【DS 9 新型試乗】DSがハイエンド・サルーンに参入する3つの理由…南陽一浩
ひと言でいって、迷いがまったくない。試乗後の印象をあえて欧州に馴染みの薄い野球に喩えれば、芯で捉えた飛距離の凄さだけでなく、弾道ごと美しくて魅入ってしまうようなホームラン。いや、むしろトラップから見事に収めている分、サッカーのボレーシュートの方が正しいか。『DS 9 E-TENSE 225』は、乗る前よりクルマが醸し出すロジックから、乗った後の余韻まで、恐ろしく首尾一貫したハイエンド・サルーンだった。
そもそも『DS 7クロスバック』という、これまでSUVにトップ・オブ・レンジを任せていたDSが、欧州Eセグメントに新たな旗艦サルーン、『DS 9』を投入してきたのはなぜか。Eセグメントといえば、メルセデスベンツ『Eクラス』やBMW『5シリーズ』にアウディ『A6』と競合するクラスで当然、ひとつ下のDセグメントと同様、このクラスもSUVに押し込まれている。大型もしくは中型サルーンが好まれる中国市場以外では決して販売台数がハケるセグメントでもないのに、なぜDSがわざわざ参入するのか?理由は3つほど挙げられる。
DSがハイエンド・サルーンに参入する3つの理由
1つ目は、欧州車の中でハイブランドとして確立するにあたって、Eセグメントのサルーンは古典かつ必須のジャンルであること。DSは今のところ『DS 7クロスバック』と『DS 3クロスバック』という大小2車種だけにも関わらず、ひとまずの評価と成功を手にしたが、ブランドとしてのコンソリデーション、つまり基礎固めがスポーティカジュアルなSUVのみならず、フォーマルな4ドア・サルーンでも要る。最近になってそう判断したのではなく、それがDSが当初より思い描いていたラインナップ計画なのだ。
2つ目は、DS自体が販売台数を追求する利益モデルではなく、質の追求によって利益率を伸ばすクルマ造りを掲げていること。DS 9のプラットフォームはPSAグループの「EMP2」で、ご存知のようにシトロエン『C4スペースツアラー』からプジョー『508』まで、C・Dセグメントで広く用いられている。ある程度のボリュームは旧PSAの2ブランドに任せ、ハードウェアのモジュールは多々共有しながらも適材適所でより高コスト素材やチューニングを施すことで、プレミアム方向を実現するのだ。
3つ目は、DSとしてあらまほしき旗艦サルーンの方向性が今現在、造り手の手元にある材料と合致していたこと。近頃のシトロエンのニューモデルと軌を同じくするところで、その動的質感の造り込みは、過去モデルにペグしている。いわばまるで、懐メロの「ヒットパレード的手法」だ。C3はどことなく「BX」を、C3エアクロスは「2CV」を、新しいC4はBXや「GS」を思い出させる。DSはシトロエンから派生した通り、同じ歴史をもつブランドだが、派生する際にすべての過去モデルをどちらのブランド資産としてカウントするか、そんな棚卸し&仕分けをした。例えばCXはシトロエンへ、SMはDSへ、といった具合だ。
じゃあDS 9が範にとったのはオリジナルのDSか?さにあらず。むしろナロー気味のトレッド&ロングホイールベースのFFサルーンという成り立ちは、直近でいえばシトロエン『C6』にも似るが、むしろ戦前の『11CV』、トラクシオン・アヴァンすら連想させる乗り味だったのだ。余談だが誰もがもう予測済みだが、シトロエン『C5X』のインスパイアは当然、CXだ。
乗り心地/直進安定性/後席の広さ重視のジオメトリーとパッケージング
フランス本国での発表値なので日本での認証値は変わる可能性もあるが、DS 9のホイールベースは2895mm。これはメルセデスEクラスとレクサスESの中間値にあたり、前/後トレッドは1584/1566mmと、1600mm前後ある同クラスのライバルに比べてかなり控えめ。タイヤサイズが235/45ZR19とワイドなせいもあるが、全長4934×全幅1932×全高1460mmというボディサイズは競合他車よりやや幅広い分、ナロートレッドといえる。実際、同じEMP2プラットフォームでひとつ下のDセグメント、プジョー508が1601/1597mmであることを鑑みれば、どれだけトレッドを抑えているかが窺える。
