モーターショーで一目惚れしたカプチーノは共に歳を重ね愛おしい存在に
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スズキ・カプチーノ(EA11R型)
1989年に開催された東京モーターショーで、スズキはカプチーノの前身ともいえるコンセプトカー『P-89』を発表した。FRオープンの2シーターで、それを軽自動車という枠組みの中で成立させたパッケージングは、当時大きな反響を呼び、数々の雑誌が特集を組んでいた…と、記憶を辿るようにしてポツリポツリ答えてくれたのは、今回の取材対象者である『カメソン』さんだ。
「あのデザインが、とにかくカッコ良かったんです! 特に、オープンにした時の斜め前からの見た目が好きで、ドアからリヤクォーター部分に向かって上がっていくラインが、とても綺麗だと感じたんです」
そして、実車を自分の目で見たいと感じたカメソンさんは、東京モーターショーのすぐ後に開催された、名古屋のモーターショーへと足を運んだそうだ。
展示してあったP-89は、やはりひと際輝いていて『市販化したら絶対に買うぞ!』と胸をワクワクさせながら、配布されていたパンフレットを握りしめ帰路についたと話してくれた。
取材時に、そのパンフレットを持参していただいたのだが、当時もそうだったであろう、目をキラキラさせながら大事そうに握りしめていらしたのが印象的だった。
そして、それから2年後の1991年。P-89はほぼコンセプトモデルのまま、カプチーノ(EA11R型)という車名で発売される運びとなった。
Tバールーフやタルガトップ、フルオープンなど3つのオープン状態を楽しめるデタッチャブルハードトップや、専用のFRプラットフォームで作られていることなど“買いたい!”と思わせるポイントが多すぎたと笑っていた。なかでも、フロントフェンダー後部にある、縦に2つ並んだダクトのデザインが一番気に入っていたそうだ。
「オートバイのロードレーサーや、レーサーレプリカのカウルの側面にこういう穴が空いているんですよ。オートバイの場合は熱を逃すために付いていると言われているんですけど、それがカプチーノにも付いていたので、オートバイ好きの私としては通じるものがあってグッときたんです」
市販車両を見れば見るほど欲しいと思ったそうだが、カメソンさんがカプチーノを愛車として迎え入れたのは、発売されてから10年後のことだった。
「カプチーノがいつ市販されるのか具体的に発表されていなかったので、待ちきれずにアルトワークスを買ってしまっていたのと、車両価格が150万円くらいと、想像以上に高かったので、お財布事情的に断念していたんです」
それ以降、購入するタイミングがなかなか見つからないまま、7年後となる1998年にカプチーノは総生産台数2万6000台余りで販売終了となり、自分にはご縁が無かったのだと諦めてしまったそうだ。
しかし、乗りたかっただけに残念だと思っていたところに、友人の親戚がカプチーノを所有しているという噂が耳に入ってきため、ダメ元で『もしよければ手放す際に自分に声をかけてほしい』と伝えておいたところ…
「言ってみるもんですね〜。その3年後に『手放すけど、どうする?』という連絡があったんですよ。だから、二つ返事で ぜひお願いします! と答えました。それが24年前の10月8日のことになるのですが、なんとこの日から8年後が、娘の誕生日となりました。そう考えると、僕の手元に来たのは運命だったのかもしれないと、涙が出そうになります」
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(写真提供:ご本人さま)
譲ってもらったのは、1992年式の前期型。カメソンさんが言うには、24年間乗っていて飽きがこなかったのは、いくつかの理由があったそうだ。
まず、1995年にマイナーチェンジが実施されたものの、その後フルモデルチェンジの新型は登場しなかったことが大きかったという。
また『このクルマ』が、常に一家のセカンドカーとして君臨し続けていたのも、手放さなかった理由のひとつだったそうだ。
そんなカプチーノの引き取り当日、辺りはすっかり暗くなっていたそうだ。『早くオープンにして走りたい』と、急ぎながらガチャガチャとルーフを外して急いで運転席に乗り込み、アクセルを踏むと速度を上げた分だけ頭上を風が流れ、空気を切り裂くノイズがカメソンさんを心地良くしてくれたという。さらに、地面を這っているのではないかと思うくらい低い車高にも驚かされたと口角を上げた。
