28歳のオーナーが、結婚を機にこのクルマを愛車に選んだ訳とは?2011年式 レクサスIS F(USE20型)
1台のクルマにあらゆる理想を追い求める。
パワーやスピードをはじめとする性能・快適性・実用性・信頼性…。世の中には数多くのクルマが存在するが、これらすべての要素を高次元で融合したモデルは意外と少ない。
特定の要素を追求する以上、犠牲になるものが出てくる。それは仕方がないことだ。例えば、パワーやスピードなどの性能を追求すればするほど、多くの場合、燃費が悪化するのは避けられない。また、タイヤや油脂類などの消耗品の交換サイクルも短くなるだろう。
そういう視点でクルマを捉えたとき、日本車の優秀性が際立ってくる。外気温が35度を超える猛暑日でもスイッチ一つでエアコンが作動して、あっという間に車内を冷やしてくれる。故障といえば電球の玉切れくらいだろうか。いずれも、現代の日本車であれば当然かもしれない。しかし、機械として捉えたとき、日本車は極めて優秀な工業製品だと思う。これは各メーカーを始めとした自動車業界のサプライヤーの努力の結晶といえるだろう。
今回の主人公である28歳のオーナーは、あらゆる要素を兼ね備えたクルマを手に入れる必要があった。なぜなら取材後に入籍して既婚者となったからだ。では、なぜオーナーはレクサスIS Fを愛車に選んだのか?今回はその理由をひもといていきたいと思う。
「このクルマは2011年式 レクサスIS F(USE20型/以下、IS F)です。手に入れてから3ヶ月。これまで約1万2千キロ走りました。購入時には2万8千キロ台だったオドメーターも、現在は約4万キロです」
IS Fといえば、レクサスが2007年に放った、同ブランドのプレミアムスポーツだ。ボディサイズは全長×全幅×全高 4660×1815×1415mm。標準のISに対して85mm長く、20mm幅が広く、15mmほど全高が低められている。「2UR-GSE型」と呼ばれる、排気量4968cc、V8気筒DOHCエンジンが搭載され、最大出力は423馬力を発揮する。オーナーの個体は、IS Fでは「中期モデル」にあたり、SACHS製のダンパーの採用をはじめ、コイルスプリングおよびバウンドストッパーなどサスペンションのチューニングを最適化したモデルだ。また、メーカーオプションとして、新デザインのBBS製19インチ鍛造アルミホイールが用意された。オーナーの個体はこのBBS製のホイールを装着しており、より精悍な印象を受ける。
IS Fをじっくり眺めてみると、見た目はノーマルのISとさほど変わりはない(ように映る)。しかし、ヤマハ発動機がチューニングしたというエンジンや、テールに配された4連エキゾーストディフューザーをはじめ、クルマ好きの琴線に触れる演出が随所に施されている点に注目したい。その手法は、メルセデス・ベンツ500E/E500(W124型)や、AMG、BMW Mシリーズなど、さりげなくハイパフォーマンスカーであることを主張するドイツ車と同じ軸線上のクルマといえるかもしれない。
さて、結婚を機にIS Fを選ぶにあたり、仮に予算の面でメドがついたとしても、奥さまの理解がなければ実現は困難だ。その点、オーナーは幸運だったといえる。実は、オーナーの奥さまとその愛車を以前取材させていただいたことがある。真紅の86(しかもMTだ!)を愛車に持つ女性オーナーその人だ。当時、交際していた彼氏が、このたび晴れてご主人になった…というわけだ。
「結婚するまではロータス エリーゼに乗っていました。前オーナーさんから『しっかりメンテナンスしてある』と伺っていたのですが、トラブル続きで工場に預けることもしばしば。しかも、私と妻(当時の彼女)の愛車は、2人とも『2ドアのMT車』でした。交際期間中はキャラクターの似たクルマを所有していることをネックには思いませんでしたが、結婚したとなると話は別です。しかも、妻は86のことをとても気に入っていますから、故障が頻発するエリーゼを手放し、私が家族用のクルマに乗り換えることにしたんです」
ロータス エリーゼの故障が頻発していたのは気の毒だが、お互いに「自分のクルマを手放すつもりはない!」と、結婚早々に夫婦喧嘩を回避できただけでも良かったのかもしれない…。
「当初、6.3L NAエンジンを搭載したメルセデス・ベンツC63 AMG(W204型)の中古車を考えていました。しかし、今後予想される維持費やトラブルのことを考えると決断できなかったんです。そんなとき、知り合いから『速くて壊れないクルマがあるぞ!』と声を掛けていただいたのがこのIS Fでした。妻にも現車を見てもらい、彼女も運転できそうであることも確認できたので、購入しました」
とはいえ「家族用」のクルマとしてのIS Fを選ぶとは!クルマ好きとしては実にうらやましい反面、なかなか過激な選択に思えるが…。
「高性能・実用性・信頼性・クルマとしての魅力を高次元で兼ね備えたモデルって、意外と少ないように思います。その点、IS Fは理想的な1台でした。C63 AMGの他にBMW M3(E36型)も好みなのですが、1台で何でもこなせるかというと、それなりに古いモデルになりつつあるので、ちょっと厳しいように感じます。
実は、自動車関連の仕事に従事していて、これまでさまざまな国内外のベーシックなクルマから、ハイパフォーマンスカーにも触れる機会に恵まれました。私自身、10代後半から20代前半に掛けて、日産 スカイラインGT-R(R32型)や、各部をチューニングしたマツダ RX-7(FD3S型)などにも乗りましたし、自分自身でメンテナンスしたこともあります。
幼少期の頃からクルマ漬けの人生を送ってきたので、結婚を機に大人しくミニバンに乗り換え…とは、なかなか踏ん切りがつかないんです。そのことは妻も理解してくれているので、とてもありがたいですね」