要は操舵初期の反応の鋭さを求めるタイプではなく、最初から乗り心地と直進安定性、そして後席スペースの広さを重視したジオメトリーとパッケージングだ。昔から「高級サルーンはFR」という、あるべき論は語られてきたが、ハイパワー化に伴って今やハイエンド・サルーンは九分九厘、AWD化しているのは周知の通り。アンチテーゼでも逆張りでもなく、欧州で最初期のFF市販車をトラクシオン・アヴァンで、そしてFFハイエンドの系譜を戦後にオリジナルDSで継いだからこそ、現代のDSがFFで旗艦サルーンを世に問うことは、時代を越えた正統性という話なのだ。
DS 9の頼もしさたるや、比べられるクルマが無い
というわけで、もう走らせた印象から述べてしまうが、70-90km/h制限で、路面も決して平滑でない県道レベルのルートを、適度なバウンスと揺らぎを伴いながら、矢のように突き進んでいくDS 9の頼もしさたるや、ちょっと他に比べられるクルマが無い。比類がない。往年のトラクシオン・アヴァンやDSほどボディの上下量はないが、十分以上に柔らかい足まわりでフラットライドを、特筆すべき直進安定性でもって実現させている。近年のシトロエンが「マジックカーペット・ライド」ならば、DSのそれはビロードの天幕でさらに包まれた感触だ。決して小柄といえないボディが、雑味のないステアリング・フィールを通じてドライバーの操舵に素直に従うトレース性は、現代的な敏捷性より、どこか時代がかったレイドバックのリズム感といえる。
ただしそれはドライブモードを「コンフォート」に入れた時の話で、むしろデフォルトの「ノーマル」はボディの揺れや動きを積極的に抑えた、ロールの少ない硬質なハンドリング。これはドイツ車サルーンから乗り換えるであろう顧客を、驚かさないためにあえてそうしたセッティングだとか。だから単なる「コンフォート」モードではアシが柔らかくなるというより、「DSアクティブスキャンサス」、つまりカメラで前方路面の不整を読み取り、前もって減衰力をアクティブ制御するシステムが発動される。ベントレーでいう乗り心地もスポーティさも欲張った「Bモード」のように、「DSモード」とでも呼ぶべきものなのだ。
これもいい忘れていたが、DS 9 E-TENSE 225はPHEVで、180ps/300Nm仕様の1.6リットル直4ターボと110ps/320Nmの電気モーター、いずれもアイシン製の8速ATを介して前車軸を駆動する。組み合わされる電源は11.9kWh容量のリチウムイオンバッテリーで、電気駆動だけの最大航続レンジはWLTPモードで約58km。ちなみに本国では「E-TENSE 250」という、ICE出力が+20psの200ps、電気モーターは同じ仕様のまま、バッテリー容量が15.6kWhに引き上げられたロングレンジ仕様(WLTPで約70km)もある。ハイブリッドモード総計の最大トルクは360Nmなので、225ps仕様と変わらないが、バッテリー容量で優る分、最大極値以下の領域でより積極的にモーターを使うのだろう、0-100km/h加速では僅かに250ps仕様が225ps仕様を上回る。車両重量は双方とも1839kgと発表されている。
180+110psで総計225ps仕様のPHEVパワートレインは、プジョー508 PHEVでも既出だが、その穏やかな味つけはDS 9のキャラクターにより沿っている。モーターによるトルク・レスポンスの鋭さやICEとの切り替えが、ロングホイールベースと車格による余裕に包まれて、一層好ましくなった印象なのだ。
ドイツ車的な高級感が、金属の硬さや精密加工に表れるのと同様もしくは真逆で、DS 9の目指すフランス車ならではの高級感は柔らかさ、もっといえばソフト・マテリアルの中に表現される。これまで述べてきた乗り心地や操舵フィールといった動的質感だけではなく、それは居住性や快適性といった静的な部分で、とりわけ顕著だ。平たくいえば、華も実もあるインテリアなのだ。
ソフトパワーで成り立っている高級車であるところがフランスらしい
今回の試乗車は「オペラ」のルージュ・ルビー色のフルレザー仕様だったが、ピラーから天井にかけてチャコールグレーのアルカンターラ張りと、その組み合わせのシックな効果は、圧巻だった。そもそもレザーの張っていない部分が、室内にほとんど見当たらないほど。乗員の肩肘が当たる可能性のあるすべてのドアの内張りから、センターコンソールのありとあらゆるパネル、フロントシートの背面、リアのコンソールの内側蓋まで、すべてルージュレッドのナッパもしくはテップレザーで覆い尽くされている。
