巡り合うべくして巡り逢った!? 『TAKEOKA・ABBEY』2台持ちの摩訶不思議な物語

  • GAZOO愛車取材会の会場である世界遺産の万田坑で取材したタケオカ・ABBEY

    タケオカ・ABBEY



アビーに出会ってから、“運命”は本当に実在するのだと知ったそうだ。まるで、見えない磁力に引き寄せられるかのように、気付けばアビーを2台も所有し、しっかとそのハンドルを握っていると話してくれた。

そんな『wache』さんとアビーの最初の出会いは、自宅から10分の所にある隣町のバイク屋さんであったという。

「維持費がかからなくて、楽しいクルマに乗りたいと思ったんです。というのも、欲しかったクラシックカーの値段がどんどん上がってきて、とてもじゃないけど手が出せなくなってしまいました。ですから、これだったら買えるぞ! 面白いぞ! という軽自動車を探していたんです」

そうしてたどり着いたのは、当初検討していた軽自動車ではなく『第一種原動機付き四輪自転車』として分類される、通称“ミニカー”になった。そのミニカーの特徴は、全長2.5m以下、全幅1.3m以下、全高2m以下という、軽自動車より二回りも小さい超コンパクトな車格である。

乗車定員は1名だが、3輪以上の原動機付自転車は、公道走行時にヘルメットの着用義務はなく、直進二車線以上の交差点であっても二段階右折の必要がない。さらに、車検も不要で重量税や環境性能割もかからないし、自賠責保険料は2輪の原動機付自転車と同様。しかも超省燃費なので維持費はほとんど掛からないという、優れたコミューターである。

そんなミニカーを前に、この手があったかと思わずガッツポーズしてしまったとニヤッとしながら教えてくれた。そうして、善は急げと中古車市場でミニカーを探し始めたわけだが、問題はなかなか個体が出回っていなかったことだという。

「新車で購入するとなると、どのメーカーのミニカーも予算オーバーだったんですよ。だから、いつか状態の良い中古車に巡り会えたら良いなと思いながら、2年くらいゆる〜く探していたんです」

そうして月日は流れて2019年、wacheさんは1台目のアビーと出会う。キッカケは、オートバイで日本一周旅行をしている方のSNSに投稿された写真の隅っこに、アビーが写っているのを見つけたことだった。
そこのお店に行けば購入できるかもと思い、Google画像検索をかけてみるwacheさん。偶然にも自宅から10分ほどの所にある、隣町のバイク屋さんであることが分かったのだ。

「早速そのお店を訪ねてみると、写真通りにアビーが店内に置いてあったんです。店主さんは留守だったけど、ここで帰ってしまったら、なんだかもう乗れなくなっちゃう気がしたので、そのままお店で待たせてもらったんです」

念願だったアビーを前にして、ソワソワしながら店主の帰りを待つこと数分…。アビーについて尋ねると、故障中のため修理してから販売するつもりだと言われたそうだ。もちろん、その場で購入したいとの意を伝え、それから半年が過ぎたある日のこと。

「どう手を加えても、35km/h以上スピードが出ないんだけど…。それでも、いる?」と、店主さんから連絡があったそうだ。

「乗ってみると、衝撃的に遅くて、遅くて、遅かったんですけど(笑)、めちゃくちゃ楽しかったんですよ。まるで、ゴーカートで公道を走っているような気持ちになれるから、街全体が遊園地に思えてくるというか、ね。あとは、ふと前を見ると、対向車の人が笑顔になっていたんです(笑)。そんなクルマってなかなかいないから、本当にワクワクしましたよ」

wacheさんが小さい頃、従兄弟の叔母様が古いビートルに乗っていたそうだ。街は新型車で溢れているというのに、クーラーも効かなくて今にも爆発しそうな音をさせながら走るクルマに、なぜ乗っているのだろう? と、当時は疑問に感じていたそうだが、今ならそれが分かるという。

答えは単純で、自分なりの楽しいを優先させた結果がビートルだったのだと、深く頷いていた。古めかしい鉄のホイールと、ホワイトリボンのタイヤを履かせ、そのクラシカルな雰囲気に合わせて、メッキバンパーを装着していたそうだ。

時は流れて3年後。コンビニの駐車場で必ず繰り返される『これはどこのクルマですか?』『このサイズのクルマがあると知っていたら、免許返納しなかったのに!』などのやり取りに慣れてきた頃。長崎で2台目のアビーと運命的な出会いをすることになる。

