【試乗記】トヨタ・クラウン クロスオーバーG“アドバンスト・レザーパッケージ”(4WD/CVT)
維新の風は前からも吹く
THE高級車
そのクルマが110系の「4ドアハードトップ スーパーサルーン」だった。過去最高の人気となった120〜130系が登場する前夜のモデルではあるが、ちまたでは既に初代「ソアラ」と並ぶ頂点という雰囲気を漂わせていて、部屋に松田聖子と「RZ350」のポスターを貼っていた高校生風情にもそのオーラは伝わってくる。
別珍というかベロアというか、ぬるっとした肌触りの後席に座ると、体がふかっと沈み込むように包まれて、ドアを閉めると車内がしんと静まり返る。もう、その後のことはよく覚えていない。エンジンがかかってるんだかなんだかよく分からないうちに、そして走ってるんだかいないんだかワケが分からないうちに家のあたりに着いていた。
それはわが家の10年落ちの「スプリンター」とは時空すら異なる感のある移動体。初めて見たものをお母さんだと思うアヒルのように、僕はクラウンを宇宙から舞い降りた高級車の母として育つことになった。上京するとそれがタクシーとして普通に走っていることに、東京は恐ろしいところだと思うこともあったが、程なく世間ずれしてクラウンのある風景が日本の日常だと思うようになるのだから、やっぱり東京は恐ろしいところだと思う。
恐らく日本人の最も多くが、僕のように乗るなり乗せられるなりして意識し、体験してきた高級車。まあ高級車という表現もどうかと思うが、なぜかクラウンにはその形容がしっくりくるのも確かだ。
こういう昭和的感性から平成を挟んでこの令和的な感性まで、くまなくカバーすることが求められる。創業何百年の酒蔵や製菓処だって、その時々の素材や生産設備の時流をも嗅ぎ取りながら、変わらないと認められるがために微妙に変わる努力を重ねているという。そこにテクノロジーという超倍速バイアスも絡んでくるクルマとして、日本最古の看板がどうあるべきかのオペレーションはさぞや大変なことだろう。現に21世紀から向こう、クラウンの歴史は「ゼロ」だの「リボーン」だの「ニュル」だのと、何がなんでも生き抜かんというキーワードに彩られるものだった。
FFと呼ばないで
プラットフォームは既報のとおり「GA-K」、つまりエンジン横置きFF系となった。国際化、すなわち現地生産対応のためには譲れなかった一線でもある。ついにFRの歴史が途切れたか……というセンチメンタルだったりメランコリックだったりという心境は無ではない。が、巷間(こうかん)言われるとおりに電動化が進んだ日には、もうFRもへったくれも関係なくなってしまうのも確かだ。それは必ずいつかは受け入れなければならない変節でもある。ただし、僕のような世間ずれしたクルマ好きに「FFかよ」となじられないようにか、全グレードで後軸にもモーターを持つ四駆となっている。
パワートレインはトヨタのDセグメント級の主力ユニットとなる、ダイナミックフォースエンジン「A25A-FXS」を基にした「E-Four」のハイブリッドに加えて、新型「レクサスRX」への採用でその全容が明らかになった「デュアルブーストハイブリッド」の2種類を用意。うち、後者は2.4リッター直列4気筒直噴ターボの「T24A-FTS」を基に駆動用モーターを直結し、6段ATを介してパワーデリバリーのダイレクト化を図ったうえで、後軸側にも大出力水冷モーターを配することで349PSの総合出力を得ている。加えて前後の緻密な駆動制御による運動性能面での効果もオンロードのアジリティーを意識したものとなっており、前後駆動配分は100:0から20:80と、モーターで後軸側を積極的に蹴り出すユニークな仕組みとなっている。
エンジニアによれば、E-Fourハイブリッドの側は従来の「ロイヤル」シリーズ的な需要を、デュアルブーストハイブリッドの側は「アスリート」的な需要をカバーするようなキャラクターを意識したという。が、今回は後者の出荷が間に合わずということで、試乗車は前者のE-Fourのみとなった。
送迎用途もクロスオーバーで
この長所をもってクラウン クロスオーバーは、従来の法人需要やショーファードリブンのようなお決まりもののニーズも押さえていくという狙いでつくられた……と、そんな話を主査から聞いた時はちょっと驚いた。
霞が関や丸の内でウロウロしている、いわゆる黒塗りのハイヤー的なものがこれに置き換わる。いや、なんとあらばパトカーもこれ? でも後席乗り降りしやすいとか関係ないよなぁ、署員と容疑者しか乗らないし……と、サイバーパンクな情景を思い浮かべるに、背中がゾワゾワしてくる。日本において乗せられるという様式美は「アルファード」や「JPN TAXI」という引き戸ものがほぼ制圧してしまったが、クラウンはここまで形を変えてでも、まだそれにあらがおうとしているのだ。