ダッシュボードも、エアコン吹き出し口やギョーシェ彫り加工のボタンなど、『DS 7クロスバック』と同じ要素は散見されるが、コンベックス形状にピタリと沿って張られたレザーとワイド感の強い意匠が、車内をさらに広々と見せ、感じさせる。むしろシンプルで余計な光沢を排したインテリアが、圧倒的な素材感と柔らかな感触でもって迫ってくるのだ。もちろん電源ONとともに回転して現れるB.R.M.の時計もダッシュボード中央に備わる。
外観は、写真で見た時はクロームのインサートが少し煩く思ったが、実車の方がむしろクロームの目立たない佇まいだった。微妙に尻すぼみのリアエンドに、コンビランプの下からフェンダーにまで回り込んだクロームインサートは、ボディと平滑に組み込まれているので、光って見えるアングルが意外と限られる。
じつはこのインサートも、初代DSに着想を得ているが、より装飾的なディティールはリアガラス両脇の、Cピラーの上端辺りにDSのウィンカーに似せて装着された、デコレーションのランプだ。ウィンカー機能はなく常時点灯となる。ボディショルダーのキャラクターラインも、近頃のクルマとしてははっきり目の鋭いエッジが走るが、下のパネルへとグラデーションのつけ方に柔らかさがある。
いずれにせよ、絶対値的な性能より何より、ソフトパワーで成り立っている高級車であるところがフランスらしい、ひいてはDS 9の新しさといえる。冒頭で述べた通り「迷いがない」と感じさせるのは、DSは他の新興ブランドと違ってブランドのアイデンティティやらしさという「自分探し」で逡巡することなく、最初から造りたいもの・表したいものがはっきりしている点だ。その意味では、アメリカ市場展開こそないが、質という点ではレクサス『ES』やヒュンダイ『ジェネシス』がDS 9最大のライバルなのだろう。日本での価格は700万円台前半ぐらいだろうか。
■5つ星評価
パッケージング:★★★★
インテリア/居住性:★★★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★★
おすすめ度:★★★★
南陽一浩|モータージャーナリスト
1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。
そもそも『DS 7クロスバック』という、これまでSUVにトップ・オブ・レンジを任せていたDSが、欧州Eセグメントに新たな旗艦サルーン、『DS 9』を投入してきたのはなぜか。Eセグメントといえば、メルセデスベンツ『Eクラス』やBMW『5シリーズ』にアウディ『A6』と競合するクラスで当然、ひとつ下のDセグメントと同様、このクラスもSUVに押し込まれている。大型もしくは中型サルーンが好まれる中国市場以外では決して販売台数がハケるセグメントでもないのに、なぜDSがわざわざ参入するのか?理由は3つほど挙げられる。
DSがハイエンド・サルーンに参入する3つの理由
1つ目は、欧州車の中でハイブランドとして確立するにあたって、Eセグメントのサルーンは古典かつ必須のジャンルであること。DSは今のところ『DS 7クロスバック』と『DS 3クロスバック』という大小2車種だけにも関わらず、ひとまずの評価と成功を手にしたが、ブランドとしてのコンソリデーション、つまり基礎固めがスポーティカジュアルなSUVのみならず、フォーマルな4ドア・サルーンでも要る。最近になってそう判断したのではなく、それがDSが当初より思い描いていたラインナップ計画なのだ。
2つ目は、DS自体が販売台数を追求する利益モデルではなく、質の追求によって利益率を伸ばすクルマ造りを掲げていること。DS 9のプラットフォームはPSAグループの「EMP2」で、ご存知のようにシトロエン『C4スペースツアラー』からプジョー『508』まで、C・Dセグメントで広く用いられている。ある程度のボリュームは旧PSAの2ブランドに任せ、ハードウェアのモジュールは多々共有しながらも適材適所でより高コスト素材やチューニングを施すことで、プレミアム方向を実現するのだ。
