レクサスUX 開発責任者に聞く ~チーフエンジニア編~
みんなのアイデアがあってこそ
1997年にデビューするや、高級クロスオーバーSUVというカテゴリーを切り開いたレクサスRX。LXやNXも加わりラインアップが充実してきたいま、最もコンパクトなモデルとして登場したのがUXである。「Creative Urban Explorer」をコンセプトに掲げ、新たなライフスタイルを探求するきっかけ“CUE(キュー)”となることを目指した都会派クロスオーバー。その開発にかける思いを、加古チーフエンジニアに聞いた。
- <プロフィール>
加古 慈(かこ・ちか)
1989年入社。2001年から3年間、トヨタモーターヨーロッパに出向。マイナーチェンジを機に、レクサスのハッチバック車CTのチーフエンジニアを担当した。新型クロスオーバーUXにおいても開発責任者を務めた。
小さくたって個性は豊かに
クロスオーバーというジャンルにはいろいろなものがありますが、その中で新しいものを作りたかったんです。見た目はSUV然とした力強さがあって、ステアリングを握ったなら、ハッチバックのように運転を楽しめるクルマ。普通は、車高が高いとロールが大きめになって、キビキビ走るというテイストにはならないと思われるでしょう。でも、UXでは両方とも欲張って、本来相反すると思われるものを両立させたいと思ったんですね。それがレクサスの二律双生です。
このクルマ、外からの見た目と乗り込んだ時の印象が違うと思います。車高は高めなのですが、ドライビングポジションはアップライトな姿勢ではなくて、まるでクーペやセダンのよう。そこには「えっ?」という驚きがある。座るとすぐ、「SUVっぽくない」と感じるわけです。それはいい意味でのギャップ、意外性でしょうね。
同じ“X”が付くので、UXはRXやNXとはジャンルが同じだと思われていますが、私としてはお兄ちゃんたちに負けていないと思っています(笑)。「ちっこいだけだぞ」と。レクサスってまだ台数も限られていますし、全方位でそれぞれのサイズを作るというのは難しい。このサイズ感で何ができるか、何が欲しいかを考えて、個性豊かに作ろうと考えました。皆さまにそれを実感していただけたなら成功なんです。
- 2018年11月、東京都内で開催されたレクサスUX発表会でのひとこま。加古チーフエンジニアが自らプレゼンテーションを行った。
見晴らしのよさにはこだわりました
「背が高いクルマに乗ると、視点が高くて運転しやすい」と言う女性が多いですよね。女性がクロスオーバーに乗るメリットのひとつは見晴らしのよさにあります。このクルマは見下ろす感じではないけれど、水平方向の見晴らしのよさや開放感にはこだわっています。「右左折の際に顔を大きく動かさなきゃいけないようなクルマだけは絶対イヤだ!」と思って、開発チームのみんなに視界の確保ということは特に強くお願いしたんです。
そうした車両開発の方針をチームのメンバーの間で共有するのは難しいことではありませんでした。こうしたクルマのよさは見晴らしのよさであるということを否定する人はいませんよね。思いが共有できれば、どうすべきかはそれぞれのメンバーが考えてくれるわけです。
- 「前方への抜けのよさや水平方向の見晴らしのよさにこだわった」というUXのインテリア。両サイドのピラーも細めに設計されている。
具体的には、Aピラーを構造的に細くしました。そして感覚的にも細く見せる。死角がなくなるようにアウターミラーを配置する。そして、インパネの上面をできるだけ低くして、その上にあるディスプレイのポジションも下げたんです。小柄な私のドライビングポジションでも、ディスプレイで前方の視界がさえぎられるということがないんですね。
インパネの上面を下げるために、通常はセンタークラスターの前面にあるオーディオのスイッチをアームレストの前方に移しました。さらにアームレストを前方に向かって長くできれば、私のように前のほうに座るドライバーでもヒジがかからないというようなことにはなりません。
- センターコンソールに並ぶ、インフォテインメントシステムのスイッチ。オーディオの操作系は、アームレストの前端(写真左側)にレイアウトされている。
女性にも気に入ってもらえるはず
私はもともと内装や外装に使われるプラスチックなどを開発する部署にいましたから、どんな素材を使うとどんな仕上がりになるかはだいたい想像はできます。でも、ダッシュボードのオーナメントに和紙をモチーフにした素材を使って、触感がここまで繊細に再現できたのは想定以上でした。和紙のようだけど和紙じゃないよね、どうやって作っているんだろう? と思ってもらえたらうれしいですね。それも、UXに興味を持っていただくひとつのポイントになると思います。
