18年の眠りから目覚めたコンディション抜群のマツダ・コスモスポーツL10B型 そのオーナーが抱く想い

「乗るというより、飛ぶ感じ」。

このクルマが発売された当時に添えられていたキャッチコピーである。マツダ・コスモスポーツは、世界初の「ロータリーエンジン」を搭載した量産車として登場。内壁に傷が発生するロータリー特有の欠陥「チャターマーク」を、高強度カーボンにアルミを浸透させてより強度を持たせた「アペックスシール」で克服、量産化を実現させた。

ボディサイズは全長×全幅×全高:4140x1595x1165mmと、車高が低く流麗なスタイリング。総排気量491cc(×2)の「10A型ロータリーエンジン」は最高出力110馬力を誇り、0-400m加速を16.3秒(後期型は15.8秒)で駆け抜けた。

今回出会ったオーナーの個体は、1968年にマイナーチェンジされた後期型となる。前期型と比べて特徴的なのはフロントグリルのデザイン。開口面積がより広くとられている。ボディカラーは純正色の赤が保たれていた。月並みな表現だが「まるで新車」のようなコンディションだ。それしか適切な表現が見当たらないほどの美しさを放っている。まさに時代を超えて“飛んで”きたのだろうか。これだけのコンディションを保つためには相当の苦労があると思い、まずは日頃のメンテナンスについて伺った。

「このクルマは1969年式のマツダ・コスモスポーツ(L10B型)、もともとは父の愛車になります。私は現在43歳です。この個体は、私が生まれる前から我が家にあり、それをレストアして乗っています。クルマ好きな父の影響を私も相当に受けているはずです。実は、RX-7(FD3Sの5型)も所有していますし、根っからのロータリー好きですよ(笑)。既に他界した父は、生前、さまざまなクルマを乗り継いでいましたが、このコスモスポーツだけは決して手放すことはなかったですね」。

「普段、この個体を保管している場所は、床がコンクリートのため、地面からの湿気がすごいんです。湿気はタイヤをつたってロアアームにダメージを与えます。そこで大きなコルクボードを3枚ほど買ってきて床に敷き詰めています。コルクはやがて湿気を吸うので、梅雨明けした時期を見計らい、約1年に一度交換をします。さらに風通しを良くするため、長期間、乗らないようなときはクルマを少しだけジャッキアップするんです。また、タイヤはひび割れ対策のため、空気圧を高めにして、路面との接地面積を少なくするんです。こんな風に工夫はしていますが、足回りがもうかなり腐食してしまっていて…。本当は大規模なレストアがしたいのですが、純正色のラッカー塗料がもう手に入らないため、決心がつきません」。

涙ぐましいまでの工夫を凝らすことでコンディション維持がなされているオーナーの愛車だが、一体どんな出会いだったのだろうか。

「父がほぼ新車の状態で手に入れた個体です。私も、なかなか乗せてもらえない特別なクルマでした。私が小学2年の頃に登録抹消し、父の知人宅のガレージで長い眠りにつくことになってしまったので、当時の記憶はそれほどありません。その18年後、父の知人が引っ越すことになり、ガレージにあったクルマを再び引き取ることになりました。毛布でグルグル巻きにされて保管されている姿に驚きましたね。内装はカビがすごくてブレーキとクラッチも固着していましたが、燃料タンクだけは満タンになっていて、まったく錆びていませんでした。父は燃料タンクを満たすメンテナンスだけ、密かに続けていたのでしょう。だから私も長期間乗らないとき、満タンにするのを忘れないようにしています」。

18年ぶり、つまり2000年にオーナー宅へ帰ってきたコスモスポーツ。ここから2年をかけてのレストアが行われた。

「まずはカビ取りと脱臭をしました(笑)。駆動系はすべてオーバーホールです。なんとか動くようになりましたが、再びブレーキの固着やエンジントラブルが頻発し、結局コンディションが落ち着くまでに2年かかりました。部品はほぼストックで賄えましたが、ブレーキマスターだけ足りなくて購入しました。当時は4万5000円だったのに9万8000円に値上がりしていてびっくりしましたね。オーバーホールしたエンジンもなかなか圧縮比が上がらなくて、アペックスシールを金属製にしています」。

