愛車は兄から引き継いだ実質ワンオーナー車、スズキ・フロンテクーペ GXCF(LC10W型)
「ワンオーナー」。クルマが好きで、なおかつ所有した経験がある人であれば、このキーワードからどのようなイメージを連想するだろうか?
工業製品として生み出された1台のクルマを、最初のオーナーがどう扱うかによって、コンディションが大きく異なってくることは言うまでもない。納車から1ヶ月も経てば、ある程度は個体差が出てくるだろう。さらに1年経てばなおさらだ。中古車市場において、ワンオーナー車は高く評価されることが多く、人気車種や希少車であれば、その傾向はより顕著となる。それだけ、クルマの価値を見極める上で重要なポイントなのだろう。
今回は、45年もの間、兄が新車で購入したクルマを引き継ぎ、現在も自らの愛車として大切に所有しているオーナーを紹介したいと思う。まさに「ワンオーナー車」として大切に所有している奇跡のような個体だ。
「このクルマは、1973年式スズキ・フロンテ クーペ GXCFです。当時、クルマ好きの兄が新車で手に入れまして、5年ほど乗った後に私が引き継ぎ、現在も所有しています。兄弟間で名義変更していますが、実質ワンオーナー車と言っていいと思います」。
スズキ・フロンテクーペ(以下、フロンテクーペ)は、1970年にフルモデルチェンジを果たしたフロンテの1年後、1971年に発表されたモデルだ。日本のクルマ好きにもお馴染みの存在であるジョルジェット・ジウジアーロが、このクルマのデザインに関わったようだ。発売当時のキャッチコピーが「ふたりだけのクーペ」だったことからも分かるように、当初、フロンテクーペは2シーターのみであったが、後にリアシートが備わる4人乗りの2+2モデルが追加され、人気を博した。
ボディサイズは全長×全幅×全高:2995x1295x1190mm。排気量356cc、CV3連キャブレターを搭載した「LC10W」と呼ばれる2ストローク3気筒エンジンの最大出力は37馬力、最高速度は120km/hを誇る。駆動方式であるRR(リアエンジン・リアドライブ)ならではの走りと、室内は1万回転まで目盛られたタコメーターをはじめとする6連メーターが備わるなど、スポーティさとスペシャリティークーペとしての華やかさも兼ね備えた存在であった。
オーナーが所有する個体は、1972年に追加され人気を博した2+2モデルであり、その中でもフロントディスクブレーキや、熱線入りリアガラスなどを装備する最上級モデル「GXCF」だ。そんな、貴重なクルマを所有するオーナーのこれまでの愛車遍歴を伺ってみた。
「初めて手に入れたクルマは、マツダ・ルーチェ(初代)でした。その後、マツダ・カペラロータリークーペやコスモなどを乗り継ぎ、フォード・コルティナを所有した時期もあります。トヨタ・クラウン ロイヤルサルーン(6人乗り・ベンチシート仕様のセダン)を所有していたこともありましたね。その後は、メルセデス・ベンツEクラス セダンを2台乗り継ぎました。現在は、フロンテクーペの他に、Eクラス セダン(W211)とマツダ・サバンナRX-7(FC3S)、スズキ・セルボ(初代)を所有しています」。
実質ワンオーナー車として、フロンテクーペは45年間もずっと現役で走ってきたのであろうか?
「いえいえ、兄弟でトータル10年間乗った後、車検が切れてから22年間は物置で保管していました。乗らなくなってから10年間は、1年に1度エンジンを掛けていました。しかし、あるときエンジンが掛からなくなってしまい、そのままにしていました。その後、子どもに手が掛からなくなったのを機に修復することにして、現在に至ります。長年付き合いのある工場にメンテナンスをお願いしていますが、熱がこもりやすいエンジンルームの対策品として導風板を自作するなど、すべてをプロ任せにせず、自分なりに工夫しているつもりです」。
物置で保管とはいえ、22年という歳月は、クルマにどのようなダメージを与えたのだろうか?
「ブレーキオイルはゼリー状になっていましたし、キャブレターやラジエーターも経年劣化による傷みがありました。意外に思われるかもしれませんが、ボディの錆はそれほどでもなかったですし、窓枠のゴムも当時のままというほど状態が良かったんです。しかし、修復を終えてからすぐに完調になったわけではなく、コンディションが落ち着くまで、さらに5年くらい掛かりました。バイクのレースメカニックだった方がキャブセッティングをしてくれたお陰か、今ではエンジンも絶好調ですし、高速道路では100km/h巡航も可能です。ただ、排ガス対策のため、汎用品のメタル触媒を取り付けており、そのため高回転までエンジンを回してもこのクルマ本来のパワーを味わうことができません。仮に取り外したら7000回転くらいまでは優に回ると思います」。
このフロンテクーペ、乗りやすさや使い勝手はどうなのだろうか?
「これがね、乗りにくいんですよ。エンジンを3000回転前後にキープしてクラッチを繋いで発進させる必要があるんです。2000回転だとスムーズに動いてくれないんですね。現在、私は66歳です。クーラーも装備されていないフロンテクーペに夏場は乗ろうとは思いません(笑)。普段乗るのは、このフロンテクーペを物置にしまった時点で手に入れたスズキ・セルボですね。こちらはクーラーもありますし、快適ですから。何しろ古いクルマなので、エンジン音が大きく、特に早朝はご近所に迷惑を掛けてしまいます。そこで車庫での暖機運転を避けて、ゆっくり走りながらクルマを暖めるようにしています」。
では、フロンテクーペで気に入っているポイントはどのあたりなのだろうか?
「このデザインに尽きますね。あとは、2ストロークエンジン特有の音です」。
最後に、このクルマと今後どう接していきたいかオーナーに伺ってみた。
「古いクルマですから、部品の欠品が多いんです。普段からクルマをぶつけないように心掛けています。汎用品を流用したり、既に欠品しているカーボン製のフロントフードなどは、友人や知人に頼んで作ってもらっています。あとは、自作して対応することも多いですね。ステアリングのバックスキンも自分で張り替えましたし、フロントバンパーのモールは、カー用品店で売られている汎用品を加工しました。フェンダーミラーも独自に加工して角度をつけたり、フロアマットを固定できるフックも自作しました。実は、ヘッドライトのカバーやこのエンブレムも自作したレプリカなんです(本物のエンブレムはドアのサイドシルに貼り付けてあるという)。素人なりに…ではありますが、できる限り自分で手を加えてきましたし、これからもそうしていきたいです。そして、自分で運転できるうちは乗っていたいですね」。
フロンテクーペが現役のクルマとして街中を走っていたのは、今からほぼ半世紀も前のことだ。多くの個体は複数のオーナーが乗り継いだり、廃車になっているものもある。オーナーの個体のような「実質ワンオーナー車のフロンテクーペ」はほぼ皆無といっていいのではないだろうか。
フロンテクーペが20年以上の眠りから覚めたとき、日本の路上を走るクルマは様変わりし、さぞかし驚いたことだろう。しかし、オーナーは当時と変わらず愛情を注いで、フロンテクーペと接しているはずだ。単なる偶然か、それとも運命だったのか。クルマ好きの兄弟のところに嫁いできたこのフロンテクーペは、これからもオーナーとともに幸せな人生を歩んでいくのだろう。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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