「クルマ好きを笑顔に」。スーパー耐久で自動車メーカーがタッグを組む『共挑』の価値と可能性
しかし最近では、「水素のクルマが走っているレース」「カーボンニュートラルの実験が行われているレース」という認識も広まってきていることをサーキット内外で感じることが増えた。
2021年にメーカーの開発車両が参戦できるST-Qクラスがスーパー耐久に新設され、トヨタ、マツダ、スバル、さらには日産、ホンダという、日本を代表する自動車メーカーが参戦している。そこではモータースポーツを起点としたアジャイルな技術開発が進められ、レーススケジュールにあわせた短いスパンとサーキットという極限の環境の中で、量産車開発の技術のみならず人材が育成されていることに、各メーカーが強い実感を抱いている。
こうして同じ場所に定期的に集まるメーカーの担当者間では、レースという共通の話題についてコミュニケーションを取る機会が増えていったという。
さらにST-Qクラスという純粋にレースの勝ち負けを競うわけではないクラスに集うことで、自動車メーカーが立ち向かうべき共通の課題について、共に挑んでいく意識が高まってくるのは自然の流れだったのかもしれない。
ほどなくして、「S耐ワイガヤクラブ」という特にテーマを決めずとも、自動車業界の課題解決に向けて自由に意見交換をする場が持たれることとなった。そしてその共通の想いに掲げられたテーマが「共挑」だ。
2023年の最終戦富士スピードウェイでは、GAZOO.comも協力し「共挑ピットツアー」を開催、限られた人数ではあったもののサーキットの来場者に各メーカーが直接想いを届けることができた。そして「共挑」の想いはメーカー間にとどまらず、レースファンやクルマ好きにもじわりじわりと広がっている。
そして2024年シーズンの第2戦として行われた富士24時間レースの決勝レーススタート日、この「共挑」の活動に対して、実際に各メーカーがどのように考え、それぞれ活動をしているのか、5社の担当者が一堂に介した会見が行われた。その内容を踏まえ、改めて「共挑」の想いを考察していきたい。
「共挑」の活動は「クルマ好きの方々を笑顔にする、取り残さない」
言葉だけを捉えるとシンプルに聞こえるが、ここにはいいクルマをつくるための技術や人を育み、実際にいいクルマを届ける。さらには環境や時世を取り入れ、時に抗い、新しい価値を作り出していくことや、サスティナビリティであるがための環境負荷の低減やさまざまな理解を得るための活動が必要となってくるだろう。
そもそも、趣味趣向の違うクルマ好きの多くを笑顔にするクルマやレースをどう実現するのか、まるで雲をつかむような難題に対して挑戦しているようにも感じる。
そこで、各社が具体的にどのようなことを目指してST-Qクラスに参戦し、「共挑」に取り組んでいるのか、各メーカーの出席者から語られた内容を要約してご紹介していこう。
ホンダ・レーシング「『走る実験室』として、安心安全で楽しいクルマとは何かを検証」
1964年にF1に参戦してから60年の間、我々はレースという場を「走る実験室」としてやってきています。このスーパー耐久でも、その実験室というのをしっかり心に置いています。もちろん技術的なスタディというのはどんどん続ける中で、プロだけでなく一般の方に近いメディアの方や女性ドライバーにも乗っていただき、この過酷なレースの中で、本当にどんなクルマが皆さんにとって安全で安心して、 かつ楽しんで乗れるのかみたいなことをしっかり検証できるようにして、次のレース、今後の我々のクルマの開発に生かしていきたい、という風に考えております」
NMC「Nissan Z NISMO GT4は、レースに参戦しながらアジャイルに開発できた」
それからもう一つ、カーボンニュートラル燃料はSUPER GTのGT500クラスでも使い始めていますが、いずれは趣味でラリーやスピード競技を楽しむ人たちも使っていく必要があるだろうということで、その勉強と燃料自体の改良に取り組んでいます」
SUBARU「社内の“変態”を発掘するのに効果があった」
このST-Qクラスでは、クルマを鍛えたり人材育成はもちろん、会社の中で爪を隠しちゃってる、いろいろな特技を持っている “変態”を発掘する意味でもすごく効果があったと思います。
BRZの次は、スバルとしてはターボエンジンをいかに残していけるかということにチャレンジしたいと思います。次戦のオートポリスから、水平対向、ターボ、それから4駆のインプレッサを鍛えて、それを将来につなげていく活動にしていきたいです」
マツダ「エンジニアと若手ドライバー、2つの人材育成を行う」
参戦の目的の一つは、人を育てて技術を鍛えること。レースでの技術開発は、量産の開発の中ではできないスキームなんです。さらに、毎戦トップエンジニアを20人~30人連れてきていますが、彼らの目が大きく変わってきました。瞬間的にいろんなことを判断しないといけないし、いろんな引き出しを持っていないとあらゆる状況に対処できないという緊張感の中過ごす経験は大きいと思います。
そしてもう一つは、若手ドライバーの育成のために、バーチャルとリアルの2つのチャレンジプログラムを用意しています。バーチャルは、eスポーツのチャンピオンのドライバーにリアルのマシンに乗ってもらうこと、リアルはロードスターのワンメイクレースのチャンピオンを集めてスーパー耐久に乗ってもらうという内容です。こうした2つの視点で人を育てるプログラムを行っています」
「S耐ワイガヤクラブ」でメーカーの垣根を越えたコミュニケーションをとる意味とは?
