レクサスRC 開発者インタビュー(デザイナー編)

シンプルなテーマから強いメッセージを発信する

2014年10月に登場したRCは、レクサス待望のプレミアム2ドアクーペだ。「見るものを魅了し、誘惑する“Sexy”なデザイン」というコンセプトを掲げ、イメージリーダーの役割も果たしていく。

スポーツ性とエレガンスを両立させるべく思い切ったワイド&ローのスタイルを採用した。これまでのレクサスにはなかったアバンギャルドな造形である。

レクサスの新たな方向性を示すデザインを指揮した梶野泰生氏に、その哲学を語ってもらった。

基本骨格がいいからカッコいい

「デザイナーとして四半世紀やってるんですけど、実はスペシャルティカーを担当するのは初めてなんです」

意外にも、梶野氏はこれまでカローラやプリウス、さらにはトラックなど、実用的なモデルを多く手がけてきた。まったく畑違いのようだが、考え方は同じなのだという。

「実用車というのは、どうしてもデザイン上の制約が多くなるのは確かです。ただ、レクサスのクーペを作るということには、別な意味でクリアしなければならない条件が課せられます。デザインの仕事としては、同じですね。違う部分ももちろんあって、そもそもトヨタはマーケットイン、レクサスはプロダクトアウトという性格があります。レクサスの場合、いかに先端層に訴えかけられるかということを考えなければいけません」

レクサスのブランドイメージを担うモデルなのだから、重圧は感じていたはずだ。それでも、仕事はやりやすかったと話す。

「何よりも、パッケージに恵まれていましたね。ワイドで全高を下げて、基本の骨格が非常によかった。とにかくカッコいいクルマを作ろうということで一致していたんです。カッコいいとは何かといえば、まずはパッケージ、基本骨格です。人間と同じなんですよ。スタイルのいい人は、何を着たって似合いますから」

スタイルを優先すれば、ほかの部分に負担がかかる。デザイナーとエンジニアが対立するという話はよく聞くが、RCの場合はどうだったのだろう。

「デザインの提案に対して、エンジニアから無理だよと言われることはありますよ。そこを話し合って解決していくわけです。今回は、初期の段階からそのあたりのコミュニケーションを密にしていきました。エンジニアや生産現場と一緒に詰めていったんです。こういう抑揚の強いクルマはこれまでなかったので、今回は初めから現場での作りこみを重視していました。実際に生産するのが大変なので、本当によくしてもらったと思っています」

抑揚という物理的なエレガンス表現

「アバンギャルドクーペ」というテーマを打ち出しているRCは、コンパクトなキャビンにワイド&ローのプロポーションを採用している。フェンダーは大胆に張り出し、ダイナミックな面を作り出している。レクサスのアイデンティティとなったスピンドルグリルも、これまで以上に存在感が強い。

「NXでもそうだったんですが、このデザインを見て最近のレクサスデザインはコンプリケートだとかビジーだとか言われることがあります。でも、一見複雑そうに見えて、実際のテーマや伝えたいことは非常にシンプルなんです。それは普通に考えると相反していて、だから作り込みには苦労がありました。クーペにはエレガンスが求められますから、強さだけでなく、色気のようなものも表現する必要があります」

言葉でエレガンスと言うのは簡単だが、それを造形で表現するとなるといくつもの過程を経なければならない。感覚を形にするために、どのようなデザイン手法がとられたのか。

「意外と物理的に考えているんですよ。エレガンスは、抑揚の中に表れます。手法としては、断面の変化を豊かに見せるわけです。まずはトルソー(ボディ下部)とキャビンに一体感をもたせました。クーペの場合、トルソーを伸びやかに造形してそこにキャビンをつけるという方法がとられることもあります。ダイナミックさを強調するやり方ですね。RCでは、ボディ全体のカタマリ感を出すことを目指しました。まず大きな流れの立体があり、そこに抑揚をつけてエレガンスを表現します」

キャビンの一体感を作り上げた上で、ディテールにはアローヘッド(矢じり)を思わせる造形をちりばめた。

「グリルのエッジのところやクォーターウインドゥのモールの先端など、いたるところでアローヘッド的表現をしています。サブリミナル的なアローヘッドで勢いを表現しているわけです」

スポーツの記号性を取り入れた内装

レクサスを象徴する意匠がスピンドルグリルだ。今やデザインの核になっていると言ってもいいほどの、重要な要素となっている。

「スピンドルグリルの採用は、最初はチャレンジでした。デザインキューとして強いメッセージになっていますからね。われわれは若いブランドですから、レクサスならではというところを出していかなければなりません。すでに浸透している他のプレミアムブランドに対抗するためには、強いメッセージを出していくことが必要でした」