「フェリーに乗って、旅行に行ったんですよ。それで、レンタカーを借りてドライブしていたら強烈な視線を感じましてね。そういう時ってありませんか? なんか見られてるな…みたいな時(笑)。で、パッとそっちを向くと、アビーと目が合ったんです」

愛嬌のある2つの瞳が、ジィ〜っとwacheさんを見ていたそうだ。中古車屋さんの店頭にポツンと置かれていたそうで、人に見えてくるかのような愛らしい顔は絶対にアビーに間違えないと、次の信号でUターンしたという。

店の前にクルマを停めると、やっぱりそこにはアビー(AB型)がいて、店主を尋ねると『キーを渡すから、乗ってきて!』と言われたそうだ。

「店主さんは、中古車市場で流通がないから、いくらで売ったら良いか分からないと少し厄介がっていました(笑)。だから、早く売っちゃいたいというのもあったのかもしれません」
走行距離はたったの1600kmで新車に近い状態だったため、出所を店主に尋ねると、ある日突然『オーナーさんが乗れなくなった』と、知り合いが持ってきたのだという。

さらによく見るとその個体は最新型モデルであり、試乗してみると同じアビーなのかと思うほど進化を遂げていたそうだ。

「2ストロークだったエンジンが4ストロークのインジェクション仕様になったモデルだったので、スピードは55km/hも出るし、坂道もガンガン登れるようになったんです。さらには、制動力が心もとなかったワイヤー式のブレーキは油圧式に変わり、意のままに止まれるようになっていました。その進化にはほんと、ビックリしましたね」

増車するかどうか心が傾きかけていた時、追い討ちをかけるように衝撃の事実が発覚した。なんと、現在乗っているアビーと、試乗したアビーの前オーナーが同一人物だったのだ。
それが分かった時、やはりレンタカーでドライブ中に感じた『あの視線』は、巡り合うべくして出逢えた運命だったのではないかと感じたそうだ。

同じミニカーは何台もいらないかも、と一度は冷静になり、連絡先を聞いてその場を去ったものの、翌日には中古車屋さんに購入の意思を伝え、1週間後に再びフェリーで長崎に渡って納車されたそうだ。

wacheさんは『冷静になって考えた』と話していたが、筆者が思うに、少し距離を置いたことで、逆にアビーへの恋しさは強く募っていったのではないかと予想した。なぜなら、言葉の節々から、初恋や新婚といった類のキュルンとした瑞々しい何かが感じられたからだ。

納車後に改めて見ると、小さくてノッポで丸目で、Dr.スランプ アラレちゃんの作中に出てきそうなデザインに、胸が高鳴ったと笑顔で話してくれた。ちなみに、取材会に乗ってきてくれたアビーのキーコンセプトは『ユーロスマートモビリティ』である。

現代的なシルバーのホイールはマットブラックへと塗装され、オレンジだったウインカーをクリアに交換。フランスの初心者マークを貼ったり、ステアリングをmomo製にするなど、カスタマイズも楽しんでいるようだ。

  • (写真提供:ご本人さま)

「このアビーはね、きっと走りたかったんですよ。納車日から大変だったんだから」
今でこそ笑い話だけど…と教えてくれたのは、納車日当日の出来事だ。
納車後フェリーで帰ろうと船乗り場に向かうと、強風で便が欠航になってしまったのだ。次の日が仕事だったため陸路で帰ったそうだが、いくら新型とは言えども、強風に煽られるたびに車体が左右に振られ、大型トラックとすれ違うと速度が5km/hくらい落ちるといった過酷な状況。オマケに途中から雨まで降ってきたそうで、そもそも無事に家に帰れるのか? という不安がどんどん募っていったという。

ミニカーであるこのアビーは、あくまでも原動機付の『自転車』である。当然、高速道路には乗れないため下道で5時間もかけて帰ったそうだ。

お尻はかなり痛くなり、寒さで手の感覚も無くなっていたそうだが、なんとか無事に帰宅。wacheさんは、自分の所にきてくれたからには、今後は色々な場所に連れて行ってあげたいと話してくれた。

『明日はどんな冒険が待っているのか?』
このクルマに乗るようになってからというもの、ワクワクしながら寝床につくことが増えたのだと笑う表情が印象的だった。

(文: 矢田部明子 / 撮影:平野 陽)

※許可を得て取材を行っています
取材場所:三池炭鉱 万田坑(熊本県荒尾市原万田200-2)

[GAZOO編集部]

GAZOO愛車広場 出張取材会 in 福井、京都
参加者募集中! 3/31 10:00まで