【アストンマーティン ヴァンテージ 新型試乗】「正統派」ブリティツシュスポーツ…中村孝仁

アストンマーティン ヴァンテージ 新型
◆英国ブランドの血統とAMGエンジン

イギリスのブランド、ベントレーは、かつてベントレーボーイズと呼ばれた裕福なプライベートドライバーによって、ルマン優勝を含む数々の功績を残し、彼らがベントレーのブランド価値を引き上げた。アストンマーティンという同じイギリスのスポーツカーブランドにも、そうしたイギリスらしい伝統というか血脈があるのかもしれない。

そもそもアストンマーティンの成り立ちからして、レースに熱心な伯爵の援助によって誕生したブランドであり、その伯爵が事故死して以降は経営的に不安定になり、オーナーが変遷していくあたりもベントレーと似ている。イギリスの小規模自動車メーカーの多くはこうした成り立ちを持っていて、如何に情熱がクルマ作りに寄与しているかがわかるというものだ。


そんなアストンマーティンも近年はその生産台数が安定して、経営基盤がしっかりしてきたように思えるのだが、それでも2013年にはダイムラーAGと契約を交わし、5%の株式をダイムラーに渡すと同時に、メルセデスAMGエンジン供給の話を決めた。つまり、今回試乗した『ヴァンテージ』を含むV8エンジン搭載のアストンマーティンは、メルセデスのエンジンを搭載しているというわけである。

それに、話はそれるがホンダがエンジンを供給し始めたF1のレッドブルは、アストンマーティン・レッドブルレーシングの名を持つ。もっともアストンがレッドブルF1に何か関与しているかというと、少なくとも技術的にはない。ホンダのエンジンを搭載するレッドブルF1にメルセデスのエンジンを搭載するアストンマーティンの名前が付く。もう何が何だかわからない状況が今の自動車業界だから、まあ正直言えば何でもありという話である。

◆正統派ブリティッシュスポーツ


とはいえ、このヴァンテージが醸し出すイメージは限りなく正統派ブリティッシュスポーツである。確かに昨年試乗した『DB11』からも、イギリスの伝統的ウッドパネルを配したダッシュボードなどは影を潜め、よりスポーティーで現代風のインテリアが与えられるようになって、ひとつ前にコマを進めた印象があるが、スタイリング的には依然として正統派そのもの。

ヴァンテージの場合、限りなく極限まで低く設定したグリルが異様な雰囲気を与え、良くも悪くもそれがデザイン上の大きな特徴となっているが、それでもロングノーズ・ショートデッキの伝統的フロントエンジンスポーツカーのデザインは貫かれている。

メルセデスのAMGユニットは、それ以前のジャガー譲りのV8ユニットに対し、より重厚なサウンドを聞かせてくれる。排気量は若干引き下げられた4リットルだが、ツインターボを装着したことでその出力は一気に510psにまで引き上げられ、恐らく性能的には断然旧型を圧倒するはずである。

「はずである」と書いたのは、短い試乗時間と日本の一般国道を主体とした試乗では、そのパワーを堪能するほどエンジンを回せないことと、当然ながらスピードも気にしなければならず、ここまでパワーが上がってしまうとそれを試す術はサーキットもしくは広いクローズドコースに持ち込む以外に方法がないからだ。

◆リアルスポーツの領域にコマを進めたヴァンテージ


それにしてもやはりアストンマーティンは快適で、二人分の荷物を載せて長距離ドライブをするのにはうってつけのスポーツカー。まさにGTの神髄がここにある気がする。FRである美点は、少なくともコックピット背後にそれなりのラゲッジスペースを確保することが出来ること。ミッドシップではそうはいかないし、コックピット自体も窮屈になる。DB11はオケージョナルシートを設けた2+2レイアウトで、そこまで広くないにしてもそこそこの室内空間を持っているヴァンテージは、その適度に広い室内空間が見事に快適さを演出する。

近年のスポーツカーでは当たり前になったような走行モードの切り替えは、スポーツ、スポーツ+、トラックの3段階に切り替えることが出来る。ノーマルとかスタンダードという類のモードが存在しないのが今度のヴァンテージ。したがって、もっともノーマルなはずのスポーツですら、乗り味は結構ダイレクト感が強い。というわけで乗り心地に関してはかなりレーシーな印象を与える。これがそれよりハードコアになるスポーツ+やトラックではさらに顕著になる。まあオンロードでは個人的にはどちらも必要ないと感じた。

作り手側としては、従来よりもさらにスポーツ性を引き上げてグランツーリスモではなく、リアルスポーツの領域にコマを進めたのだろうが、受け取り手のユーザーが果たしてついてきているのか?まぁグランツーリスモとしてのアストンを求めるなら、DB11をどうぞというのがメーカーで、ヴァンテージではよりスポーティーな運動性能を愉しんでくださいというメッセージなのかもしれない。

でも、このクルマに乗って、正統派ブリティッシュスポーツを感じたい自分がいたことは否定できなかった。



■5つ星評価
パッケージング ★★★★
インテリア居住性 ★★★★
パワーソース ★★★★
フットワーク ★★★★
おすすめ度 ★★★★

中村孝仁(なかむらたかひと)AJAJ会員
1952年生まれ、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾るクルマ好き。その後スーパーカーショップのバイトに始まり、ノバエンジニアリングの丁稚メカを経験し、その後ドイツでクルマ修行。1977年にジャーナリズム業界に入り、以来42年間、フリージャーナリストとして活動を続けている。 また、現在は企業向け運転講習の会社、ショーファデプト代表取締役も務める。

(レスポンス 中村 孝仁)

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