「進化型GRヤリス」は何がスゴイ!? 比較試乗してわかった“懐の広さ”と、DATの実力とは
一般的に、従来型のネガティブな側面やマイナス要素を消し込んだモデルを新型と称する。その意味で新型GRヤリスも同じく各種性能を高めているが、従来型はダメで、進化型がイイというそんな単純な話ではなかった。ステアリングを握った誰もがわかる乗り味の違いこそ、「クルマをとことん鍛えた成果」であり、「常に進化させるクルマ造り」を掲げるGRの流儀なのだと実感した。
さらに新型GRヤリスでは、走る喜びの裾野を広げたいという願いから、GRヤリス初の「GR-DAT」(以下、DAT)と名付けたトルクコンバーター式の8速ATをラインアップに加えた。DATはこれまでS耐やラリーフィールドで実戦投入し耐久信頼性を確保した上で、GRヤリスへの実装に向けて一般道路や高速道路での使いやすさも考慮し設計したという。
今回は、新型GRヤリスの6MT、8速のDAT、そして従来型の6MTモデルの計3台を、袖ヶ浦フォレストレースウェイで比較した。
◆着座位置が低くなったのに前方視界はよりワイドに! 操作系も一新
12月某日、前日から降り続く雨は小ぶりになったものの外気温は3度と低い。わかりやすく滑りやすい路面コンディションなので気をつかうところだが、こうした乗り比べでは低い車速域から挙動の違いがわかるので、むしろ好都合だ。
さて、新型GRヤリスである。一目で新型とわかるほど外観は大きく変わったが、内装はそれ以上に大胆な変更が加えられた。まず従来型のアナログメーターは、『GRカローラ』同等の12.3インチTFTメーターに変更され、「ドライバーファースト」の開発概念のもと、インパネはクリアな視界の確保を目指して水平基調に改められた。その実現のためインパネセンターの内部構造にまで手を加えたという。
さらに4点式シートベルトで身体が拘束されていても、調整したいスイッチに手が届くことを念頭に配置が再検討された。事実、各部スイッチへのアプローチも格段に良くなっている。内装だけ見ると従来型とはまったく別のクルマだ。
加えて、ドライビングポジションは25mm低くなり、同時にインナーミラー(ルームミラー)の位置をフロントガラス上部へ移動。そしてセンタークラスターの上端を50mm下げた。これにより前方視界がものすごく拡大している。
筆者は今回の比較用として、直前まで従来型に500kmほど試乗していたから違いが手に取るようにわかる。着座位置は低くなり車両の挙動がつかみやすくなったのに、視界はむしろ拡大しているという事実。
これは従来型オーナー(世界で約2万5000人)からすれば垂涎必至。物理的に実現するかどうかは別課題だが、多少高額になろうともアップグレード商品として組み込んだら、かなり人気が出るのではないかと思う。
◆前後駆動力配分を見直した4WDのフィーリングは
早速試乗だ。まずは新型の6速MTでコースイン。この新型からGRカローラと同じく「ドライブモードセレクト」(エコ/ノーマル/スポーツ)が追加されたので、迷わずスポーツを選択し、エキスパートモードも起動した。
従来型から備わる「4WDモードセレクト」だが、新型では前後の駆動力配分を見直した。従来型はボタンと押下するとノーマルモード(前60:後40)、右に回すとトラックモード(50:50)、左がスポーツモード(30:70)だったが、新型では押下するとトラックモード(60:40~30:70まで各種パラメーターにより可変)、右がグラベルモード(53:47)で、左がノーマルモード(60:40)。
ここでの注目点は2つ。(1)グラベルモードでは、ドライバーが積極的な荷重移動を行った際に最適な駆動力配分となるよう前側の駆動配分を多くした。(2)トラックモードでは前後の駆動力配分を走行状況や運転操作に応じて変化させるので、ドライバーによる荷重移動が十分に行えていない場合でも、システムが介入し可能な限り安定性と回頭性を向上させる。
1周目は冷えたタイヤのグリップ力と路面のコンディションを探りながら、前後駆動力配分が可変するトラックモード(60:40~30:70)を試した。いくつかのコーナーを通過して感じたのは、滑りやすい路面での高いコントロール性だ。コーナーに向けたブレーキングを終了させ、アクセルペダルに足をのせ替えゆっくりと駆動力を伝えつつ、ステアリング操作をじんわり行っていくと、冷えたタイヤでは横方向のグリップが高まらずズルズルと4輪がアウト側へと逃げていく。
が、車体の鼻先はコーナー頂点に向かったまま。頂点を抜けたところで、ステアリングの戻し操作に同調させてゆっくりアクセルを踏み込んでいくと、状況に合わせて前後の駆動力配分を変化させながら4つのタイヤで力強く加速態勢へと移行する。もっとも制御が入るといっても唐突感はない。進入から車体の向きを安定させ、アクセル操作で回頭性が高められるのでドライバーとしては安心感が抱ける。
2周目はGRヤリスの開発に携わる大島和也選手のアドバイスを受けて、グラベルモード(53:47の固定)を試す。この頃にはタイヤも温まってきたので、緊急ブレーキシグナルが作動する高めの減速度を保ちながらコーナーへアプローチする。鼻先の動きはスムースだ。
そして、高めた前荷重からゆっくりブレーキペダルの踏力を緩め、じんわりステア操作を行っていくと、路面のμが少し上がったかのように素早い車体の向き変えを披露した。その後は出口の曲率に合わせてワイドにアクセルを開けていくだけ。GRヤリスは弱アンダーステア傾向のまま出口に向かってきれいに、そして力強く加速していく。
◆『GRカローラ』の1.6リットルターボを新搭載
3周目は強化されたパワートレーンをじっくり味わう。すぐさま感じ取れたのは出力&トルク特性、そしてエンジン音がGRカローラそっくりであることだ。サーキットで多用する3000回転~6500回転あたりまでの体感上の力強さは従来型の20%増し!