確かにこのクルマを紹介するカタログやwebサイトを見ると、ホテルのエントランスらしきところに送迎で乗りつけたかのような姿や、後席にビジネスパーソンが陣取る様子が載っている。しかもその上座側に座るのは、いかにもやり手そうなショートカットの女性だ。腰に湿布貼った役員のオッさんはそれこそアルファードに放り込んどけとばかりに、トヨタはこうやって路上の景色や人々のマインドを若返らせようとしている。その前のめりな意気込みはくんであげたくなる。
パッケージががらりと変わったことにより、前席背後に据えられた大型アシストグリップは必要がない。ドアアームレスト下にあったトランクオープナーもロアダッシュに移されている。探した限り、これぞクラウン的な装備だったスイングルーバーもついに廃されてしまった。往々にして女々しいのは男子の側で、こうやって死んだ子の年を数えるようにクラウンの伝統を追ってしまう昭和のオッさんをよそに、クラウン クロスオーバーはここでも過去を振り切っている。ただし、至って中庸で驚きのない内装の質感や後席ドアの荒い開閉音など、静的な項目はさすがにおやじの小言を授けたくなる部分もあった。
繰り返す堂々巡り
バネもののレートが柔らかくても動きが散らからない理由のひとつにはリアステアの採用があるのだろう。ライントレースはピタリ正確で、旋回姿勢もロールが少なめで安定感が高い。乗りはじめの低速域ではちょっと効きすぎの感も抱くが、すぐに慣れてしまった。総じてデバイス的な違和感はよく抑えられていると思う。
巨大なバネ下まわりはさすがにやりすぎではと思ったが、21インチタイヤが想像よりも快適性に悪影響を及ぼしていなかったのはユニフォーミティーの高いミシュランの加勢に加えて、ホイールをハブボルト締結にした効果もあると思う。ただし、ノイズレベルが低いぶん、100km/hを超えたあたりからはAピラーまわりからの風切り音が少し気になるところがあった。
総じて静粛性も乗り心地もレベルは高く、運動性能は意外なほど優れている。でも、あの日あの時の、ふかっと沈み込んだ体を音もなく運んだ(ように思えた)クラウンの衝撃が上書きされたかといえば、そこまでには至らなかったのも確かだ。クラウンを目指したことはよく分かる。でもクラウンはこうじゃない。2つの思いが堂々巡りを繰り返すばかりで答えが出ない。なんとも判断の難しいクルマである。
英国女王が亡くなられたその年に、日本の冠がこんな激変を迎えたことにちょっと因縁めいたものを感じたが、それは同じ『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』でも、セックス・ピストルズのような守旧に対する破壊ではなく、クイーンのような敬意を込めた変異なのだろう。僕のなかではまだ過去との擦り合わせがうまくいかなくてつかめないでいるクラウン クロスオーバーだが、年や気持ちが若き皆さんはこんなオッさんのたわ言などに耳を貸さず、自分の感性を当てはめてピンときたら迷わず選んでほしいと思う。その決断は日本の変革への清き一票へとつながるはずだ。
(文=渡辺敏史/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4930×1840×1540mm
ホイールベース:2850mm
車重:1790kg
駆動方式:4WD
エンジン:2.5リッター直4 DOHC 16バルブ
フロントモーター:交流同期電動機
リアモーター:交流同期電動機
トランスミッション:CVT
エンジン最高出力:186PS(137kW)/6000rpm
エンジン最大トルク:221N・m(22.5kgf・m)/3600-5200rpm
フロントモーター最高出力:119.6PS(88kW)
フロントモーター最大トルク:202N・m(20.6kgf・m)
リアモーター最高出力:54.4PS(40kW)
リアモーター最大トルク:121N・m(12.3kgf・m)
システム最高出力:234PS(172kW)
タイヤ:(前)225/45R21 95W/(後)225/45R21 95W(ミシュランeプライマシー)
燃費:22.4km/リッター(WLTCモード)
価格:570万円/テスト車=598万2150円
オプション装備:ボディーカラー<ブラック×プレシャスブロンズ>(16万5000円)/デジタルインナーミラー(4万4000円) ※以下、販売店オプション フロアマット<エクセレントタイプ>(6万7100円)/HDMI入力端子(6050円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:3250km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:--km/リッター
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