トヨタ GRヤリス 軽量シンプルで「0:100から100:0まで」可能な4WDをいかにして実現したか
◆軽量シンプルで「0:100から100:0まで」制御可能な4WD
『GRヤリス』の技術的ハイライトは、軽量シンプルにもかかわらず、前後トルク配分を自在に調整できるその4WD機構にある。これはトヨタが独自に開発したもので、類例はほかにないといっていい。
前後トルク配分を能動的にコントロールする4WD機構としては、これまでにも電子制御式油圧多板クラッチを用いたものが広く知られ、数多くの4WD車に使用されている。現在の4WDシステムの主流といっても過言ではない。
これは車軸を駆動するプロペラシャフトの途中に電子制御式油圧多板クラッチを設け、そのクラッチの締結力をコントロールして伝達するトルクを加減するもの。エンジンを横置きにした前輪駆動ベースのモデルであれば、前車軸は前輪駆動と同様にギアボックスからデファレンシャルギアを介してダイレクトに前輪を駆動するのに対し、後車軸はギアボックスとデファレンシャルギアの間に電子制御式油圧多板クラッチを搭載。その断続で後車軸に伝えるトルクを制御する。
この場合、電子制御式油圧多板クラッチを完全に“切った状態”にすれば前後トルク配分は前:後=100:0となり、完全に“つないだ状態”にすれば前後に等しくトルクが配分されて前:後=50:50になる。つまり、100:0から50:50の間では自由に制御できるが、51:49から0:100の状態を能動的に作り出すことはできない。
これがエンジンを縦置きした後輪駆動ベースのモデルであれば前後の関係が逆になり、前:後=50:50から0:100が制御可能で、49:51から100:0は制御できなかった。
つまり、従来の一般的な電子制御式油圧多板クラッチ式4WDでは、100:0から50:50もしくは50:50から0:100はできても、0:100から100:0を自由に調整できなかった。トヨタが目指したのは、この従来困難とされてきた「0:100から100:0まで」制御可能な4WDだったのである。
◆トランスファーを追加するだけで実現
もっとも、「0:100から100:0まで」制御可能な4WDシステムが絶対に実現不可能なわけではない。たとえば、センターデフを介して前後にプロペラシャフトを伸ばし、そのそれぞれに電子制御式油圧多板クラッチを設ければ「0:100から100:0まで」の制御が実現できそうだが、これではセンターデフ、2組の電子制御式油圧多板クラッチ、2組のプロペラシャフトなどが必要になり、トヨタの目指す「軽量シンプル」というコンセプトと相容れない。彼らがまったく新しい4WDシステムを開発しなければいけなかったのは、このためだ。
ちなみに、センターデフにトルセン・タイプCを用いた形式では、前:後=40:60を基本としながらも前後のトルク配分を可変できるが、トルク配分の変化は路面状況などに応じたもの(つまり受動的)であって、ドライバーやクルマの意思によって調整することは基本的にできない。したがって、これもトヨタの要求を満たすものではなかったのである。
では、GRヤリスにはどんな形式が採用されたのか? その基本は、電子制御式油圧多板クラッチを用いた前輪駆動ベースの4WDと変わらない。ポイントは、後車軸に前車軸よりもほんの少しだけ速い回転数でトルクを伝達するためのトランスファーを設けただけ。しかも、前後の回転数の差はたったの0.7%に過ぎない。
なぜ、これでトヨタが目指した「0:100から100:0まで」の制御が実現できるのか?
後車軸に伝わる回転数がより速い場合、平易に言えば後車軸に対して優先的にトルクが伝達される。前後車軸の回転数がまったく同じ場合、電子制御式油圧多板クラッチを完全につなげれば前後のトルク配分は前述のとおり50:50になるが、後車軸側の駆動系を増速しておけば0:100になる(現実にGRヤリスでそうしていないことは後述する)。反対に、クラッチを切れば100:0にできる。つまり、トランスファーを追加するだけで、これまでは夢だった「0:100から100:0まで」の制御が実現できたのである。
この場合、50:50に制御するには、従来のように電子制御式油圧多板クラッチを完全に締結するのではなく、わずかに滑らせた状態として前車軸にもほどよくトルクを伝える。
◆0:100の状態は実際には使っていない
いっぽう、GRヤリスでは0:100の状態を現実的に用いていないと先ほど申し上げたが、これは後車軸のみ増速した状態で前後車軸を直結にすると、遅く回転しようとする前車軸がエンジン・ブレーキのような役割を果たし、クルマを減速させるから。これを防ぐためにGRヤリスでは完全に電子制御式油圧多板クラッチを締結することなく、常時かすかに滑らせているという。
つまり、GRヤリスのスポーツ4WDシステムは「理論的には100:0から0:100のトルク配分が可能だが、現実には0:100の状態は用いていない」ことになる。
ちなみにGRヤリスではノーマル・モードで60:40、スポーツ・モードで30:70、トラック・モードでは50:50としつつ、運転状況などに応じて微妙な制御を行なっているという。その詳細についてはインプレッション篇でご紹介しよう。
大谷達也|自動車ライター
元電気系エンジニアという経歴を持つせいか、最近は次世代エコカーとスーパースポーツカーという両極端なクルマを取材す ることが多い。いっぽうで「正確な知識に基づき、難しい話を平易な言葉で説明する」が執筆活動のテーマでもある。以前はCAR GRAPHIC編集部に20年間勤務し、副編集長を務めた。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本モータースポーツ記者会会長。