その内容について、GAZOO Racingカンパニーの高橋プレジデントは「各社商品については競争領域なので、もちろん商品の話はしないです。ここでは、技術のコンポーネントとして一緒にやれることがないかだとか、モータースポーツファンを増やすために みんなが連携してなんかやれることはないかなど、そういう話がメインですね」という。
では、実際に集まりコミュニケーションをとるメリットをどのように感じているのか、メーカーというより個人の想いに近いものではあるが質疑応答の中から抜粋してご紹介していこう。
「これまで、モータースポーツは自分の会社をブランディングするためのツールで、もし集まったら何ができるんだろうって考えたことはなかったと思うんですよね。この活動は、自動車業界やレースを今後どういう方向に持っていくのか、どのように発展させていくのか、また持続性という面でもいろんな方向性を検討できるというのはすごくメリットがあると思います」(ホンダ・レーシング 桒田室長)
「これだけ自動車会社のメンバーが集まって、ある意味本音の話をするっていう機会はなかったと思うんですね。でもそれは一つのものをつくる、一緒にやるということだけではないと思います。実は技術開発って孤独なんです。話をする中で、同じ悩みを持っていたり、もしくは同じ課題を解決していたりして、そのソリューションは明かしてもらわなくても、出口があるということだけで力が湧いてくるし、勇気づけられるんです」(SUBARU 藤貫専務)
「なかなか若い人たちがサーキットに足を運んでくれないとか、クルマ好きが減ったとかって話はありますけど、おそらく楽しさが伝わっていないだけかなと思う部分もあります。伝えるっていうのはすごく大切で、5社が一緒に違った視点で世の中に楽しさを伝えていくっていうことができ始めると、すごいパワーになると思います」(マツダ 前田代表)
「世の中のクルマがハイブリッドやBEVになっていったりする中で、そうしたクルマを買ったお客様が自分でサーキット走行を楽しんだり、新しいレースフォーマットってどうやって作ったらいいんだろうってずっと思っていました。このS耐ワイガヤクラブなら5社で相談できるかもしれないなっていう風に個人的に思っています」(NMC 石川常務)
こうしてみてみると、決められた課題について当たり障りのない意見を交換する場ではなく、個人、そしてメーカーが抱えている課題や想いを解決に導く場として活用したいという希望、そして出口が見えるのではないかという期待感を抱いているのが分かる。
これこそが、このS耐ワイガヤクラブの価値なのではないかと感じる。
「共挑」が果たすべき役割と可能性
「多分、これから乗り越えなきゃいけない壁ってものすごく高いんですよ」
これはSUBARUの藤貫専務の言葉だ。
これまではより技術的に秀でたクルマ、新しいコンセプトのクルマといったように、いいクルマ=「モノ」をつくりそれを消費者に選んでいただくという、言い換えると「同じ内燃機関を搭載したクルマ」の中でどれだけ他社よりも売れる商品をつくるかという競い合いの要素が大きかったかもしれない。
だが少し前から、新たなパワートレインの主導権争い、BEVの新興勢力の台頭、環境問題への対応、クルマの使用環境の多様化、SDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)化、移動時間への付加価値など、多様な「コト」への対応も必要となってきている。
競い合う相手も既存の自動車産業、メーカーにとどまらず、国や地域、産業などを越え、さらに、環境やエンターテインメントなどに対応する新たな技術や提携を必要とする要素もますます増えてくるだろう。
そうしたことを、このS耐ワイガヤクラブ、「共挑」ですべて解決できるわけではない。ただこうした新しい潮流の中で、ひょっとしたら置いてきぼりにされてしまうかもしれないクルマを楽しむということ、そしてレースという実はとっても人間臭いスポーツが生み出す感動などを、「僕たち(自動車メーカー)は忘れていないよ」「これからもみんなを笑顔にしていくよ」というメッセージを届けたいのだと感じる。
自動車メーカーは安心安全で、環境負荷の低いクルマをつくるだけでは意味がなく、それを実際に購入してもらうためには、各自動車メーカーそれぞれのファンはもちろん、今後はより海外メーカーや新興勢力に負けないよう“日本車連合”のファンを増やしていくということも必要だろう。
そうしたファンづくりのためにも「共挑」は大きな役割を果たすことができる可能性がある。そして「共挑」の想いを受け取ったファンが多ければ多いほど、藤貫専務のいう「ものすごく高い壁」を乗り越える原動力の一つとなるかもしれない。
そうした原動力の可能性を秘めたクルマ好きに向けて、S耐ワイガヤクラブでどのようなコミュニケ―ションを行い、「共挑」としてどのような発信をし、ワクワクさせてくれるのか、今後もその活動をお届けしていきたい。
(文:GAZOO編集部 山崎 写真:スーパー耐久未来機構、TOYOTA GAZOO Racing、GAZOO編集部)
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