RCでは、スピンドルグリルが全体のデザインを決定する大きな役割を果たしている。

「スピンドルグリルから生じる立体をどう見せるか、ということに力を注ぎました。スピンドルグリルはただのグラフィックではなく、立体的な造形です。ここを起点にして大きな立体が構成されていき、そこに前後がボーンボーンとついてくる。成り立ちとしては単純なんです」

内装デザインにも、相反する要素が取り入れられている。

「内装と外装の統一感は大切です。内装にもスポーツの記号性を持たせなければなりません。インパネはISのものから流用していますが、セダンと違ってこのモデルでは走る喜びを強調しなくてはいけないんです。走ることに向けた心地よいタイト感が、クーペのコックピットには必要です。大切なのは、造形の単位を大きく取ることです。ちまちまするのでなく、全体を大きくつなげるのです。一見コンプリケートに感じても、動きが大きな単位でつながっていれば、せせこましくはなりません。スポーツシートやメーターのグラフィックなどで、走りの雰囲気を強調しています。クーペらしく、エレガンスの要素も入れました。ドアトリムをレイヤー構成にしたり、アンビエント照明を取り入れたりしたんです」

梶野氏は、RCとRC Fの両方のデザインを担当した。ベースは同じでも、クルマとしての性格は大きく異なる。RCが公道での日常的な使い方を主眼においているのに対し、RC Fはサーキットでのパフォーマンスを優先したモデルなのだ。デザイン的にも、多くの部分に違いがある。

「RC Fは、純粋に機能を追求したことで生まれたデザインです。速そうな形を作ろうとしたわけではありません。空力性能を追求し、ダウンフォースを上げようとした結果、あの形になったわけです。冷却面でも、とてもシビアな要求があります。そういった要素を解析し、機能から形が決まっていきました」

和の精神が形に昇華する

レクサスはブランド立ち上げの当初から、デザインの面でもヨーロッパの自動車メーカーとは異なる考え方を明確に示していた。その中心となったコンセプトがL-finesse<先鋭-精妙の美>である。日本の美意識を表現した造語だったが、デザインの門外漢にとっては少々わかりにくかった。

「われわれは、何らかのフィロソフィがないと作っていけないところがあります。自問自答しながら、デザインの統一性を作り上げていく。確かに、L-finesseは少し深いところに入りすぎたのかもしれません。L-finesseは概念なんです。形にするには、常に進化させる必要があります。最近は、エモーショナルさや力強さを重視するようになっています。一つの現れは、スピンドルグリルです。でも、これも未来永劫(えいごう)続くというわけではありません。今も、少しずつ変えていて、常に変化を試みています。エモーショナルという言葉は誰もが使いますが、レクサスの場合はそれをトラディショナルではなく、プログレッシブなニュアンスで使います」

そこには、日本の美意識が貫かれているのだという。

「ずっと言い続けていることですが、それは相反するものの融合ということです。具体的に何か和風のものをモチーフにするということではありません。抽象的な話で、日本的な考え方なんです。それは、ヨーロッパ的な感性とは異なります。やはり、ジャーマンの感性の背景には、彫刻の深い文化があります。立体的な強さは、そこから来ています。われわれはそれをまねするのではなく、日本人として対抗できる感性を持っています」

日本の美意識が生んだ製品も、製品としてはグローバルに展開することになる。だから、何か和風な形を再現することは目指していない。和の精神が自然に形に昇華していくのを促すのだ。

「考えること、概念、ポリシーが日本的であれば、出てくるものにはおのずから反映されます。生活の中で身についていますから。例えば、日本刀を見て私たちは美しいと感じますが、あれはもともと機能を重視して作られた形なんですね。そんなことを知らなくても、美しさは感じ取れる。私自身は特に和の文化を勉強しているわけではありませんが、ごく当たり前に日本の自然や建築に触れているわけです。そういう中で感じたことを、忘れないように書き留めるようにしています。そうすると、デザインとして出てくるものは、非常に硬質に見えるけれど角度を変えるとしなやかであるようなものになったりする。日本的なマインドを持っているからこそ、ヨーロッパとは別のアプローチができるんです」

グローバルなステージで強力なライバルと競い合うことになるRCを支えているのは、日本人の持つ先鋭で精妙な美意識なのだ。

プロフィール

レクサスデザイン部グループ長
梶野泰生

内装デザインから出発し、2007年から先行デザイン部で4年間、中長期戦略に関わる。10代目カローラ、3代目プリウス、IMVプロジェクトでは新興国市場向けの世界戦略車を手がけた。レクサスでは、ESやGSのデザインを担当した。