幸運とは、チャンスに対して準備ができている人に訪れる。少年時代の夢を叶えた愛車、ポルシェ928GTS

幼少期の原体験が、その後の人生を決定づけてしまうことがある。

今から40年ほど前、日本中の少年たちを熱狂させたスーパーカーブームは、その最たる例だろう。当時の子どもたちも、いつの間にか大人になり、日本経済を支える存在になった。実際にスーパーカーのオーナーとなった人もいるはずだが、どれほどの人が当時の夢を叶えることができたのだろうか…。

今回は、10歳のときの原体験を忘れることなく胸に秘め、50代の節目のタイミングで、ついに夢にまで見たクルマを手に入れたオーナーをご紹介したい。

「このクルマは、1995年式ポルシェ928GTSです。現在のオドメーターの距離は6.7万キロです。購入時は6.6万キロでしたから、手に入れてから2ヶ月で1000キロ近く走ってしまいました。私は現在、51歳になりますが、10歳のときに見たシルバーのポルシェ928と同じ色の個体が愛車です。あのときの衝撃は今でも忘れられませんし、この個体を初めて見たとき、久しぶりに当時の感覚が甦ってくるほどの衝撃がありましたね」。

ポルシェ928は、当時、ポルシェ社の社長であったエルンスト・フールマン氏の主導により、同社にとって象徴ともいえる911の代わりになるモデルとして1977年にデビューを果たした。ポルシェ928は、発売当時よりAT車が用意されるなど、同社のラインナップにおいて高級なグランドツーリングカーとして位置付けられ、車輌本体価格も911より高額であった。

オーナーが所有するポルシェ928GTSは、1992年にデビューしたポルシェ928シリーズにおける最終進化版にあたる。ボディサイズは全長×全幅×全高:4520x1900x1280mm。排気量5397cc、V型8気筒DOHCエンジンが搭載され、最高出力は350馬力を誇る。なお、デビュー当時は、排気量4470cc、最高出力240馬力だったことを考えると、エンジンはより大型化され、パワーアップしていることが分かる。デビュー以来、何度かのモデルチェンジを重ねたポルシェ928シリーズだが、惜しまれつつ1995年に生産終了となった。つまり、オーナーが所有する個体は、928シリーズのラストイヤーに造られ、日本に持ち込まれた貴重な1台なのである。

オーナーは、少年時代にポルシェ928と強烈な出会いを果たしたようだが、そのときの記憶を振り返ってもらった。

「あれは10歳の頃、小学校4年生のときです。世はまさにスーパーカーブーム真っ只中。当時の子どもたちと同様に、私もスーパーカーに熱中していました。もちろんスーパーカーショーにも行きましたし、ソノシートも持っていましたよ。スーパーカークイズが得意だったので、エンジン音で車種を当てることもすぐにできました(笑)。そんなときに出会ったのが、ポルシェ928でした。ポルシェ928のデザインに衝撃を受けた瞬間、他のクルマに対する興味がなくなってしまいました。このときから『ポルシェ928貯金』を始めたんです。そして、何の根拠もなく『俺は将来、ポルシェ928を買う!』と確信していました。『買いたい!』ではなく、『買う!』だったんです(笑)。ただ、『ポルシェ928貯金』は、途中で当時大人気だった『ブラックカウンタックのラジコン』に化けてしまいましたが…」。

ここまではよくある話かもしれない。だが、オーナーは違った。大人になっても、本気でポルシェ928を手に入れたいという思いが途切れなかったのだ。

「ポルシェ928が欲しいと決めたときから『どうやったらオーナーになれるんだろう?』という思いが今の仕事に繋がっています。若いときは、休日出勤はもちろんのこと、徹夜も当たり前で、寝る時間もままならないほど。多くの人が体調を崩す過酷な仕事でした。そんなとき、唯一の心の支えが『俺は将来、ポルシェ928を買う!』という、強い思いだった気がします」。

