画期的なカーシェア …安東弘樹連載コラム
先日、BMWの新型車の試乗会に行ってきました。試乗したのは、TOYOTAスープラの兄弟車であるZ4とハイエンド2ドアクーペのM850iというクルマです。青空が眩しい箱根で2車の性能の一部を確認する事が出来ました。一部と書いたのは日本の制限速度域では、とても、この二つのクルマのポテンシャルを発揮できないし味わう事が出来ないからです。
その件については、また別の機会に触れるとして、今回は、その試乗会に於いてZ4を担当していたBMWの広報Mさん(イギリス人ですがドイツ育ちの27歳の爽やかな男性)から聞いた、ドイツでは数年前から運用されているカーシェアサービスの話をさせて頂きます。その話を聞いて、正に目から鱗が落ちた気分になりました。
ドライブナウ(drivenow)という名のそのサービスは、BMWの子会社が運用しておりスマホが有れば誰でも登録できます。
簡単に説明すると、アプリをダウンロードして登録したら、地図画面にドライブナウの登録車が表示されます。M氏によると、政府の援助も受けており、かなりの数の駐車場を使う事が出来る為、前に借りた人が駐車した場所に相当数のクルマが点在しており、ベルリンやミュンヘン等の大都市の場合、かなりの確率で徒歩圏内にドライブナウ登録のクルマが見つかります。実際に、M氏に今のミュンヘン近郊で使えるクルマをスマホ画面で見せて貰ったら、驚く程の数のクルマがスタンバイ状態になっていました。しかも、それぞれのクルマの燃料やバッテリー残量も表示されており、計算された航続距離まで御丁寧に提示されています!
そして、使いたいクルマを決めたら地図上のアイコンをタップ!そこまでの徒歩経路の誘導まで、やってくれます。クルマの近くに着いたらスマホで解錠、クルマに乗り込んだら、パスワードをナビ画面に入力し、エンジンを掛け、クルマによってはモーターを起動させたら、もう、そのクルマは暫く、あなたのモノです!
ちなみに現在の登録車種は、BMW・1シリーズ、BMW・X1、ミニ、電気自動車のBMW・i3、BMW・アクティブ、さらにはBMW・2シリーズ・カブリオレ(オープン・モデル。一度乗ってみたいという方も多いのでは!)と、基本的にはコンパクトセグメントとはいえ、かなり多彩で、これらを好きな時に好きなだけ乗れるのです。
ドイツに於いても、若い人には憧れの新しいMINIやBMWのクルマを気兼ねなく借りられるのは、何とも嬉しい事ではありませんか!
ディーラーに行って試乗するのは、ハードルが高いという人も多いはずです。隣にビシッとスーツを着てブランド腕時計(スミマセン勝手なイメージです・笑)をしたセールスマンを乗せて試乗するのは緊張するものです。
ところが、ドライブナウでしたらキチっとお金も払う訳ですから、客としてBMWのクルマに、堂々と乗れますよね。
その料金ですが、これがまた有難い。1分毎に0.3ユーロ(45円)と刻んでくれているのです。通常、ディーラーで試乗出来るのはせいぜい10分程、しかも当たり前ですが無料で、しかも買うかどうかも分からない(むしろ買わない可能性の方が高い)、という引け目?もあって、何処か落ち着かなくてクルマを味わうどころではない、という経験が有る方も多いのではないでしょうか。
ドライブナウでは勿論、セールスマンは隣にいませんし、どれだけ長く乗ろうが自由です。しかもイザと言う時の為に保険にも入っていますので、そういう意味でも安心です。
ちょっと計算してみると10分450円、1時間で2700円程。これを高いとみるか安いとみるかは、人それぞれかもしれませんが、わざわざレンタカー屋さんに行く必要も無く、24時間365日いつでも、都市部であれば殆ど、どこでも使えるのがポイントです。しかもEVのi3も借りられます。
どんなクルマか試す目的でも良し、買い物に使うも良し、デートに使うも良し!使い方は自由自在です。ちなみに、メルセデス・ベンツの同じサービスと最近、統合した為、一度の登録でメルセデスとBMWのクルマを選べるようになったそうです。