それもそのはず、新型GRヤリスでは、「GRカローラ モリゾウエディション」と同じカタログスペックの1.6リットル直列3気筒ターボエンジン「G16E-GTS」を搭載している。
ご存知の読者も多いと思うが、従来型のエンジンは2021年の全日本ラリー初戦SS1で爆発した。事態を重く受け止めたGRでは、その経験を活かして改めて燃焼の仕方を学び、高燃圧への対応、軽量ピストンの採用、同弁系の強化、エンジンオイルクーラーの多段化、クーリングファンの高出力化などを図った改良型エンジンを誕生させた。
この改良型エンジンは市販モデルとしてGRカローラに先行搭載されているが、GRカローラはトルク値のみ370Nm(37.7kgf・m)/3000~5550回転と最大値が低く、発生回転領域が広い。
ここで改めてスペックを確認する。従来型の最高出力は200kW(272ps)/6500回転、最大トルクは370Nm(37.7kgf・m)/3000~4600回転。対する新型の最高出力は224kW(304ps)/6500回転、最大トルクは400Nm(40.8kgf・m)/3250~4600回転。
ちなみに、『GRMNヤリス』の最高出力は200kW(272ps)/6500回転、最大トルクは390Nm(39.8kgf・m)/3200~4000回転だ。
従来型と新型のエンジン性能曲線図を比較すると、新型は5000~6500回転にかけて出力がグンと伸び、7000回転時点でも20kW以上高い。またトルクも3000回転以上で上乗せされ、きれいな台形カーブを描き、7000回転時でも従来型を40Nmほど上回る。
これらの値はターボチャージャーにスクランブルブーストが掛かった状態だ。今回はサーキットが舞台だったので出力&トルクの向上効果がはっきり体感できたわけだが、過去に筆者が公道で試乗してきた従来型GRヤリスやGRカローラのドライバビリティなどから想像すると、新型GRヤリスの公道における高い柔軟性は容易に想像できる。
◆従来モデルよりもマイルドな乗り味に「匠」な懐の深さ
今回、サーキット走行を通じて筆者がもっとも新型を意識したのは、徹頭徹尾、落ち着きを保ち続ける車両の挙動だ。高められたボディ剛性と前後のバネ/ダンパー特性の変更、ダンパーとボディの締結ボルトを3本にしたことの相乗効果で、結果的に車両挙動が安定(弱アンダー)方向になった。これが大きな要因だ。ここに前述した4WDモードセレクトの前後駆動力配分に見直しを加えたことで、ある領域から車体の向きがスパッと変わる、従来型の過度な特性がマイルドになった。
具体的には、バネレートを前輪4N/mm、後輪2N/mmアップさせ、それに応じてダンパー減衰力を弱めた。同時に前側スタビライザーのレートを上げている。つまり、ちゃんと動く足でしなやかさを出して適応する走行シーンを増やしながら、強化したスタビライザーでロールを減らしセットアップを完結させた。
さらに、ボディ剛性向上に効果的なスポット溶接打点数を約13%増やし、微細な振動を抑制する構造用接着剤の塗布部位を約24%拡大することで、すっきりとした乗り味も両立させている。おそらく公道でも、しなやかさが実感できるはずだ。
次に従来型の6速MTに乗り換えて、新型と同じ運転方法で走らせてみる。従来型と新型ではタイヤのサイズ/銘柄/指定空気圧まで同じだが、直線路でステアリングを左右に大きく切り込んだだけでもパキッと張り詰めた車体の動きを感じる。強い加減速を行った際や、大きく切り込んだステアリング操舵後のアクセルワークは、新型よりも繊細さを求めてくる。
ただし、ここは従来型の醍醐味でもあり、冒頭の話にもつながる。従来型はスパッと切れ味鋭く、良い意味でスイートスポットが狭められたピュアスポーツだとすれば、新型はGRヤリス匠バージョンとして懐の深さを身につけたのだ。
もっとも、サーキットでのラップタイムを考えれば、新型の特性が優れているのは明白ながら、たとえばクルマとの細かな対話が重要になるゼロカウンター領域でみせた高いコントロール性は従来型の美点だ。
