乗りたいと思える理由を尋ねてみた。
「今日は、目的地に辿り着ければエエね! くらいの心持ちなんです。究極の話なんじゃけど、ガレージに置いとるのを眺めとるだけでもええんですよ(笑)。運転席に座るとハンドル越しに見えるフェンダーの盛り上がりが視界に入ってその先は見えないところとか、ボディに写る空や、リトラクタブルヘッドライトのピョコンとした存在感…それを眺めを見ているだけでも『あぁ、乗って良かったな』と幸せな気持ちになれるんです」
先日、ご友人と一緒にガレージに置いてある308GTSiを眺めていた際にも、驚いたことがあったという。
フロントタイヤハウスからの盛り上がりがそのまま続いてドア横で一度収束し、そこから再びリヤに向けて盛り上がっていくというメリハリのあるボディラインを眺めながら、所有して10年経った今でも相変わらずカッコ良いと感じる自分がいて、改めてこのクルマに惚れ込んでいると気付かされたからだ。
ほかにも、この当時のホイールはインチではなくて390mmといった特殊なサイズで、履けるタイヤもミシュランTRXのみであることや、この1981年式のみに設定されたナルディのステアリング(他年式はモモ)が装着されていること、さらにドア後方のリヤクォーターウィンドウ部にある梨地ブラックのルーバーパネルも308GTSiならではのお気に入りポイントだそうだ。
そして運転席のドアを開けると、ヘッドレストにある長い鬣をなびかせた跳ね馬のマークと、座った瞬間にギュッと音を立てる革のシートが待ち構えている。アナログメーター周りやシフトゲートにあしらわれた、味わいのある深いシルバーの装飾もスポーツ心をくすぐる。
それらがまたオーナーさん好みで、強く惹き込まれていくのだという。
「極め付けはオープンカーということですね。速度を出した分だけ頭上に乱気流を感じて、空気を切り裂くノイズがサイドへと流れていくんです。これも308GTSiだからこそ味わえる楽しさだし、これからも大切に乗っていきたいと思います」
クルマにはさまざまな存在意義がある。人を乗せる道具、荷物を運ぶという使い方、そして誰かの人生を豊かにするという役割。どれが良い悪いではなく、クルマは私たちの生活に密着し、いろいろな事やモノを与えてくれる存在なのだ。
(文: 矢田部明子 / 撮影: 西野キヨシ)
許可を得て取材を行っています
取材場所:秋吉台展望台(山口県美祢市秋芳町秋吉秋吉台)
取材協力:美祢市観光協会/秋吉台観光交流センター
[GAZOO編集部]
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