スーパー耐久第4戦 液体水素エンジンで2戦目、1戦目からの改善とその効果

  • 32号車ORC ROOKIE GR Corolla H2 concept

    車両後方から水蒸気を排出している

水素カローラは、2021年5月の富士24時間レースに32号車ORC ROOKIE GR Corolla H2 conceptとしてデビューした。水素エンジンでレースへの挑戦は全く未知の世界であり、デビュー戦は水素エンジンの耐久テストをやっと完了させ間に合わせた状態だった。そしてその時こそ、水素カローラが、カーボンニュートラルとサステナブルで豊かなモビリティ社会の実現を目指し、水素という特性をどのように扱うのかを知るためのチャレンジが開始された時でもあった。

しかしデビューした頃の車重は2トンを超え、気体水素の充填時間は約5分もかかっていた。ところが、わずか約1年半で水素特性を習得、使うためのノウハウも沢山獲得し、車重は1700kg、充填時間は1分半まで短縮させ、エンジン出力は20%、トルクは30%以上、そして耐久性も向上させた。また、気体水素エンジンの挑戦中にレースを一度もリタイアしていないのは特筆する点だろう。

燃料である気体水素は、小規模な利用で使用されるケースが多く、FCEVのMIRAIも高圧タンクに詰め込んだ高圧の気体水素を利用している。水素カローラも、デビュー戦から2022年11月の最終戦まで、気体水素を使用してきた。
しかし、水素カローラのリアに高圧タンクを4本積載しても、1回の給水素での走行可能距離が少ないため、レース中に何回もピットインが必要となる。また、高圧ガスを運搬するトラック、充填する設備も大がかりとなるため、ピット前での給水素も不可能だった。一方、2023年から使用している体積容量が圧倒的に少ない-253℃の液体水素であれば、走行可能距離を延ばせ、ピット前での給水素も可能となる。この液体水素、ロケットの燃料など大量に水素が必要な場合に利用されていることが多い。また、川崎重工業が世界初の液化水素運搬船を就航させたので、海外から液体水素の運搬が可能となった。

そして2023年3月の第1戦に満を持して登場する予定であった液体水素エンジンは、直前のテスト時に水素漏れによる車両火災が発生し、第1戦は出走することができなかった。そのため液体水素エンジンのデビューは、気体水素と同じ富士24時間レースとなった。デビュー戦はみごとに完走したが、レース前より燃料ポンプの耐久性に課題があることがわかっており、3~4時間の作業時間を必要とする燃料ポンプ交換を2回実施する必要があった。そのため、ピットに止まっている時間が長かったのも事実である。

しかし、スーパー耐久では毎月のようにレースがあるため、レースとレースの短い間に改善を行い、毎回レースに臨むことができる。富士24時レースからの、1か月後の第3戦SUGOは水素エンジンの改善に集中するため、欠場となったが、富士24時間レースから2か月後の第4戦大分オートポリスには、改善を織り込んだ進化した液体水素カローラがエントリーした。

GRカンパニープレジデントの高橋智也氏は、今回の進化について「水素社会に向けて皆で水素に取り組んでいくんだというトーンが、我々トヨタガズーレーシングだけでなくてトヨタオールの活動にもなってきている。地域の方々、そして色々な仲間づくりも進んできたなかでの進化であることを多くの皆さまにご理解頂きたい」と語った。それでは今回の進化、改善ポイントについてお伝えしよう。

 

液体水素エンジンの出力の源

言うまでもなく、燃料ポンプの役割は、燃料タンクの燃料を高圧でエンジンのインジェクターまで送る役割だ。市販化されている直噴ガソリンエンジンと同じであるが、ガソリンタンク内は常温であるのに対して、液体水素は-253℃である。ポンプにとっては厳しい環境下におかれている。通常の燃料ポンプでは、ポンプのギア駆動部には潤滑油を使用できるが、液体水素では、潤滑油を利用すると水素に混ざってしまうため潤滑油を使用することができない。そのため耐久性に課題がありデビュー戦ではレース中に燃料ポンプを2度交換する必要があった。