◆DCT並みの変速スピード!裾野を広げる「DAT」の実力は
続いて、裾野を広げるモデルのひとつ、DATに乗り換える。クロスレシオ化された8速のうち1~6速のトータルギヤ比は6速MTに近づけながら、7~8速を巡航ギヤに位置付けた。
開発陣曰く「変速の速度を早めることが開発の主眼」というだけあって、タイムラグと変速に掛かる時間の合計は0.3秒とDCT(デュアルクラッチトランスミッション)並に素早い。ちなみに6速MTをプロドライバーが変速すると0.6秒以上掛かるという(数値はいずれもトヨタ調べ)。
素早い変速の恩恵を誰もが受けられるDATと、滑りやすい雨天のサーキットの組み合わせは、じつに楽しく、そして得がたい安心感に包まれていた。両手でステアリング操作に集中できるし、なによりマニュアルモードでのパドル操作を通じた変速時間が短いからだ。DATは作り込みも丁寧に行われ、たとえばサーキットでの連続走行でも耐えるようにクラッチ材の強化も行っているという。
このDATには、「Dレンジ」と、ドライブモードセレクトの「スポーツモード」を組み合わせた場合に、Dレンジのままで必要なギヤ段までのシフトダウンをブリッピングを伴いながら行う機能がある。ここではブレーキペダルの踏み込み方をドライバーの意思としてシステムが読み取っている。
たとえば、富士スピードウェイの1コーナーでは、適切なブレーキペダルの踏み込みにより6速から3速までのシフトダウンを自動で行うというが、開発陣曰く、「サーキットに合わせた作り込みもさらに必要」とのこと。
よってDAT初走行となる袖ヶ浦フォレストレースウェイでは若干、自動で行われるダウンシフトがドライバーの意思と合致しないシーンもあった。これはブレーキペダルの踏力を中心にシステムが変速可否を判断するからで、たとえば緩減速(≒弱いブレーキペダルの踏力)ではダウンシフトが行われない。
試乗後、そこを開発陣に伺うと、「たしかに、緩減速の制御はこれからの課題です」とのことだった。とはいえ、従来からあるATのDレンジではリズミカルなサーキット走行が得意でなかったことを考えるとDATの効果は大きい。
車両重量はDATがMTよりも20kg重いが、20kgはすべてフロントの軸重に掛かる。よって、今回のような雨天で滑りやすい路面では前輪に荷重が掛かりやすく、走りやすい場面もあった。さらにDATではMTとの操舵フィール上の差異が最小限になるようにEPS含めたステア特性を何度作り込んだというだけあり、MTから乗り換えた直後でも違和感を抱かなかった。
◆「GRヤリス」はまだまだ進化する!
GRヤリスのチーフエンジニアである齋藤尚彦さんは、新型GRヤリスにかける想いをこう述べた。
「GRヤリスは、2020年夏に生産を開始しましたが、ここをスタートラインとしてこれまで鍛えてきました。世界では2万5000台以上のオーナーがいらっしゃる。こうしたファンに支えられ、スーパー耐久、全日本ラリー、GRヤリスをベースにしたモデルでラリー1のホモロゲーションを取得し、ラリー1にも参戦できました(本取材後の2024年1月1日には「GR Yaris Rally2」がラリー2のホモロゲーションを取得)。さらにうれしいことにWRCでは2021年から3年連続でタイトルを獲得できました!」と声を大にする。
齋藤さんは続けて、「ラリーモデルは市販車との関係が密接。2023年9月のS耐もてぎでは、GRヤリスの8速ATモデルを出走させましたが、新型GRヤリスに設定したDATには、そこでの実戦経験を市販車に織り込みました。熱の問題、LSDの問題など課題を出しきり、対応することで進化させてきました。レース環境でも使えるタフなATがDAT。この先も実戦で鍛えることをやめず、さらなる進化をGRヤリスでは目指します」と今後の抱負を力強く語った。
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