(レスポンス 大谷達也)
『GRヤリス』の技術的ハイライトは、軽量シンプルにもかかわらず、前後トルク配分を自在に調整できるその4WD機構にある。これはトヨタが独自に開発したもので、類例はほかにないといっていい。
前後トルク配分を能動的にコントロールする4WD機構としては、これまでにも電子制御式油圧多板クラッチを用いたものが広く知られ、数多くの4WD車に使用されている。現在の4WDシステムの主流といっても過言ではない。
これは車軸を駆動するプロペラシャフトの途中に電子制御式油圧多板クラッチを設け、そのクラッチの締結力をコントロールして伝達するトルクを加減するもの。エンジンを横置きにした前輪駆動ベースのモデルであれば、前車軸は前輪駆動と同様にギアボックスからデファレンシャルギアを介してダイレクトに前輪を駆動するのに対し、後車軸はギアボックスとデファレンシャルギアの間に電子制御式油圧多板クラッチを搭載。その断続で後車軸に伝えるトルクを制御する。
この場合、電子制御式油圧多板クラッチを完全に“切った状態”にすれば前後トルク配分は前:後=100:0となり、完全に“つないだ状態”にすれば前後に等しくトルクが配分されて前:後=50:50になる。つまり、100:0から50:50の間では自由に制御できるが、51:49から0:100の状態を能動的に作り出すことはできない。
これがエンジンを縦置きした後輪駆動ベースのモデルであれば前後の関係が逆になり、前:後=50:50から0:100が制御可能で、49:51から100:0は制御できなかった。
つまり、従来の一般的な電子制御式油圧多板クラッチ式4WDでは、100:0から50:50もしくは50:50から0:100はできても、0:100から100:0を自由に調整できなかった。トヨタが目指したのは、この従来困難とされてきた「0:100から100:0まで」制御可能な4WDだったのである。
◆トランスファーを追加するだけで実現
もっとも、「0:100から100:0まで」制御可能な4WDシステムが絶対に実現不可能なわけではない。たとえば、センターデフを介して前後にプロペラシャフトを伸ばし、そのそれぞれに電子制御式油圧多板クラッチを設ければ「0:100から100:0まで」の制御が実現できそうだが、これではセンターデフ、2組の電子制御式油圧多板クラッチ、2組のプロペラシャフトなどが必要になり、トヨタの目指す「軽量シンプル」というコンセプトと相容れない。彼らがまったく新しい4WDシステムを開発しなければいけなかったのは、このためだ。
ちなみに、センターデフにトルセン・タイプCを用いた形式では、前:後=40:60を基本としながらも前後のトルク配分を可変できるが、トルク配分の変化は路面状況などに応じたもの(つまり受動的)であって、ドライバーやクルマの意思によって調整することは基本的にできない。したがって、これもトヨタの要求を満たすものではなかったのである。
では、GRヤリスにはどんな形式が採用されたのか? その基本は、電子制御式油圧多板クラッチを用いた前輪駆動ベースの4WDと変わらない。ポイントは、後車軸に前車軸よりもほんの少しだけ速い回転数でトルクを伝達するためのトランスファーを設けただけ。しかも、前後の回転数の差はたったの0.7%に過ぎない。
なぜ、これでトヨタが目指した「0:100から100:0まで」の制御が実現できるのか?
後車軸に伝わる回転数がより速い場合、平易に言えば後車軸に対して優先的にトルクが伝達される。前後車軸の回転数がまったく同じ場合、電子制御式油圧多板クラッチを完全につなげれば前後のトルク配分は前述のとおり50:50になるが、後車軸側の駆動系を増速しておけば0:100になる(現実にGRヤリスでそうしていないことは後述する)。反対に、クラッチを切れば100:0にできる。つまり、トランスファーを追加するだけで、これまでは夢だった「0:100から100:0まで」の制御が実現できたのである。
この場合、50:50に制御するには、従来のように電子制御式油圧多板クラッチを完全に締結するのではなく、わずかに滑らせた状態として前車軸にもほどよくトルクを伝える。
◆0:100の状態は実際には使っていない
いっぽう、GRヤリスでは0:100の状態を現実的に用いていないと先ほど申し上げたが、これは後車軸のみ増速した状態で前後車軸を直結にすると、遅く回転しようとする前車軸がエンジン・ブレーキのような役割を果たし、クルマを減速させるから。これを防ぐためにGRヤリスでは完全に電子制御式油圧多板クラッチを締結することなく、常時かすかに滑らせているという。
つまり、GRヤリスのスポーツ4WDシステムは「理論的には100:0から0:100のトルク配分が可能だが、現実には0:100の状態は用いていない」ことになる。
ちなみにGRヤリスではノーマル・モードで60:40、スポーツ・モードで30:70、トラック・モードでは50:50としつつ、運転状況などに応じて微妙な制御を行なっているという。その詳細についてはインプレッション篇でご紹介しよう。
大谷達也|自動車ライター
元電気系エンジニアという経歴を持つせいか、最近は次世代エコカーとスーパースポーツカーという両極端なクルマを取材す ることが多い。いっぽうで「正確な知識に基づき、難しい話を平易な言葉で説明する」が執筆活動のテーマでもある。以前はCAR GRAPHIC編集部に20年間勤務し、副編集長を務めた。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本モータースポーツ記者会会長。
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