アバルト仲間のおかげで巡り会えたMG TD。亡きオーナーの想いを継ぎ、一生、大事に乗り続ける
中学生の頃、偶然、見かけた白いMG TDに一目惚れしたりょうさん。しかし程度の良いTDの入手は難しく、憧れのままで終わるかと思いきや……。もう1台の愛車であるアバルト仲間との交流により、突然、購入のチャンスは訪れます。
――TDによく似合う装いですね。やはり意識されていますか?
もちろん。ビンテージのブリティッシュトラッドで、TDと揃えています。またTDに恥をかかせたくないという思いもあります。
――クラッシックカーでオープンカーともなれば、どうしたって注目を浴びますものね。それでは、りょうさんの車歴を教えて下さい
3年前にアバルト595を新車で購入。昨年、TDを購入しました。まだ2台のみです。
――アバルトからTDへの乗り替えですか?
いえ、増車です。今もアバルトは所有しています。
――それでは、まずアバルトですが、購入の動機や経緯を教えて下さい
実は、TDへの憧れがあっての、アバルトの購入なんです。
――そうなんですね。では先にTDに憧れた理由を聞かせて下さい
中学2年生、3学期のことでした。下校中の僕の脇を白いクラッシックカーが走り抜けて行き、その美しさに目と心を奪われました。それまでクルマに興味がなかったため車種が分からず、記憶を頼りに情報を集めました。そしてMGのTDだったと突き止め、「いつかあのクルマに乗ってみたい」という憧れを抱きました。
――クラッシックカーには美術品のような美しさがありますよね
そうですよね。大学生で免許証を取得し、卒業後、小売店に就職。お給料がもらえるようになり、なにより自分のクルマが欲しくなったため、購入を検討し始めました。
TDが欲しいという気持ちに変わりはありませんでしたが、入社したての新人に購入できる代物ではありません。ただ少しでもTDに近づきたく、国産車ではなく欧州車を探しました。
――なるほど、そこでアバルトの購入に繋がるんですね
そうです。父親がJCWのミニを所有しており、運転して、とても楽しいクルマでした。だから僕もホットハッチにしようと思ったんです。
JCWのミニは予算的に無理で、ギリギリ手の届くアバルト595のベースグレードに行き着き、販売店で試乗をしました。はじめてのアバルトはとても刺激的で、その場で購入を決めました。
――アバルトを所有され、どのようなところに魅力を感じていますか?
扱いきれる楽しさと、ドライバーの思惑から外れそうな“危うさ”のさじ加減が絶妙なところ。あとメンテナンスやカスタムの情報が集めやすく、またカスタムの幅が広いところも魅力です。
――写真を見比べると、購入当初と今とではアバルトの雰囲気もずいぶんと変わっています。どれくらい手を入れましたか?
内装ですが、ステアリングをモトリタのウッドステアリングに交換。外装はフェンダーにメッキ、あとゼッケンサークルやステッカーを施し、全周にシルバーのラインを入れました。古い時代の欧州車を参考にし、雰囲気を近づけることを心がけています。あとはレスポンスアップのため、吸排気も変更しています。
――逆に困ったところとかはありますか?
意外に小回りが苦手なところですね。町なかの取り回しで困ったことも多々、あります。
――ここまでのアバルトライフで、印象深い出来事があったら教えて下さい
これはトマトターボだけの……。
――トマトターボ?
あ、トマトターボは僕がアバルトに付けたニックネームです。トマトターボだけのトラブルかもしれませんが、いきなり運転席側のサイドウィンドウが落ちた(フルオープンになった)ことでしょうか。
――予兆もなく、突然にですか?
はい、走行中にガタンと(笑)。なんとか引っ張り上げようとしたのですが、人の力ではどうしようもなくて。真冬の筑波山での出来事で、ヒーターをガンガンにかけていたのですが、凍えながら帰りました。
――それは災難でしたね
いやいや、貴重な経験でした(笑)。
――アバルトの使用用途は通勤とドライブですか?
はい。あとは趣味のキャンプとオフ会への参加です。
――オフ会でキャンプをされるんですか?
いえ、いつもソロでのキャンプです。自分のペースで行きたいところへ行き、やりたいことをやるのが好きなので。アバルトは十分な荷物を載せることができるので、とても重宝しています。
――オフ会は、やっぱりSNSで繋がるアバルト仲間とでしょうか
元々はそうなのですが、今はアバルトから乗り替えた人もいるので車種は色々です。実は僕がTDを入手できたのは、アバルトとSNSのおかげです。アバルト仲間には、感謝してもしきれません。
――それは興味深い話ですね。くわしく聞かせて下さい
昨年5月、アバルト仲間がSNSに赤いTDに乗っている画像をポストしたんです。しかもそのTDは売り物で程度が良好なうえ、安価であるという情報と一緒に。彼のポストを目にした瞬間、僕の心臓は跳ね上がりました。聞けばTDは名古屋のショップにあり、委託に近い形で販売されているそう。
日頃から「TDが欲しい」と口にしていなければ、またアバルトに乗り、SNSを通じて彼らと交流を図っていなければ、この巡り合わせはなかったでしょう。運命を感じると共に「これは最初で最後のチャンスだ!」という焦りも感じました。
「買うんでしょ!」というアバルト仲間の声に背を押され、すぐにショップへ連絡。2日後に名古屋へと向かいました。当日は「ついにTDと会える」という思いから、ずっと鳥肌が立っていましたね。
――そしてTDを目の辺りにするんですね
はい! 長く焦がれたTDが目の前にある。この時の感動は、言葉で言い表せません! 試乗ではシートの座り心地、ステアリングの感触、排気音と排ガスの臭いなど、TDのすべてが五感に響いてきました。
ショップの方の話では、TDを持ち込まれたのは亡くなったオーナーの奥様で、「大事にしてくれる人に譲りたい」という条件で託したそうです。もちろん僕なら必ず大事にすると誓えます!