なにより、自宅までの1時間の距離が、今までに味わったことがないくらい充実した時間になったのが、譲り受けて良かったと思える理由ナンバーワンだったと語ってくれた。
「初めてオープンカーに乗ったのですが、なんて気持ちが良いんだと感動しました。オートバイはヘルメットを被っているので、頭には風があたらず、またちょっと違う感じなんです。だから、カプチーノならではの爽快感と開放感がそこにはありましたね」
ひとつだけ物足りなさを挙げるとすると、それは“スピード”だったという。見た目が速そうなだけに、期待値が勝手に上がっていたこともあったようだが、いざ走ってみると、かつて乗っていたアルトワークスの方が速かったと笑っていた。
「特別速くなくても良かったんですけど、“軽とは思えない”と言ってもらえる仕様にしたいと思ったんです。それで、エンジンのパワーを上げることにしました」
そうと決まれば、すぐさま友人の勤めるディーラーに駆け込み、スズキスポーツ製のパーツを次々と装着してもらったのだという。タービンをはじめ、インタークーラーやインジェクター、ECU、マフラーを交換。吸気系にはオープンタイプのパワーフィルターを、駆動系は純正オプションのトルセンLSDを投入し、サスペンションも交換したとのことだ。
カメソンさん曰く、多くのカスタマイズによって、アルトワークス的なジャジャ馬感が若干出てきたそうで、走っていてとても楽しくなったという。
「マフラーの抜け方次第でパワーと音量が全然変わってしまうので、走りに振る時は旧型、街乗りの時は最新型の柿本マフラーを使い分けているのがこだわりですね」
と、職人のような顔を見せてくれた。
これらのカスタムをする上で大事にしたことは、ノーマルの外観を崩さないことだったという。1989年の東京モーターショーで一目惚れしてしまったオープンカーのあの姿は、絶対にキープしようという思いが自分の中にあったのだとか。だからこそ、エンジンは『ボンネットを開けなければ見えない=いじってOK』というマイルールのもと、何年もかけて納得のいく仕上がりにしたのだと、満足気な顔をしていた。
「外装で大きくイジったのは、ボンネットを交換してオールペンをしたことでしょうか。もともとは地味な銀色(笑)だったんですけど“チャンピオンイエロー4”に塗り直したんです。先ほど、バイクが好きだとお話ししたでしょう? この色は、スズキのオートバイにも使われている色で、自分の中ではスズキのイメージカラーだったんですよ」
その代償といってはなんだが、塗装するために色々な部品を外した際に、すべてのゴム類を新調することまではできなかったため、雨漏りがひどくなってしまったとのこと。そのため、雨ざらしにしておくと、どこからか雨水が染み込んでカーペットは濡れ、車内に入ると『まあまあシケっている』と白い歯を見せた。
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(写真提供:ご本人さま)
「その時から、雨が降った後はとある光景が我が家の日常になりました。ルーフを外して、左右のドアを開けて、太陽の光を当てるんです。マットは布団のようにパンパンしながら干して、パリッと乾かします!」
そう言いながら、愛おしそうにその様子をスマホで見せてくれるのだ。カメソンさんは、長年連れ添ってきたカプチーノを、娘のような存在だと言う。車体はヨレヨレの隙間だらけで、加速するにつれてミシミシと悲鳴をあげ、ブルブル揺れるところが、たまらなく愛おしいのだと目尻を下げた。
譲ってもらった時は、そこまで酷くはなかったそうだが、年々大きくなっていく軋み音を聞くと、一緒に歳を重ねているのだと感じるらしい。
「このクルマは、ほぼ手動なんですよ。自動と言えばパワーウインドウくらいで、あらゆる部分がマニュアル操作。それが当たり前になるくらい、一緒に時を過ごしてきました。ですから、不便と思ったことは一度もなくて、むしろそういうところが好きなんです。このクルマを手放すとしても、この先ずっと一緒にいるとしても、これほどまでに夢中になれるクルマは他には現れないでしょうね」と、2桁ナンバーにチラリと目をやった。
撮影が終わった瞬間、雨が止んだ。さぞ、シケってしまったであろう車内に満面の笑みで乗り込み、心地良い音をさせながら走り去っていったカメソンさんとカプチーノ。その姿は、まるで本当の父と娘のようであった。
(文: 矢田部明子 / 撮影: 清水良太郎)
※許可を得て取材を行っています
取材場所:霞ヶ浦緑地(三重県四日市市大字羽津甲)
[GAZOO編集部]
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