こうして、がむしゃらに働いたオーナーに、ポルシェ928を手に入れるチャンスが訪れた。

「ある日、現在の愛車となったこの個体が売りに出ているのを見つけたんです。売りに出しているショップは大阪にあり、私の住まいがある東京からはすぐに観に行けない場所にありました。しかし、居ても立ってもいられず、クルマを飛ばして大阪まで現車を観に行くことにしたんです。7時間くらい掛かったでしょうか…。ようやく、大阪のショップに到着して現在の愛車が飾られている光景を目した瞬間、10歳のときに初めてポルシェ928を観たときの衝撃が甦ってきたんです。そして、『どれほど手が掛かろうとも、このクルマを買おう』と決めました。ショップの方がていねいに説明してくれたのですが、内心は『もういいから、一刻も早く契約させて!』という思いでしたね(苦笑)」。

「結果として、まさか928の最終モデルにあたるGTS、それもラストイヤーの個体が手に入るとは思いませんでした。一説によると、この年に正規輸入されたポルシェ928GTSは10台にも満たないそうです。ポルシェ928GTSは、これまでのモデルと比較してもリアフェンダーがさらにグラマラスになっているんです。さらに、正規輸入されたモデルは、法規の関係なのか、ホイールを収めるためにフロントフェンダーがよりワイドになっていて、すごく格好良いんですよ!!さらに、私好みの純正オプションのアルミホイールが装着されている個体だったので驚きました。ボディカラーも、私が初めて観た928と同じシルバーでしたし…」。

まるで、この個体がオーナーのところをめがけて嫁いで来たような印象を受けるが、それは思い過ごしではないかもしれない。

「常にコンディションの良い928を探していましたから、この個体を手に入れることができたのは幸運だったと思います。後で分かったことですが、前オーナーがポルシェ928のコレクターだったらしく、他にも数台の928をお持ちだったようです。どうやら、主治医から『あまり乗らないなら、程度の良い928を探している人に譲ったら?』のひと言で手放した個体を私が見初めたようです。確かに抜群のコンディションを誇る個体でしたが、何しろ20数年前のクルマです。私が購入したのを機に、きっちりと納車前整備を行ってもらいました。かつて、私はギタリストとしてミュージシャンをしていたことがあり、今では貴重なヴィンテージギターも保有しています。しかし、クルマもギターも使ってナンボです。その代わり、きちんとメンテナンスをして、常にベストなコンディションを保つための努力は惜しみません。でも、納車されるまでの1ヶ月間は待ち遠しくもあり、とても苦しかったですね。やはり、納車前整備の様子を観たいですから。そんな私の気持ちをショップの方が察してくれて、納車前整備の模様を撮影して送ってくれたんです(笑)」。

最後に、このクルマと今後どう接していきたいかオーナーに伺ってみた。

「ポルシェといえば911のイメージがあるかもしれませんが、私にとっては928なんです。それは今までも変わらなかったし、この先も同様です。仕事で辛いことがあったとき、このクルマを眺めたり、運転席に腰を下ろして心を静めます。それだけで心が洗われますし、生産されてから20数年経ったこのクルマが、素晴らしいパフォーマンスを発揮してくれることに思いを馳せ、自分も頑張ろうと気持ちを切り替えています。これからも、私がこのクルマに相応しいオーナーであるかどうか、常に自問自答して、自分を高めていきつつ、生涯大切に乗りたいです。そして、いつか私がポルシェ928を降りることになったとき、私と同じか、それ以上に大切に乗ってくれる方に引き継ぎたいと思います。私は、そのときまでの『一時預かり人』だという気持ちです」。

この取材を重ねていくうちにオーナーさんから発せられる言葉がいくつかある。「一時預かり人」もそのひとつだ。今、所有している愛車が、自分がこの世を去った後でも存在していて欲しいと本気で願っているのだ。一方、クルマの方も、そんなオーナーを選んで嫁いできているとしか思えないような不思議な出会いがあることに驚くこともしばしばだ。

「所詮、1台のクルマだ。そんなことあるわけないだろう」と一笑する人もいるだろう。だが、多くの取材を通じて気づいたことがある。「どんなことがあっても手に入れたいという本気度と、それに相応しいクルマが嫁いでくる確率は比例する」という事実だ。今回のオーナーも、まさにそんな1人だ。

年齢や性別に関係なく、寝ても覚めても本気で欲しいクルマがあるとしたら…。どんな方法でもいい。行動に移すことで確実にチャンスは訪れる。あとは、その機会を逃すことなく、掴めるかどうかに掛かっている。幸運とは、チャンスに対して準備ができている人に訪れるのだから。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]