真っ向勝負。 [レクサスIS 古山淳一 チーフエンジニア](3/4)

分からないから、とにかく「やってみよう!」

2008年にレクサス本部に異動になる前、私は仕事とは全く関係なく、プライベートで、ISをマイカーとして乗っていました。その時はまさか、自分 がその開発責任者になるとは夢にも思っていませんでしたけど…。もともとコンパクトでキビキビ走るクルマが大好きな自分がマイカーにするくらいですから当 然、「ISはとても走りが楽しいクルマだ」と思っていましたし、気に入っていました。しかし、いざ、その開発をするにあたり、ライバルのBMWの3シリー ズと乗り比べてみたとき、「正直、これは負けているな」といわざるをえませんでした。「BMWの3シリーズに勝つぞ!」と決意したのは、乗り比べる前です から、当然ながら勝算があったわけではありません。ただ、「勝たなければいけない!」という使命感があっただけです(笑)。

それどころか、現実にはBMWの3シリーズとISには相当の差がありました。それは何が原因で、どうすれば解決できるのかの糸 口さえもない状態でした。しかも、比較した相手は当時発売されていたモデルで、その後、モデルチェンジが予定されていましたから、相当のアドバンテージを とっておかないと、軽く追い抜かれてしまいかねません。

さて、どうしたものか?と考え抜いた挙げ句、まずは「なぜ、こんなに差が生じているのか?」その要因を明らかにすることから始 めました。その手法はすごく原始的で単純な方法です。気になるパーツをBMWの3シリーズとISで実際に取り替えて走ってみる。それでもし、変化が現れれ ば、それが要因と分かるし、変化がなければ、それ以外に要因があるという、さながら医薬品の開発のような臨床実験を実際のクルマでおこないました。

まず最初に着目したのが、ステアリングフィールの違いです。BMWのステアリングフィールは本当に正確だし、素直。ハンドルを 切って狙ったところに、ぴたっと曲がっていく。だから、運転していて楽しい。「これはもしかしたら、ステアリングギアボックスに違いがあるのでは?」と見 当をつけ、実際に載せ替えてみました。するとどうでしょう。ISのギアボックスを載せたBMWはステアリングフィールが、ぐにゃっとした感じになり、逆に BMWのギアボックスを載せたISはキビキビと素敵な走りになった。この結果、ステアリングギアボックスに違いがあることが分かりました。

これまでも、当然ながら、コンポーネント単位で特性を計測して比較するというベンチマークテストはいろいろなクルマでやってき ています。しかし、それだけでは分からなかった違いが実際に取り替えて走ってみるという臨床実験によって明らかになったのです。この結果には部品のサプラ イヤーのみなさんも驚き、「こりゃあ、相当頑張らなければいけませんね」と納得して、改善に邁進していただきました。

同様の方法で、次々と課題を見つけ、ドライビングポジションに始まり、ボディ剛性、ステアリングフィール、サスペンション特 性、タイヤ、アブソーバー、さらには感性と調和するパワートレーンなど、走りを構成するコンポーネントの一つひとつをきっちり磨き上げ、つくり込むことに よって、一つひとつが勝っていくことをチーム全体で確認しました。​​

負けっぷりの良さが勝因となった

そんなさまざまなトライの中で、一番困ったのが、ボディ剛性の強化です。それまでもボディ剛性が走りにおいて、すごく重要なのは分かっていました。 それゆえに、社内でもすでにいろいろなトライをやっていて、もはや、やり尽くしたという感がありました。「これ以上、ISのボディ剛性については何をやれ ばいいんだろう?」と途方に暮れていましたが、そんな中、一つだけやり残していることがありました。それが車体のパネル(板金)同士の接合部分に、パネル を面で結合する構造用接着剤を広範囲に用いて接合させる『接着』という方法です。

この方法はBMWやベンツが採用しているという事実はトヨタ社内でも認知していましたが、これまで誰もトライしていません でした。どんな効果があるのか?海のものとも山のものとも分からない状態でしたが、アタマで考えてみても答えは見つかりません。「これをやってみるか?」 と藁にもすがる思いでトライしてみました。

現行のISで接着できるところはすべて接着したクルマを実際に作って乗ってみました。すると、どうでしょう。まさに目から 鱗が落ちるような変化が感じられ、驚きがありました。いままで、いくらサスペンションをチューニングしても到達できなかったところにポンと一足飛びに届い ている。「次元が違う効果だ!」といっていい。「これは絶対にやらんといけんよね」と、設計と打ちあわせを始めました。

しかし、このボディ剛性の実現には生産ラインに相当な手を入れないといけません。新たな投資がかなり必要です。全社的にそんなことは全くオーソライズされていません。ただ、目の前に、これが実現すれば素晴らしいクルマになるという事実だけがありました。

さあ、これをどうやって実現させようか?と思案し、私たちは毎年、春と秋の2回、東富士のテストコースに新しい技術を入れ 込んだクルマを集めて実施する研修会にこのボディ剛性を強化したクルマを持ち込み、社長や役員など、いろいろな人に乗ってもらうことにしました。すると、 みな一様に、その走りの違いに驚きました。そして、「すぐやろう!」と社長の鶴の一言でGOサインをいただきました。

前述したステアリングギアボックスの件でもそうですが、口で説明したり、コンピューターでシミュレーションしたのでは理解されないことも、このように実際に形のあるモノにして違いを示すと、「こんなにいいのなら、やらない手はない」ということになります。『走りの楽しさ』といった抽象的な概念もしかりです。具体的に形にし、体感を共有することで、共通理解が進み、共通言語が生まれてくる。そのことの大切さをNew ISの開発で改めて認識しました。

また、これまで誰もこの『接着』にトライしていなかったのは、やれば良くなることはなんとなく想像できていたけど、それが どれくらい、どういう風に、効果があるのかはやってみないと分からなかった。その前に、「もっと代替手段があるだろう」ということになり、誰もやらなかっ たんだと思います。

裏返せば、もはや「その代替手段が見つからない」というところまで私たちは追い込まれていた。それくらい高い目標に挑戦し ていたということだと思います。また、これまでSUVやピックアップトラック、コンパクトカーの開発の経験の中で得た、「勝負するとき、逃げてはいけな い。真っ向から戦いを挑むべし。そして、勝ちっぷりも大切だが、負けっぷりを良くする(素直にできていないことを認める)ことで次への活路が見つかる」という開発哲学みたいなものが活かされたと思います。また、結果的にNew ISにおいて、このボディ剛性の強化が一番のキラーコンテンツとなりました。