程度も良く、頑張れば価格にも手が届く。もう、買わない理由はありません。ショップの方に購入の意思と、TDを大事にする旨を伝えました。
懸念だったローンの審査も無事に通り、晴れてTDの契約が成立。納車前、ショップから「TDを載せた積載車が出発しました」という電話を受けた時は、「ついにTDのオーナーになれる!」と、感極まって涙ぐんでしまいましたね(笑)
納車の日にはアバルト仲間が集まってくれ、また集まれなかった人たちもSNSで祝ってくれました。本当に嬉しくて、ありがたいですよね。
――SNSを通じて、素敵なご縁が結ばれましたね。念願だったTDの乗り心地はいかがですか?
シートがソファのようにフカフカなのが印象的でした。ちゃんとサスペンションも動いていますが、シートも路面からのショックを和らげる働きを担っていると感じています。車重の軽さからキビキビとした走りを想像していたのですが、実際にはしなやかな足回りで、乗り心地はゆったりとしています
――りょうさんのTDは1952年製とのことですが、コンディションはいかがでしょう
納車した当初、「調子が出ないな」と感じることはありましたが、概ね、良好に走ってくれました。けれど納車から2週間でエンストが発生。グリスアップやプラグ調整で復調してくれた……と、思っていたんです。
――思っていた?
実際、その時は復調してくれたのですが、原因は他にありました。それに気付いたのは3度目のエンストのとき。真夏の早朝、高速道路を走行していたら急にパワーが出なくなり、そのままエンジンが停止。
路肩に待避したのち、JAFに救援を依頼しました。待っている間、どんどん気温と路面温度が上がって辛かったですね。お世話になっている自動車整備工場で診てもらったところ、原因は燃料タンク内のサビと判明。燃料フィルターには落ちたサビが付着していました。
TDには英語版のマニュアルが付属しており「オーナーになるのだから」と、一生懸命読み込みました。そのおかげもあって、不調には自力で対処できるようになったと思っていたのですが、これ(燃料タンク内のサビ)はまったく予想できなかったですね。
燃料タンク内のサビを落としてからは、エンストに至る不調は起こっていません。
――真夏の高速道路とは大変でしたね
TDとの走行を重ね、スムーズに走ってもらうための操作も分かってきました。また、エンジンの音や排気音、排気ガスの臭いで、調子の変化に気付けるようになり、少しはTDと対話ができるようになったと思っています。
けれどいつまた、僕の手に負えない不調やトラブルが発生するか分かりません。真夏のエンストの教訓を生かし、TDには工具だけでなくスポーツドリンクも常備しています。
――高速道路を走行されていたということですが、スピードには問題ありませんか?
ありますね。車体が軽いとはいえ、馬力は54ps。しかも70年前のスペックです。踏めば80キロまで出せるのですが、70キロくらいでエンジンからすごい音が出て、とても巡航させられません。申し訳ないのですが、一番左の車線をゆっくりと走行させてもらっています。
――きっと周囲を走る皆さんも分かってくれていますよ。TDに乗っている時は、周囲からの視線も多いと思います
えぇ、常に見られていますね。でも、不快や煩わしいと思ったことはありません。小さいお子さんに笑って手を振ってもらえたときは、とても癒やされた気分になります。
コンビニで買い物をして戻ると、TDの回りに人が集まっていることもよくあります。昔、TDに乗っていたというおじいちゃんに話しかけられ、昔話をうかがうのも楽しいですね。
――クラシックカーは人を笑顔にしてくれますね。これからTDでしたいことや、予定をしていることってありますか?
先ほどアバルトでキャンプに行くといいましたが、TDでもキャンプに行ってみたいです。
――行けないのは時間や積載量の問題ですか?
いえ。実際には自宅から30分ほどのキャンプ場には行ったことがあり、ソロキャン程度の荷物は積むことができました。ただ僕の好きな山梨や長野のキャンプ場まで行く勇気がなくて。気軽に「不調になったから帰る」って、できませんからね。
まずはキャブレターをオーバーホールし、「これなら遠乗りも大丈夫」って確信が持てたら行こうと思っています。その時までには、リヤにキャリアも着けたいですね。あと今、テディの……。
――TDの聞き間違いでしょうか、今、テディって聞こえたような
いえ、テディであっています。テディはTDのニックネームです。つい、出てしまいました。TDの納車をきっかけにYouTubeでアカウントを作り、「クラシックカーと過ごす休日」をテーマにした動画の配信を始めました。
TDとは一生を共にしたいのですが、「乗ってあげることができなくなったら、大事に乗ってくれる誰かに託さなくちゃいけない」とも思っています。その日のために、動画で記録に残すのが目的です。
あと、一人でも多くの人にTDを知ってもらいたいという思いもあります。
――貴重なクルマでしす、後世に残したいという気持ちは理解できます。では最後になりますが、りょうさんとアバルト、TDとの関係は、どのようなものでしょう
アバルトとの関係は親友ですね。はじめての自分のクルマで、色々なところに連れて行ってくれただけでなく、大切な仲間との縁も結んでくれました。かけがえのない相棒です。
TDとの関係はパートナーでしょうか。まるで生き物、例えるなら馬のような存在で、その時その時の調子を聞きながら操作を行い、一緒に走って思い出を作る。可能ならば一生を寄りそって過ごしたい相手です。
憧れだったTDとの生活が始まり、やりたいこと、行きたいところが山盛りのりょうさん。苦労も楽しい蜜月は、まだまだ続きそうです。
【X(Twitter】
Ryou_MGさん
【YouTube】
MG Ryouさん
(文・糸井賢一)
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