3つ目は、DSとしてあらまほしき旗艦サルーンの方向性が今現在、造り手の手元にある材料と合致していたこと。近頃のシトロエンのニューモデルと軌を同じくするところで、その動的質感の造り込みは、過去モデルにペグしている。いわばまるで、懐メロの「ヒットパレード的手法」だ。C3はどことなく「BX」を、C3エアクロスは「2CV」を、新しいC4はBXや「GS」を思い出させる。DSはシトロエンから派生した通り、同じ歴史をもつブランドだが、派生する際にすべての過去モデルをどちらのブランド資産としてカウントするか、そんな棚卸し&仕分けをした。例えばCXはシトロエンへ、SMはDSへ、といった具合だ。
じゃあDS 9が範にとったのはオリジナルのDSか?さにあらず。むしろナロー気味のトレッド&ロングホイールベースのFFサルーンという成り立ちは、直近でいえばシトロエン『C6』にも似るが、むしろ戦前の『11CV』、トラクシオン・アヴァンすら連想させる乗り味だったのだ。余談だが誰もがもう予測済みだが、シトロエン『C5X』のインスパイアは当然、CXだ。
乗り心地/直進安定性/後席の広さ重視のジオメトリーとパッケージング
フランス本国での発表値なので日本での認証値は変わる可能性もあるが、DS 9のホイールベースは2895mm。これはメルセデスEクラスとレクサスESの中間値にあたり、前/後トレッドは1584/1566mmと、1600mm前後ある同クラスのライバルに比べてかなり控えめ。タイヤサイズが235/45ZR19とワイドなせいもあるが、全長4934×全幅1932×全高1460mmというボディサイズは競合他車よりやや幅広い分、ナロートレッドといえる。実際、同じEMP2プラットフォームでひとつ下のDセグメント、プジョー508が1601/1597mmであることを鑑みれば、どれだけトレッドを抑えているかが窺える。
要は操舵初期の反応の鋭さを求めるタイプではなく、最初から乗り心地と直進安定性、そして後席スペースの広さを重視したジオメトリーとパッケージングだ。昔から「高級サルーンはFR」という、あるべき論は語られてきたが、ハイパワー化に伴って今やハイエンド・サルーンは九分九厘、AWD化しているのは周知の通り。アンチテーゼでも逆張りでもなく、欧州で最初期のFF市販車をトラクシオン・アヴァンで、そしてFFハイエンドの系譜を戦後にオリジナルDSで継いだからこそ、現代のDSがFFで旗艦サルーンを世に問うことは、時代を越えた正統性という話なのだ。
DS 9の頼もしさたるや、比べられるクルマが無い
というわけで、もう走らせた印象から述べてしまうが、70-90km/h制限で、路面も決して平滑でない県道レベルのルートを、適度なバウンスと揺らぎを伴いながら、矢のように突き進んでいくDS 9の頼もしさたるや、ちょっと他に比べられるクルマが無い。比類がない。往年のトラクシオン・アヴァンやDSほどボディの上下量はないが、十分以上に柔らかい足まわりでフラットライドを、特筆すべき直進安定性でもって実現させている。近年のシトロエンが「マジックカーペット・ライド」ならば、DSのそれはビロードの天幕でさらに包まれた感触だ。決して小柄といえないボディが、雑味のないステアリング・フィールを通じてドライバーの操舵に素直に従うトレース性は、現代的な敏捷性より、どこか時代がかったレイドバックのリズム感といえる。
ただしそれはドライブモードを「コンフォート」に入れた時の話で、むしろデフォルトの「ノーマル」はボディの揺れや動きを積極的に抑えた、ロールの少ない硬質なハンドリング。これはドイツ車サルーンから乗り換えるであろう顧客を、驚かさないためにあえてそうしたセッティングだとか。だから単なる「コンフォート」モードではアシが柔らかくなるというより、「DSアクティブスキャンサス」、つまりカメラで前方路面の不整を読み取り、前もって減衰力をアクティブ制御するシステムが発動される。ベントレーでいう乗り心地もスポーティさも欲張った「Bモード」のように、「DSモード」とでも呼ぶべきものなのだ。
