1~2人乗り「超小型自動車」はクルマ社会をどう変える-自転車以上、自動車未満のパーソナルモビリティ
一般的な乗用車やミニバンの乗車定員は、4~8人が一般的だ。しかし、常に乗車定員いっぱいの人が乗っているわけではなく、日本国内の自家用乗用車の平均乗用車人数は、平日で1.3人だと言われている。
用途も通勤・通学や送迎、買い物など、短距離の場合がほとんどだろう。これは、広大な室内空間や長距離移動にも対応する走行性能を持てあましながらクルマを走らせていることを意味する。
そこで今、注目を集めているのが1~2人乗りのコンパクトなクルマ、「パーソナルモビリティ」だ。モーターショーなどに出展されたトヨタ・i-ROADやホンダ・MC-βが、このカテゴリに当てはまる。しかし、パーソナルモビリティは、ただの「小さい乗用車」ではない。クルマの使い方やライフスタイルを変えてくれる可能性を持つ“新しい乗り物”なのだ。
今回は、パーソナルモビリティの可能性を紐解くため、世界各地のパーソナルモビリティ事情に詳しい自動車ジャーナリストの森口将之さんを訪ねた。
パーソナルモビリティは「自転車以上、自動車未満」
「パーソナルモビリティ」と聞いても、おそらくまだピンとこない人が多いだろう。森口さんは「一言で言えば自転車以上、乗用車未満の乗り物ですね」と話す。
「1~2名乗車のコンパクトなクルマで、近場をサッと移動するのに適したものがパーソナルモビリティだと考えてもらえればいいでしょう。また、その多くが電気モーターで走るEV(電気自動車)であることも特徴です。近距離の移動に特化したパーソナルモビリティは、EVの弱点である航続距離の短さがネックになりません」
なお、広い意味では「セグウェイ」のような立ち乗り二輪車や「シニアカー」と言われる高齢者向け電動車いすもパーソナルモビリティに含まれるが、今回はクルマに近いものに焦点を当てる。
フランスに見る、パーソナルモビリティの使われ方
森口さんによると、今もっともパーソナルモビリティが普及しているのは、フランスだと言う。それもパリのような都市部ではなく、地方なのだそうだ。
合理的な国民性から、「近距離なら高性能車は必要ない」と考えられている部分もあるのだろうが、フランスでパーソナルモビリティが普及したのには免許制度にも関係していて、大きく2つのユーザー層が存在していると言う。
「ひとつは若い人です。フランスでは、14歳になると最高速度45km/h以下の2輪または3輪自動車に乗れる運転免許が取得でき、通学などにコンパクトなクルマを使っています。もうひとつの層は、シニアの人たちです。二輪車は体力的に乗れないけれど、大きなクルマは不要だという人たちが乗っています」
都市部よりも地方で使われる理由は、公共交通機関の少なさだ。超小型車と聞くと、都市部に向けたクルマだと思われるかもしれないが、実際には公共交通機関が少ない地方でこそ利便性を発揮する。
高齢者の「足」としての可能性
では、日本でパーソナルモビリティを活用するとしたら、どんな使われ方が考えられるだろうか。
「いくつか可能性が考えられ、そのうち試験的に運用が始まっているモデルケースもあります。まずは、フランスの事例と同じような、地方での足としての使われ方。地方の人口が減れば、バスや鉄道などの公共交通機関も減便や廃線が余儀なくされます。すると、高齢者は運転をやめたくてもやめられない状況になってくる。ここにパーソナルモビリティの可能性があると言えますね。高齢者向けの移動手段の整備は、福祉のひとつと言えます」
「最高速度を抑えた小型車を運転できる免許制度を作ることも必要でしょう」と森口さん。小さなクルマを安全に走らせるための交通ルール整備も必要だ。
都市部では駐車場や渋滞といった「都市環境」の改善に
では、都市部でパーソナルモビリティを使うメリットはあるのだろうか。
「都市部でパーソナルモビリティが普及するとしたら、環境意識の高い人がまず注目するでしょう。パーソナルモビリティの主流はEVですから、走行中は排ガスを出しません。また、都市環境の改善にも大いに役立つと考えられます」
コンパクトで省スペースなパーソナルモビリティは、渋滞緩和に役立つ。また、小さな駐車スペースで済むため、駐車場により多くの人がクルマを止められるようにもなるのだ。
「問題は、駐車場の整備でしょうね。今の日本の都市部では、パーソナルモビリティを効率よく置ける駐車場がありません。一般的な4輪車用の駐車場に止めるのでは、省スペースのメリットが生かせませんからね」
森口さんは、パーソナルモビリティは個人所有ではなく、カーシェアリングとして専用の駐車場を一体で整備されていくのではないかと予測する。日本には、軽自動車という安くてコンパクトで実用性の高いクルマがすでに存在しているからだ。
