【試乗記】トヨタ・アクアG(FF/CVT)
大物はあわてない
売れ行きはいまひとつ?
というわけで、トヨタ公式ウェブサイトに公表されているモデルごとの「工場出荷時期目処のご案内」によると、アクアは注文から3カ月程度(2021年10月15日時点)とされている。ただし、「ヤリス」は同じ10月15日時点で4カ月程度、「ヤリス クロス」はさらに4カ月以上と、新型のアクアより納車待ちは長い。これらを見るかぎり、新型アクアは少なくとも“バカ売れ”というほどではなさそうだ。
新型アクアは内装の質感や静粛性、乗り心地、後席やトランクのせまさ、そして人によっては拒否反応が出そうなアクの強いスタイリング……といったヤリスの物足りない部分をことごとくカバーした商品だ。で、価格もヤリスと同等。「日産ノート」や「ホンダ・フィット」などの他社競合車と比較しても、客観的な商品力で負けているところはほとんどないと思われる。
そこにトヨタの販売力が加わるのだから、デザインや乗り味といった主観的な要素をひとまず横に置けば、新型アクアが売れない理屈はない。なのに、実際には発売直後から納車待ちがヤリス系より短いとは、業界スズメには想定外の事態なのである。だからこそ「思ったより売れていない!?」といった記事がちらほら出てくるわけだ。
上質感あふれるインテリア
シフトレバーはセンターコンソールから追いやるためにバイワイヤ化された。そのおかげで、ヤリスと同様の自動駐車システム(商品名は「アドバンストパーク」)も、シフト切り替えが不要のほぼ“フルオート”になった。ただ、さすがに電動パーキングブレーキはコスト的に厳しかったのか、旧態依然の足踏み式パーキングブレーキなのが、周囲のハイテクとの落差がやけに大きいのが唯一の弱点か(笑)。
後席やトランクはノートやフィットより広いわけではないが、明確に見劣りはしない。窓が小さいので後席に閉所感はあるものの、リアドアの上半身を後方までグッと切り欠いたおかげで、乗降性が非常に高いのには感心する。
新型アクアのパワートレインは、1.5リッターエンジンやモーター部分はすべてヤリス系と共通である。車重はヤリスよりちょっと重い。それでも実際の走りがヤリスより明らかにパワフルなのは、話題の「バイポーラ型ニッケル水素電池」の恩恵が大きい。
威力絶大の新型駆動用バッテリー
それに加えて、乱暴な充放電にも強いというニッケル水素本来の特徴もあいまって、アクセルを踏み込んだときのグイッと前に出る加速感はヤリスより一枚上手だ。さらに、静粛性もヤリスより明らかに高い。大容量電池によってエンジンを停止したまま走るEV走行領域が広がっているとともに、車体各部の遮音・吸音が入念なのか、エンジンがかかってからも新型アクアのほうが静かである。
一見、いいことずくめのバイポーラ型ニッケル水素だが、開発担当氏に「もはや既存のリチウムイオンは不要では?」とうかがうと、そうではないらしい。重量エネルギー密度ではリチウムイオンにやはり分があるようで「大量の電池を積まなければならない電気自動車には、重量面でリチウムイオンがまだ有利」とのことである。なるほど、それは残念。
新型アクアではシステムを「パワー+」モードにすると「快感ペダル」と呼ばれる新制御が発動して、日産のワンペダルドライブに似た運転感覚が味わえる。日産の最新「e-POWER」と同じく完全停止にまではいたらないが、それ以外はほぼアクセルワークだけで事足りる……というのが売りである。ただ、現状ではここぞというときの減速Gがわずかに足りないなど、新型ノート(の「エコ」モード)ほどの、熟成された以心伝心感はない。
新型ノートではそのエコモードがデフォルトの設定になっているが、アクアの快感ペダルはハイブリッドの起動ごとにパワー+モードにしないと使えなくなっている。さすがのトヨタも、この部分に絶対の自信はまだない?