いくら自動車関連の仕事に就いているとはいえ、失礼ながら28歳とは思えないほどクルマ選びの基準がシビアであり、明確であることに驚いた。オーナー自身のこれまでのさまざまな実体験の蓄積が、いまの価値観を作りあげているように思えてならない。そうなると、原体験も気になるところだ。
「私の場合、父親の影響が大きいと思います。父も自動車関連の仕事を生業にしていました。私が幼少期の頃に他界してしまいましたが、BMW 2002ターボや、トヨタ マークII GTツインターボ(GX81型)などに乗っていたことを記憶しています。そういえば、2台とも当時のハイパフォーマンスセダンですよね。小さい頃には開幕したばかりのGT選手権のレースや、御殿場にあったフェラーリ美術館などにも連れて行ってもらいましたが、いまでもスーパーカーよりも“箱車”に魅力を感じてしまうんです。そう考えると、結婚を機にIS Fを選んだことは自分自身でも合点がいきますし、好きなクルマのジャンルについても父親の影響を受けている可能性は高そうですね」
単なる偶然か、それとも必然だったのか。オーナーも結婚を機に、父親と同じハイパフォーマンスセダンを選んだことになる。天国で、父親も喜んでいるか、もしかしたら「血は争えないな」と苦笑いしているかもしれない。そんな、不思議なめぐりあわせでオーナーのところに嫁いできたIS F、実際に手に入れ、走らせたときの印象を伺ってみた。
「1万2千キロ走らせてみて、高い実用性とタフさに驚きました。油脂類やタイヤ、ブレーキパッドなどの消耗品をきっちり交換していれば壊れる心配をしなくてよいという安心感は絶大です。走りの印象ですが、AMGやBMW Mシリーズと比較してエンジンの官能性は劣るように思います。しかし、"8-Speed SPDS(Sport Direct Shift)"と呼ばれる8速ATの出来の良さ、足まわりの印象など、高次元でバランスが成り立っているクルマという印象です。下手にチューニングして、わざわざこのセッティングを崩す必要はないと考えています」
無闇にパワーをあげたり、大径のホイールを履かせたり…。効果は期待できそうだが、場合によってはクルマにもダメージを与えかねない。これまでのさまざまな経験を通じて、オーナーもそのことを熟知しているのだろう。
「運転する楽しさだけを比較するならば、エリーゼの方が上だったかもしれません。エアコンレスで、乗り降りも大変。故障も多かった。とても気に入っていましたが、一瞬の快楽と引き換えに失うものも多かったんです。その点、IS Fは高性能車でありながら、実用的です。このクルマは“家族用”でもあるわけで、壊れる心配がない点もありがたいです」
オーナーのとなりで取材の様子を見守っていた奥さまにも、IS Fの印象を伺ってみた。
「私にとっては“いたって普通に乗れるオートマ車”です。主人はパドルシフトを使ってスポーツドライビングを楽しんでいるようですが、私はあくまでもAT車として乗っています。夫婦で移動するときもIS Fに乗ることが多いですね。86はMTの走りを楽しみたいときのためのクルマという風に役割が変わりつつあります」
奥さまには酷な質問かもしれないが、86を手放してIS Fだけにするという選択肢もあるが…。
「86を手に入れてもうすぐ3年になります。手に入れたとき、ひとまず5年は乗ろうと思っていました。主人と出会ったきっかけを作ってくれた存在ですし、『そんなに気に入っているなら乗り続けて』といってくれる主人の後押しもあり、可能な限り乗り続けたいと思っています」
結婚し、やがて子どもが産まれたとしよう。そうなると2ドアクーペではスペースが限られる。そして何より、妊娠中の運転はもちろんのこと、チャイルドシートに載せた子どもを乗り降りさせるだけで一苦労だ。クルマに理解のないご主人だったら「86を手放して、もっと実用的なクルマにしてよ」といわれても不思議ではない。経済的な負担は増えるかもしれないが、お互いにとって「好きなクルマを所有すること」は、人生において重要な要素なのかもしれない。最後に、現在の愛車と今後どのように接していきたいか、お二人に伺ってみた。
「自分にとっては相棒のような存在。ドライブや仕事の移動にも使いますし、一緒にいる時間が長いんです。このコンディションを維持するために、消耗品の交換やメンテナンスにはきっちりとお金を掛けたいです。また、妻には家族用にIS Fのような趣味性の高いクルマを所有させてもらっていることに感謝しています」
「主人からプロポーズされたときに乗っていたクルマがIS Fでした。いまでは家族の一員のような存在です。86は家族というより、親友のような存在なのかも。これからも、できるかぎり長く乗り続けたいです!」
急速にハイブリッドカーや電気自動車が普及しつつある現在、内燃機関のみで純粋に運転が楽しめるスポーツモデルは貴重な存在となりつつある。もしかしたら、10年後の未来は、IS Fや86の性能を思う存分楽しめる状況ではない可能性もありうる。そういう意味では、オーナーは「いましかできない決断」を、奥さまの理解もあって実現させることができたといえる。
やがてお子さんが産まれ、パパとママは、そのときの気分やシチュエーションに応じてそれぞれ自慢の愛車で出掛けるという日が訪れるのだろう。
お互いのクルマに対する価値観や愛車を尊重しあえる。今回は、クルマ好き夫婦としてひとつの理想形を取材できたように思う。困難に直面することもあるかもしれないが、お二人で協力して乗り越えていってくれることを願うばかりだ。どうか、末永くお幸せに…。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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