これもいい忘れていたが、DS 9 E-TENSE 225はPHEVで、180ps/300Nm仕様の1.6リットル直4ターボと110ps/320Nmの電気モーター、いずれもアイシン製の8速ATを介して前車軸を駆動する。組み合わされる電源は11.9kWh容量のリチウムイオンバッテリーで、電気駆動だけの最大航続レンジはWLTPモードで約58km。ちなみに本国では「E-TENSE 250」という、ICE出力が+20psの200ps、電気モーターは同じ仕様のまま、バッテリー容量が15.6kWhに引き上げられたロングレンジ仕様(WLTPで約70km)もある。ハイブリッドモード総計の最大トルクは360Nmなので、225ps仕様と変わらないが、バッテリー容量で優る分、最大極値以下の領域でより積極的にモーターを使うのだろう、0-100km/h加速では僅かに250ps仕様が225ps仕様を上回る。車両重量は双方とも1839kgと発表されている。
180+110psで総計225ps仕様のPHEVパワートレインは、プジョー508 PHEVでも既出だが、その穏やかな味つけはDS 9のキャラクターにより沿っている。モーターによるトルク・レスポンスの鋭さやICEとの切り替えが、ロングホイールベースと車格による余裕に包まれて、一層好ましくなった印象なのだ。
ドイツ車的な高級感が、金属の硬さや精密加工に表れるのと同様もしくは真逆で、DS 9の目指すフランス車ならではの高級感は柔らかさ、もっといえばソフト・マテリアルの中に表現される。これまで述べてきた乗り心地や操舵フィールといった動的質感だけではなく、それは居住性や快適性といった静的な部分で、とりわけ顕著だ。平たくいえば、華も実もあるインテリアなのだ。
ソフトパワーで成り立っている高級車であるところがフランスらしい
今回の試乗車は「オペラ」のルージュ・ルビー色のフルレザー仕様だったが、ピラーから天井にかけてチャコールグレーのアルカンターラ張りと、その組み合わせのシックな効果は、圧巻だった。そもそもレザーの張っていない部分が、室内にほとんど見当たらないほど。乗員の肩肘が当たる可能性のあるすべてのドアの内張りから、センターコンソールのありとあらゆるパネル、フロントシートの背面、リアのコンソールの内側蓋まで、すべてルージュレッドのナッパもしくはテップレザーで覆い尽くされている。
ダッシュボードも、エアコン吹き出し口やギョーシェ彫り加工のボタンなど、『DS 7クロスバック』と同じ要素は散見されるが、コンベックス形状にピタリと沿って張られたレザーとワイド感の強い意匠が、車内をさらに広々と見せ、感じさせる。むしろシンプルで余計な光沢を排したインテリアが、圧倒的な素材感と柔らかな感触でもって迫ってくるのだ。もちろん電源ONとともに回転して現れるB.R.M.の時計もダッシュボード中央に備わる。
外観は、写真で見た時はクロームのインサートが少し煩く思ったが、実車の方がむしろクロームの目立たない佇まいだった。微妙に尻すぼみのリアエンドに、コンビランプの下からフェンダーにまで回り込んだクロームインサートは、ボディと平滑に組み込まれているので、光って見えるアングルが意外と限られる。
じつはこのインサートも、初代DSに着想を得ているが、より装飾的なディティールはリアガラス両脇の、Cピラーの上端辺りにDSのウィンカーに似せて装着された、デコレーションのランプだ。ウィンカー機能はなく常時点灯となる。ボディショルダーのキャラクターラインも、近頃のクルマとしてははっきり目の鋭いエッジが走るが、下のパネルへとグラデーションのつけ方に柔らかさがある。
いずれにせよ、絶対値的な性能より何より、ソフトパワーで成り立っている高級車であるところがフランスらしい、ひいてはDS 9の新しさといえる。冒頭で述べた通り「迷いがない」と感じさせるのは、DSは他の新興ブランドと違ってブランドのアイデンティティやらしさという「自分探し」で逡巡することなく、最初から造りたいもの・表したいものがはっきりしている点だ。その意味では、アメリカ市場展開こそないが、質という点ではレクサス『ES』やヒュンダイ『ジェネシス』がDS 9最大のライバルなのだろう。日本での価格は700万円台前半ぐらいだろうか。
■5つ星評価
パッケージング:★★★★
インテリア/居住性:★★★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★★
おすすめ度:★★★★
南陽一浩|モータージャーナリスト
1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。
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