想定ユーザーということでは、ターゲットを狭く限定するつもりはないのですが、開発の過程でミレニアル世代のテックサビーと呼ばれる人たちのことは意識しました。つまり、デジタルネイティブで情報収集能力にたけていて、選択眼が自然に備わっている方々。高級品を買うより家具でも何でも自作することを意識し、自分にとって何が大切かを考えて日々楽しく暮らしている。そういう人たちに選んでもらえる、ワクワクするようなクルマを作りたいという思いがあったのです。
- ダッシュボードには和紙の質感を思わせるオーナメントを採用。日本の美意識が表現されている。
「女性視点で作ったのですか?」と聞かれることが多いのですが、男性のチーフエンジニアに男性ならではの視点がどうかなんて聞きませんよね(笑)。ただ、女性が乗って気に入ってもらえるとは思いますよ。私はフラッグシップクーペのレクサスLCが好きなんですが、自分が乗るとかなりシートを上げて前に出すことになり、外から見るとカッコ悪くなってしまうんです。女性でラグジュアリーカーに乗ろうとする人はアップライトな姿勢を嫌いますから、UXでは普通にドライビングポジションをとった際に不自然にはならないよう配慮しています。
自分自身は、開発の場で女性であることをあまり意識していませんが、男性のエンジニアに「僕だったらそこにはコストかけないな」と言われたことはあります(笑)。何にプライオリティを置くかはチーフエンジニアによって違います。女性だからなのかどうかは自分ではわかりませんが、プライオリティを置いたところがほかのクルマとは違うのであれば、それが「私のやった印」ということなのかもしれませんね。
- 加古チーフエンジニアは、インテリアの開発に際して、自身の体格でも自然に運転・操作できるよう配慮したと語る。
「わからない」と言えてよかった
クルマ作りの現場は圧倒的に男性が多くて、女性のチーフエンジニアはまだ私だけです。トヨタでそのポジションは苦労するでしょとよく聞かれるんですが、むしろ珍しがられて覚えてもらえます。トヨタには志が共有できれば助けてくれる風土があるので、本当にみんなに助けてもらってこのクルマができたと思っていますよ。女性ということよりも材料のエンジニアがチーフエンジニアをやっているということのほうがよっぽどタフ。普通はシャシー設計、ボディ設計、エンジン開発のエンジニアですから……。
機械工学を勉強している人は、その分野に関して深さとか幅が私より広い。設計の専門家は設計という軸で深く理解できるかもしれない。ただ、どの分野の専門家でもクルマのすべてをわかるわけではないから、条件は同じですね。走りに関しては、体感として理解できるように、サーキットをまわってトレーニングを受けました。クルマ全体を広く浅く理解できるように勉強するんですが、その上でわからないことはわからないと言うわけです。
- 開発期間を振り返る加古チーフエンジニア。「女性であることよりも、材料を専門にするエンジニアがチーフを務めていることのほうが大変です」。
意地を張らずに「わからない」と言えることは、女性であることのアドバンテージかもしれませんね。UXの開発の過程で、私は「質量を落とすためにバランスシャフトを外したい」と言ったことがあります。2リットルのエンジンってバランスシャフトを付けるかどうかの境界線なので、軽量化のために取っちゃいたいと。でも、「ハイブリッドは静粛性が高いので、そうすると後で遮音をしなければならなくなる。バランスシャフトは取らずに踏ん張ってくれれば、違うところで軽量化のアイデアを出すよ」と言われました。
インテリアだと、最初にレイアウトを決めるためのフレームを作ります。ステアリングとシートとセンターコンソールなどをやぐらの上に載せて、レイアウトを検討して、使いにくいと思えばミリ単位で動かす。例えば、カップホルダーを使う時にシフトノブに当たらないか、スイッチに引っかからないか、を実際にテストする。そういうことを成り立たせるためにインテリアのデザイナー、人間工学の専門家、インパネやスイッチの設計者……それぞれのメンバーが徹底的に検討して作り上げてくれたんです。
みんながアイデアを出してくれますから、それを信頼すればいい。本音で言ってくれる人を信頼して、助けてもらえたから、こうしていいクルマができたのだと思っています。
[ガズー編集部]
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