【素敵なカーライフレシピ #27】無骨だが愛すべきクルマたちに囲まれた父と娘のカーライフ
九十九里浜に面した長生村は、サーフスポットとして人気の大網白里市と、都心からの移住者が多いことで知られるいすみ市の間にある、千葉県唯一の村。
田名網ひかりさんと父・宏次さんは、この地でバリアフリーな暮らしを支える機器の開発・製造を行う企業を経営しています。自宅とオフィス、工房のある敷地にはクラウン最後のステーションワゴンとなったトヨタ クラウンエステートとスバル・インプレッサが並んでいました。
「クラウンのヌルっとした独特の乗り心地が好きなんですよ」
というひかりさんは、小さいころからクルマとお父さんの仕事が好きで、ハイエースに乗って父の仕事先にもついていったりしていたそう。
「会社に置いてあったマニュアルのサニートラックに乗って、近所のスーパーまで運転をシミュレートしながら、ギアやハンドルの操作をして毎日遊んでいるような子供だったんです。小学校の頃、祖父がクルマを買い替える際に、私が推薦する後継車候補をレポートにして提出したこともありましたね」
今でも祖父の元にあるというそのレポートには、「ハンドルの切れ方」「乗り心地」などの項目別に採点したインプレッションが記載されています。これを参考に購入した日産キューブは、今でも現役で走っているそうです。
田名網さん親子の経営する大邦機電は、身体に障害を持つ人たちが自宅で過ごせるようにサポートするリフト「段差解消機」などを製造する専門メーカー。
ユーザーに合わせてつくられるオーダーメイドの製品を、それぞれのご家庭に輸送、設置するために代々活躍してきたのがトヨタ・ハイエースです。
「モデルチェンジすると、前のモデルで気になっていた部分が確実に改善されているのに驚きます。仕事になくてはならない存在です」(宏次さん)
荷室は数百kgの荷重に耐えられるようにしっかり補強され、工具やパーツも積まれている様は「移動する工房」のようです。
順調にクルマ好きへと成長したひかりさん。日常では現在も乗っているスバル・インプレッサのようなスポーティーなクルマが好きで、父と娘で様々なクルマを乗り継いできました。クラウンエステートに乗ることになったのも、ひかりさんの強いすすめがあったからです。
「大病をして体幹が弱ってしまっていて、ハードな乗り味のクルマの運転がキツく感じるようになってしまったんです。娘が強く推していたエステートは走りもいいですしね」
そう語る宏次さん自身もクラウンには強い思いがあり、いずれはクラウンに、と思っていました。トムさんと呼ばれていた叔父がクラウンのセダンやエステートワゴンを何台も乗り継いでいたのを間近に見ていて、憧れのクルマだったのです。
「トムさんはA級ライセンスを持っていて、愛車のベレット1500スポーツで富士スピードウェイのフレッシュマンレースに出ていたこともあるほどのクルマ好きだったんです。私も観に行っていたレースでクラッシュしてしまい、レースは辞めてしまいましたけどね」
「1975年には、私が免許を取り立ての頃に叔父のクラウンを運転して、初めて首都高速を走って六本木に行ったんです。他にもいろいろな遊びを教えてもらったことを覚えています」
いま田名網家にある白のサニートラックも、このトムさんが仕事で乗っていたクルマです。トムさんの家は亀戸で自動車の電装系の修理やバッテリーの販売を行う会社を経営していて、サニートラックは自動車のバッテリーを積んで東京の下町を走っていました。
トムさんが亡くなった後、10数年間動態保存されていたものが、甥の宏次さんのもとにやってきたものです。
サイドパネルは普段マグネット式のシートで覆われていますが、トムさんの家が経営していた会社の屋号のペイントが今も残っています。
もちろん今でも現役で、コンディションも良好。回転半径が小さく取り回しが楽なので、細い道が多いこのエリアを走るのにも適しています。
「このサニートラックでいすみあたりをドライブするのが凄く楽しいんです」と語る宏次さん。長生村に隣接する大網白里市やいすみ市は、サーフィンを楽しむ都心との2拠点生活者や東京からの移住者も多く、古民家をリノベーションしたおしゃれな住宅も多いエリアです。
都心からの移住者向けのカフェやショップも増え続けていたり、いすみの里山には酪農家が営むチーズ工房や、ヴィーガンフードが食べられるレストランもあり、人気を集めています。いいドライブコースが組めそうです。
田名網家がこの長生村に移住してきたのは、ひかりさんがまだ2歳の頃。福祉機器の製造を事業の中心にしていこうと決めた際、オフィスと工房を併設できるまとまった土地を探すうちに縁あってこの長生村に出会いました。
長生村の環境に魅かれ、住まいもこの敷地内につくることになりました。
「当時は今のような都心からの移住者なんていませんでした。街路灯もなく、月や星が出ていない夜になると、少し先が全く見えないくらいの暗闇になるほどでした。秋の夜には蛍がたくさん飛んでいましたね」(宏次さん)
子供たちが豊かな自然の中でキャンプ遊びを楽しめるように、と建てられた小屋が今も健在です。若い建築ユニットに依頼して建てたという小屋の作りはかなりしっかりしたもので、周囲にはブランコや焼き窯も完備。カーステレオを改造したオーディオで音楽も楽しめます。
九十九里で採れる魚介類だけでなく、この周囲では玉ねぎやにんじんなどの野菜も名物。食事やお茶の時間になると敷地内で育てた採れたての野菜が出てきます。塩分を含む風で育てられた野菜は甘みが強く育つそうで、にんじんは生のままでかじっても甘く美味しいのにびっくり。
仕事と自然が隣り合った暮らしぶりはとても楽しそうです。
創業者は宏次さんの父・栄一さん。旋盤の技術者で、工房にはいまも年季の入った旋盤などの金属加工機械が並んでいますが、いずれもまだ現役。そのうちの一つは、かつていすゞ車の金属パーツの製造にも使われていたそうです。
リタイヤ後は、趣味の詩や版画の制作を楽しんでいる栄一さん。独特の味わいがある版画は、書籍の挿画などにも使われたことがあるほどの腕前です。
長年かけて作りためた作品をまとめた版画集には亀戸時代から続いてきた田名網家の歴史が記録されており、そこにはトムおじさんから受け継がれてきたサニートラックと、亀戸で営まれていたお店の姿を見ることができます。
こうして祖父から父へと続いてきたものづくりの仕事を、今度は娘のひかりさんが後に残そうとしています。
「私は全然エンジニアの知識もなければ技術もなくて、まだ電動ドライバーも使えないんです(笑) 何か自分のできることで父の会社を手伝いたいと思い、SNSを使った情報発信やプレゼンテーションを担当しています」
ひかりさんは今、週のうち前半を都内の企業に勤務し、後半は長生村で父の会社を手伝いながら、大好きなクルマともに過ごすという2拠点生活を送っています。
使う人の暮らしにとってかけがえのないモノづくりに取り組む田名網さん親子のクルマには、受け継がれてきたものづくりへの思いが乗せられているようです。
(文/写真:本橋康治 協力:大邦機電有限会社 http://www.taihokiden.co.jp/)
[ガズー編集部]
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