今回は、耐久性向上のためにポンプの負荷を減らした。具体的には、ギアとベアリングの間にダンパーを設けて負荷を軽減させている。その効果は、耐久性を30%向上させ、燃料ポンプの実力は2か月前の富士24時間レースでは約10時間だったが(レースでは安全マージンを考慮して6時間で交換)、今回は13時間になった。レースでの安全マージンを考慮しても、約7時間50分無交換となるはずだ。その結果、今回はテスト走行、5時間となる耐久レース含めて無交換でレースを終わらた。一方、24時間耐久となると、数値的には、燃料ポンプは2回交換が必要になる。GRカンパニーの横田室長も話していたが、何万kmもの耐久性が必要な市販化を考慮すると、まだまだ大幅な改善は必要である。以前の会見で、既に大学と研究を開始していると説明していた超伝導モーターを利用した燃料ポンプが待ち遠しい。
 

ポンプ負荷低減による効果

車両重量を軽くすることは、レースではもちろん市販車両にとっても重要だ。レースでは加減速、トップスピード、コーナリングスピード、タイヤ摩耗、ドライバビリティなど様々な面に影響する。市販車両でも同じで、車両特性や燃費に影響する。デビュー戦での液体水素カローラの車両重量は約1950kg、ベースとなる市販のGRカローラは1470kgなので、レース車両の方が市販車両より重い状況となっている。
今回、ポンプの負荷を低減したため、ポンプを駆動させる電流量を減らし、ポンプ駆動モーターのバッテリーの容量を下げることが可能となり、バッテリーの軽量化が実現できた。その結果、車両全体で40kg軽減し、1910kgとなった。なお液体水素カローラの車重のについては、気体水素の時の1700kg台が当面の目標だそうだ。
  • スーパー耐久第4戦オートポリス ピット内の32号車ORC ROOKIE GR Corolla H2 concept

    32号車ORC ROOKIE GR Corolla H2 concept

またポンプの負荷低減を実現したことにより、水素燃料を水素専用インジェクターに送る圧力を上げることができたので、燃料の噴射、点火時期をより高出力にする制御に変更している。出力は、今年第1戦で参戦したGRヤリスのガソリンエンジン並みの出力が目標だそうだ。
レースでタイヤ交換、給油などは、短時間で簡単に確実に行えるように練習をすることが大事だ。しかし液体水素のように今まで誰もレースで使用したことの無い燃料を取り扱う場合、練習だけでなく、最善のオペ―レーションを検討することが重要となる。今回のレースでは、充填時間の短縮、給水素オペレーションの一部自動化、給水素用のパーツの軽量化の進化があった。
給水素時間の短縮は、充填側のシャットバルブを大流量化することにより給水素時間を100秒から約60秒に短縮している。なおシャットバルブは液体水素充填時に、車両側と充填ジョイント側にある空気を排除するための役割を担っている部品だ。

液体水素充填オペレーションは、14工程のうち9行程を自動化した。その結果メカニックの作業はリヤゲートを開け、ジョイントを接続し、気密確認SWを押す、取り外し許可ランプを確認し、バルブを締めて、取り外す作業だけとなった。つまり、ジョイントを接続してから、液体水素を充填する最中の様々なバルブの開閉、満タン検知などは自動化されたのだ。

軽量化により、レースでの給水素作業時の負担を約4kgから約1kgにした。また将来の市販化にむけて、水素に触れない部品を鉄からアルミへの変更など行い、充填ジョイントを8.4kgから6.0kg、リターンジョイントを16.0kgから12.5kgに軽量化している。

液体水素カローラはまだまだ進化する

  • 32号車ORC ROOKIE GR Corolla H2 concept

    32号車ORC ROOKIE GR Corolla H2 concept

今回はゴールまで残り約1時間で、水素燃料とは直接関係ない原因(エンジンオイル漏れ)でリタイアとなった。しかし、1回の給水素で目標17ラップのところを19ラップ走行するなど、進化した32号車ORC ROOKIE GR Corolla H2 conceptを見ることができた。また、コースサイドで撮影していると、気のせいかもしれないが、エンジン又は排気音が、従来よりかなり低音で迫力ある音だった。まだ車体が見えないコーナの向こうから水素カローラが近づいてくるのが判別できるほどである。予選のベストラップを昨年のレースと比較してみても、車両重量は昨年よりかなり重いものの遜色ないタイムのため、ポテンシャルはかなり高まっていると思われる。今回取得できたデータ、経験をもとにして、次のレースでは更なる改善、そして進化を見せてくれるだろう。

(GAZOO編集部 岡本)
MORIZO on the Road