「エアコンもない1~2人乗りのパーソナルモビリティが選ばれるようになるには、費用面でアドバンテージがなくてはなりません。トヨタ車体が生産しているパーソナルモビリティ『COMS』の価格は70~80万円ですが、軽自動車には4人乗りエアコンつきで80万円を下回るモデルもあります。“所有する”と考えると、軽自動車の安さが光るのです」
COMSよりも凝った作りのi-ROADは、さらに高価となるはず。すると、費用面でパーソナルモビリティを選ぶメリットは少ない。これが、パーソナルモビリティがカーシェアリングとして普及するだろうと考えられる一因だ。
実際にトヨタは今、COMSやi-ROADを使ったカーシェアリングサービス「Ha:mo(ハーモ)」の実証を、東京、愛知、沖縄、グルノーブル(フランス)で展開している。
沖縄ではすでに実用化されている「観光」ニーズ
さらに森口さんは、第3の活用方法を教えてくれた。それが「観光地」での使い方だ。一見したところイメージしづらい組み合わせだが、実は相性がいいと言う。
「狭い路地が多い街や住宅が密集しているエリアに、エンジンのついた大きなクルマがたくさん入ってくるのは環境保護に逆行するわけですし、地域の方の迷惑にもなります。小さなEVであればその問題は解消されますし、観光する側にとっても、クルマでは行かれないけれど歩くには距離がありすぎるような場所に行けるなど、観光の幅を広げてくれる乗り物になるのです」
実際に沖縄では、パーソナルモビリティを観光客に貸し出して、普通のクルマでは行けないようなスポットを巡る使い方を実験している。利用者の満足度も高いそうだ。
「未来のクルマ」と言うと、自動運転や無人運転に注目が集まりがちだが、すべてが自動運転になるわけではない。特に高齢化社会が進む地方では、パーソナルモビリティが自動運転とは別の“切り札”となる可能性は十分にありそうだ。
(工藤貴宏+ノオト)
<取材協力>
モビリティジャーナリスト&自動車ジャーナリスト
株式会社モビリシティ代表 森口将之
1962年東京都出身。早稲田大学教育学部を卒業後、出版社編集部を経て、1993年にフリーランス・ジャーナリストとして独立。2011年に株式会社モビリシティを設立。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本デザイン機構理事。日本自動車ジャーナリスト協会、日仏メディア交流協会各会員。
[ガズー編集部]
関連リンク
クルマの進化の方向性-自動車が抱える課題と、その解決策とは
自動運転でどう変わる ― 2030年のクルマ未来予想図
クルマがネットにつながると何が変わるのか-IoTが自動車の未来にもたらすもの
「シェア」という選択肢-カーシェアリングで変わるクルマの持ち方・使い方-
自動運転の「今」と「未来」-乗り物から暮らしのパートナーへ
1~2人乗り「超小型自動車」はクルマ社会をどう変える-自転車以上、自動車未満のパーソナルモビリティ
電気に水素…これからの自動車は何で走るのか-世界のクルマのエネルギー事情
ぶつかっても怪我をしないクルマ-「クモの糸」で紡ぐ自動車の新たな世界
無人運転は私たちに何をもたらしてくれるのか-DeNAが進めるロボットタクシー
水素にまつわる2つの誤解―水素エネルギーの可能性
チョイモビ ヨコハマ終了から1年-実証実験で得た手応えと課題
道路インフラの将来-東京オリンピック・パラリンピックから100年後の未来まで
超小型車をシェアする新しいクルマの使い方―トヨタの次世代交通システムHa:mo
未来のクルマに運転席はあるのか-マツダが考える自動運転時代のインターフェイス
いつか高級素材からの脱却を-“素材のハイブリッド化”で進むカーボンファイバーの普及
アイサイトの進化と「スバルらしさ」は両立するのか-運転支援システムで目指す交通事故ゼロの未来
3次元データ、誤差は10cm以内-自動運転時代に求められる道路地図とは
電動化でクルマからエンジンは消滅?-新技術HCCIとは
日本政府が考える自動運転社会-内閣官房の「官民ITS構想・ロードマップ」
クルマの次世代エネルギー-経済産業省に聞く電気と水素のポテンシャル
クルマは人を傷つけない道具になれるのか-自動車アセスメントと自動運転
車を「インターネットセキュリティ」で選ぶ未来が来る!?-コネクテッドカーとセキュリティリスク
日本から渋滞が消える日は来るのか-東京五輪、IoT、自動運転…その時VICSは
自動車一台にソースコード1000万行! クルマとプログラミングの歴史
自動運転時代の音声認識―クルマがコンシェルジュになる日