メーカーとしても様々なメリットをM氏に訊くと、勿論、その経験でクルマを気に入ったお客さんが実際に購入してくれるケースがありますが、それ以上に自社のクルマを有効に使えるという事が大きいとの事でした。
各ディーラーで所有している試乗車や展示車の稼働時間は極めて短く、それ自体がロスになっている現状を、かなり改善できるのが一つ。24時間、貸し出す事により無駄に停めている時間を短縮出来るとの事。社会全体で考えても所有せずにシェアしてもらう事で、無駄に停まっているクルマを減らす事が環境にも良いのは理解出来ますが、それではメーカーとしては困るのではないかとM氏に更に訊いてみた所、子会社のドライブナウで多く利用される事でも利益につながるそうです。
しかも、その先に、いつかもっと高価な趣味性の高いBMWを所有したいと思わせるクルマを造っているという自負が有るので問題は無いと言葉を続けました。またしてもドイツメーカーの先見性と行動力を見せつけられた様な気がします。
ちなみにM氏に「ヨーロッパでもクルマ離れが始まっていると聞いた事があるが本当ですか?」と訊いた所、「私の年代(27歳)では皆、クルマが大好きで、男性の8割、女性も5割はクルマの知識は、ある程度持っているし新車が出ると話題にも上ります」との事。「まあ10代の若者には多少、その様な傾向(クルマ離れ)も有るかもしれませんが、クルマに興味が無いという人は、まだ珍しいと思います」。何とも羨ましい答えでした。
スマホの利用率や使い方も、日本より多様ですので、「今の若者はクルマよりスマホ」という日本の論調も疑問になってきます。ドイツの若者だって新車を買える人は殆どいません。
唯、メーカーや国が、誰でもある程度高価なクルマに気楽に触れられる機会を作る事によって、若い人だけではなく多くの人がクルマから離れない環境を整えている事に感動すら覚えました。
翻って日本はどうでしょうか?自国メーカーのレクサスに気楽に乗れる機会があるでしょうか?新しくお目見えしたスープラを若い人が気楽に運転する機会が有るでしょうか?国は基幹産業を守る気持ちが有るでしょうか?
まだまだ若い人が、クルマに対して興味を失っていないドイツに於いてでさえ、様々な方法で基幹産業であるクルマ業界を将来に向けて盛り上げようとしているのに。日本では、まだまだ各メーカーがバラバラに、もがいている様に見えます。
日本でも、カーシェア自体は拡がって来ていますし便利にもなってきています。ですが、まだまだ専用の駐車場に返さなければなりませんし、車種も限られます。スマホ画面で好きな場所から好きな車種を選べて、航続距離も分かるシステムはありません。もしメーカーが同じようなサービスを始める為には、日本の場合、法的に、どの様な壁が有るか私には分かりませんし、物理的にも駐車場の数の問題などドイツには無い問題は有るかもしれません。
しかし、ドイツでは、このドライブナウが優先的に駐車スペースを使えるようにする等、国としてメーカーにインセンティブを与えた方が良いと判断した場合、即断する土壌が有り、そこは羨ましい限りです。
日本のクルマメーカーも、それぞれに、もがくより、思い切って全メーカー共同で、この様なサービスを始めて頂く訳にはいかないでしょうか? 前述のスープラや例えばMAZDAのロードスター等、趣味性の高いクルマ程、気楽に試してみたいというものです。しかも、「さて、今日はどれにしようか?」と思いスマホ画面を見るだけで、「お!今日はリーフが近くで待ってるぞ。電気自動車に乗ってみるか」という感覚で、自社のクルマに気楽に乗って貰えるんです。正に“ウィン、ウィン”。
国としても、まだまだ基幹産業と言える日本のクルマメーカーを救ってもバチは当たらないと思います。他にも勿論、方法は有ると思いますが、日本版のドライブナウの実現は、当面の急務だと感じた、晴天の箱根でした。
安東 弘樹
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