コンディションが落ち着き、ようやくドライブを楽しめるようになったと思った途端、今度は個体独特の“クセ”に戸惑うオーナー。まるでコスモスポーツに試されているかのような試練が訪れた。

「乗りかたをクルマに合わせるという経験は、このコスモスポーツが初めてでした。シートの重心位置は前オーナーである父のクセが残っていますし、クラッチのミートポイントも足を少し離すだけで動き出すほど奥にしてあるので、クラッチペダルを踏んだら踵を床につけて足首で戻す感じです。一度好みのミートポイントに調整したところ、乗るたびにクラッチのつながる位置が変わってしまう症状が起きて、とても苦労しました。ギアの入り方も独特なので、丁寧な操作は絶対条件です。こうして、クルマとシンクロしてきたと思えるまでに3〜4年はかかりましたね。ちなみに別のコスモオーナーがこのクルマを運転すると、結構乗りづらいと言われます」。

こうした苦労をともない、オリジナルのコンディションをここまで維持しているオーナーに愚問だと恐縮しつつも、モディファイされている部分を聞いてみた。

「実はこのアルミホイール、コスモスポーツのオーナーズクラブが1回限りで製作した特注品です。純正ホイールのデータ取りをしてもらい、さまざまなところに手を加えてあります。耐久性を持たせるために厚くなっていますが、目の錯覚を利用して薄く見えるようにも工夫がされていますよ。そしてこのフォグランプは、当時のモノらしいのですが、メーカーは不明です。『イッシン』と書いてありますが、日本製なのかどうかもわからないんです。詳しい情報をご存じのかたがいらっしゃれば、ぜひ教えていただきたいです。それと、サンバイザーに使われているビニール素材は、今も当時のまま、オリジナルです」。

アルミホイールを純正に近い構造で製作するなど、すべての絶版車オーナーにとっては夢のようなエピソードだ。

オーナーの話を聞きながら、コスモスポーツに限らず、絶版車全体において車体コンディションの維持は最も重要だと再確認した。さらに話は、部品確保やレストアの問題に及ぶ。

「最近はホンダ・NSXのリフレッシュプランや、マツダ・ロードスター(NA型)のレストアサービスが話題ですが、日本では、やっと始まったばかりですよね。ヨーロッパ…、特にフェラーリやランボルギーニは10年以上も前から大切に乗ってくれるオーナーのために、レストアサービスを実施しています。日本のメーカーは展示車両を直すだけではなく、年月の経ったクルマを生まれ変わらせ、なおかつ利益が出る部門を早急に作るべきじゃないかと思います。正直、パーツの再生産と共にレストアサービスの体制を確立して欲しいと思いますね。いちクルマ好きの願いとしては『直して使う』方向性に改善して欲しいのです。例えば、トヨタがパブリカのレストアに着手してくれれば、裾野はかなり広がると思います。エンジンはヨタハチ(トヨタS800)と共通ですから、波及効果が生まれることでしょう。日産もスカイライン(R32型)だけではなく、ハコスカ(スカイラインKPGC10型)をはじめとした他のスカイラインも対象にして欲しいです。そういうところから“とっつきやすさ”は生まれるのではないでしょうか」。

「現代は電化製品さえ直さずに捨ててしまいます。昔の取扱説明書には『分解の方法』が書いてあったくらいなのに。クルマも然りで、蓋を開けるにも蓋専用の工具が必要だし。安全性といった理由はあるにせよ『一度自分で分解したら保証対象外に』はおかしいですよね。自己責任で直せる人向けに、部品だけを提供するというサービスがあっても良いかな…とは思いますね」。

「大人の事情」は多々あると知ったうえで感じるのは、業界はもっと「直して使う」ことに注力しても良いということだった。今こそフォーカスすべきは「長く使い続けてくれる人が増えること」ではないだろうか。そんなクルマたちが1車種でも増えればという思い。今回、コスモスポーツとそのオーナーに出会い、強く感じたことだった。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]