昔ながらのトヨタ風味
いっぽう、今回の試乗車はスウィングバルブショックアブソーバー非装備の「G」グレードで、タイヤも標準の15インチのままだった。その乗り味はひと昔前のトヨタを思わせる“なまくら”なところがあって、個人的にはちょっと笑ってしまった。ステアリングフィールは正直なところ、今どきとしては少しデッドで、反応も鈍い。
しかし、乗り心地は素直に快適だ。今回の撮影を担当した向後一宏カメラマンはプライベートではフランス車ばかりに乗っており、ときに後席から車窓風景を撮影することもある。いわばプロの乗り心地フェチ(?)だ。そんな向後さんの乗り心地評には私も絶大の信頼を置いているのだが、新型アクアの後席にまつわる向後さんの評価は「先日乗った『ノート オーラ』より何倍も快適で、圧倒的に撮りやすい」というものだった。それには私も全面的に同意である。今回の向後さんもさすがだ。
なまくらはなまくらでも、不正確でないのは昔のトヨタとはっきり異なるところだ。また、ムチを入れてフルバンプに近い領域で走らせたときの、いい意味での歯ごたえも昔とはちがう。こういう場面では想像以上に安定しており、高剛性と低重心、低慣性マスを売りにする「GA-B」プラットフォームの素性の良さがうかがえる。
ショックはこれからやってくる!?
このような高電圧システムの設計変更は、われわれ素人が考えるほど簡単ではないらしい。これだけ大量販売されるアクアで、しかも同じプラットフォームのヤリスからおよそ1年という短期間での移設と全車標準化をやってのけた開発担当者のドヤ顔を見ると、なるほど本当に大変だったのだろう。
さらに驚いたのは燃費だ。満タン法で27.0km/リッターという記録は、市街地だけをズリズリとはいまわったものではなく、高速では容赦なくアクセルを踏みつけて、山岳路でもちょっと遊んでの数値である。これは素直に素晴らしい。
これだけ機能も商品力もスキのない新型アクアだが、もともとが膨大な既納顧客の代替需要や、「クラウン」あたりからのダウンサイザーを見据えているからか、ひと目で飛びつきたくなるようなインパクトには欠ける。初期受注にあまり勢いがないのも、そのせいかもしれない。
ただし、新型アクアは「競合車とならべられて、こと細かに比較されて、熟考を重ねられて、消去法的対決に持ち込まれるほど、最終的に勝ち残る」という典型的トヨタ車である。さらに、こうした燃費が口コミで広まるにつれて、じわじわと右肩上がりで売り上げを伸ばしていく可能性はある。ひとまずの新型アクアショックは回避できた日産・ホンダも、まだまだ安心できない?
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4050×1695×1485mm
ホイールベース:2600mm
車重:1130kg
駆動方式:FF
エンジン:1.5リッター直3 DOHC 12バルブ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:CVT
エンジン最高出力:91PS(67kW)/4800rpm
エンジン最大トルク:120N・m(12.2kgf・m)/3800-4800rpm
モーター最高出力:80PS(59kW)
モーター最大トルク:141N・m(14.4kgf・m)
システム最高出力116PS(85kW)
タイヤ:(前)185/65R15 88S/(後)185/65R15 88S(ダンロップ・エナセーブEC300+)
燃費:33.6km/リッター(WLTCモード)
価格:223万円/テスト車=261万1590円
オプション装備:ボディーカラー<エモーショナルレッドII>(5万5000円)/トヨタチームメイト<アドバンストパーク[シースルービュー機能付きパノラミックビューモニター+周囲静止物パーキングサポートブレーキ]>(9万7900円)/停止時警報機能付きブラインドスポットモニター<BMS>+前後方静止物パーキングサポートブレーキ+後方接近車両パーキングサポートブレーキ(4万6200円) ※以下、販売店オプション アジャスタブルデッキボード<2段デッキ>(1万4300円)/トノカバー(1万6500円)/LEDフォグランプ(2万9590円)/ETC2.0ユニット<ビルトイン>ナビキット連動タイプ<光ビーコン機能付き>(3万3000円)/カメラ別体型ドライブレコーダー<スマートフォン連携タイプ>(6万3250円)/フロアマット<デラックス>(2万5850円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:3497km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:267.2km
使用燃料:9.9リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:27.0km/リッター(満タン法)/26.9km/リッター(車載燃費計計測値)
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