【試乗記】レクサスLC500コンバーチブル(FR/10AT)
この音を聴いてくれ
クーペの3年遅れとは
クーペに遅れること3年3カ月である。このスケジュールには新型コロナウイルスの影響もあっただろうが、コンセプトの公開時期を見るに、初期段階から“クーペの3年遅れ”という時間軸で企画開発されてきたと思われる。そう考えると、このコロナ禍にあって、当初予定から3カ月しか遅らせなかった点は、トヨタの底力を称賛すべきなのかもしれない。
ただ、この種のラグジュアリーなパーソナルカーは“旬のもの”でもあり、富裕層は総じてせっかちだ。聞くところでは、LCから使われた「GA-L」プラットフォームの熟成に人員をさいていたことも、3年という歳月を要した理由だという。しかし、こうした車型バリエーションの追加設定は、数カ月から半年くらいのタイムラグが業界の相場である。企画段階から年単位のラグを想定することからして悠長にすぎるし、3年とはあまりに気が長い。
ただ、その出来上がりは見事なものである。LCの特徴的なウエストラインやヒップラインを崩さずにトップを収めた造形はたいしたものだし、ルーフを閉じたときのクーペ的な形状も流麗だ。さすがに空間や着座姿勢は犠牲になっているが、後部座席をきちんと残したのも、この種のクルマの流儀をわきまえている。これはクーペの設計当初から、給油管の配置など、コンバーチブル化を想定したパッケージレイアウトにした恩恵でもあるそうだが、であればなおさら3年もかかるとは……(しつこい?)。
ステアフィールに見る美点
最初からコンバーチブル化を念頭に設計されたという車体構造に、さらに入念な補強を張りめぐらせたLC500コンバーチブルは、オープンカーでかならず懸念されるステアリング周辺の振動の少なさがとくに印象的だ。ソフトトップの開閉で操縦性がわずか(だが明確)に変化するのもコンバーチブルの宿命だが、フロント周辺の剛性感とステアリングフィールは、トップの開閉や可変ダンパーのモードを問わずとても良好である。ここはこのクルマの美点といっていい。
LCにはデフォルトのシャシー制御モードが大きく4種類(「コンフォート」「ノーマル」「スポーツS」、そしてスポーツSからパワステの制御のみが変わる「スポーツS+」)ある。この種のシステムはダンピングが柔らかくなるほど操舵反応もマイルドに(≒遅く)なるのが普通だ。また、見た目には剛性のカケラもなさそう(?)なソフトトップでも、実際にはそれを開けるだけで車体前後の結合剛性が低下して、やはり操舵反応が鈍くなるものである。
しかし、LCはフロントまわりの動的剛性がよほど優秀なのか、あるいは2018年に新採用されたアルミダイキャスト製ステアリングサポートのおかげか、(実際にはそれらの相乗効果なのだろうが)トップやダンパーがどんなパターンでも、ステアリングは徹頭徹尾、正確にして俊敏、そしてスムーズそのものである。
ルーフの状態で変化するドライブフィール
クローズド状態では、ダンピング制御が少しばかり変化しようが、アクセルの反応が高まろうが低まろうが、乗り心地やドライビングスタイルにあまり変化がないのは、いつものレクサスだ(笑)。どのモードも快適性や操縦性をきちんと突き詰めすぎていて、どれもほどほどに乗り心地がよく山坂道でもそれなりに走るがために、結果的に“大同小異”になってしまうのが彼らの伝統である。
それは良くも悪くも日本人の生真面目さともいえる。いっぽう、ドイツの高級車ブランドはこういうところで「どうせ使うのはひとつでしょ?」と、確信犯的に遊びに走ることが多い。どちらの態度がエンジニアリングとして正しいのかは断言しづらいが、走行中にモード切り替えをイジくって、楽しく勉強になるのはドイツ車のほうだ。
それはともかく、LC500コンバーチブルを路面の荒れた山坂道で楽しむとき、トップを開けて、可変ダンパーを柔らかいモードにするほど、操縦性は少しずつ神経質になってくる。こういう場合、たとえば8シリーズ カブリオレでは反応は鈍くなるが動きもおっとりとして、スピードが出せなくなるかわりに落ち着きも増す。しかし、LCは自慢のステアリングは鋭く滑らかなままなのに、上下方向の動きが大げさになり、フロントに対するリアの追従があいまいになっていく。
オープンで聴くV8の美声
ただ、もはや世界でも超希少種となってしまった自然吸気V8エンジンを存分に回すと、そうした細かいツッコミ心すら消し飛んでしまうのも事実だ。4500rpm付近で何かが開放されてから、トップエンドの7200rpmまで駆け上がるときの5リッターV8は、昨今のターボエンジンのようなくぐもりとは無縁の澄んだ美声を放つ。前方の吸気音と機械音、そして後方の排気音の両方が、ちょうどフロントシートあたりにダイレクトに届く。しかも、回転上昇とともにじわじわとレスポンスが高まり、トルクを積み増していく滋味深いドラマ展開にはホレボレするほかない。
LCコンバーチブル最大の価値は、このV8サウンドを最高の環境で聴けること……とは開発陣も公言しているが、実体験すると、それが単なるハッタリではないことに気づく。よくよく聴いていると、その快音は単純に外からの音ではなく、車内での響きが効いている……と思ったら、やはり吸気音をキャビン内に共鳴させるサウンドジェネレーターなどで、音を緻密にチューニングしているらしい。
レクサスらしい一点突破型のプロダクト
もちろん、ネックヒーターは今や特別な装備でもなんでもないのだが、LCのそれは車速やトップ開閉状態に応じて出力を自動調整したり、風向きを変える可動フィンも備えていたりと、非常に凝った内容である。また、シート本体もコンバーチブル専用の“見せる”デザインであり、座面設計もコンバーチブル専用の“深吊り”構造にして、着座時のたわみ量を多くして乗り心地を改善しているんだとか。とにかく、いろいろと芸が細かい。
まあ、クルマとしてのハードウエアの完成度については、前記8シリーズ カブリオレや「ポルシェ911カブリオレ」と比較すると、まだまだ無敵のオールラウンドカーとはいいがたい。しかし、“V8を聴かせる”という一点突破的な魅力は、いかにもレクサス的といえる。初代「レクサスLS」は静粛性ひとつで世界を驚かせたし、その他のレクサスも、競合するドイツ車と比較すると一点突破型が多い。つくっている開発陣は、そんなつもりはないのかもしれない。しかし、現時点のレクサスはまだまだ挑戦者だ。
いずれにしても、LCコンバーチブルは「普通に乗っているだけで、遊んでいるようにしか見えない」クルマであり、そういう存在はとくに日本車では希少である。デザイン的な存在感も海外勢に負けていない。せっかくじっくり時間をかけて開発した(だから、しつこい!)のだから、このまま磨きをかけながら、長くつくり続けてほしい。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
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