YouTuberとジャーナリスト…安東弘樹連載コラム
皆さんは新しく販売される車の情報を何で得ますか?
恐らく30年前であれば紙の「クルマ雑誌」という答えが圧倒的に多かったのではないでしょうか?
その後、DVD等のソフトが出てきたり、web媒体が出現したり、情報源は多様化してきましたが、今ではYouTubeのオーナーによるインプレッションや、オーナーで無くてもクルマの情報を上げるクルマ系YouTuberの動画を参考にしている方が多いのではないでしょうか?
いわゆる自動車評論家、という方では無い、純粋なユーザー目線によるインプレッションを参考にする、という方も多いと思います。
かく言う私も正直、今、クルマ雑誌に記事を寄稿しながら、多くのYouTuberさん達の動画を参考にしている自分がいるのです。
ちなみに今は評論家の皆さんもYouTubeを活用している方が多く、登録者数が数十万人単位のモータージャーナリストもいらっしゃいます。
プロの目でクルマを試しているので、その情報が貴重である事に疑いはありません。
唯、純粋にバイヤーズガイドとして使う場合は、評論家ではないYouTuberさんや実際のオーナーの方の、「本音」の使用感や印象の方が参考になる、という方が多いのも事実でしょう。
というのも、やはりジャーナリストの方は、基本的にメーカーやインポーターの方と交流もあり、広報車を借りる事もある為、「ある程度は」意識せざるを得ないのが実情です。
勿論、忖度をしている、という訳ではありませんが、言下に否定するのが難しいのは、評論家ではないものの普段から新車の試乗会などでメーカー、インポーターに、お世話になる日本カーオブザイヤー(以下COTY)選考委員である私も同じ状況と言えるかもしれません。
雑誌やWEB媒体の記事を読んでいて、ジャーナリストが、あるクルマを否定ばかりしている記事を見かけた事は無い、という方が殆どだと思います。
確かに最近のクルマで「美点が無いクルマ」は存在しませんが、コンセプトに疑問を感じたり、クルマのデリバリーの方法に首を傾げたくなるようなケースは有りますが、殊更に、その部分を指摘することはあまりありません。
やはり、ある程度の距離を保ちつつとはいえ、将来に渡って、付き合いを続けるメーカー、インポーターに対して、その後の関係が悪くなるような記事は書きにくいという心情が働くのは仕方が無いかもしれません。
私も、これまでかなり本音で試乗記などは書かせて頂いていますが、表現を丸くしたりする事は皆無では有りません。
これはクルマ業界だけでは無く、日本の評論家の「論評」は全てのジャンルで、「ある程度の」配慮をしながら、というのが不文律になっており、欧米の評論家の様に「不快だ」とか「駄作」とか。「時間の無駄」などという表現は、全ての業界で、これまでは見られませんでした。
しかし、そこで登場したのが「YouTube」という誰もが表現者になれる媒体です。
彼らの殆どは、例えばクルマ系YouTuberの場合、メーカーやインポーターの方に会う事も、ましてや交流は基本的には有りませんので、配慮の必要は有りません。
ですから例えば新しいクルマであれば「自腹で」レンタカーを借りたり、オーナーになったばかりのユーザーの方に長期間、クルマを借りたりして、「本音」のみの言葉で、そのクルマを論じる事が出来ます。
勿論、誰もが深い経験値が有る訳ではありませんので、例えばサーキットでの限界性能を伝える事は出来ませんが、バリバリのスポーツカーでも無い限り、そんな情報を一般のユーザーは必要としていない場合が多く、多くの方が気になるのが、例えば実際の燃費(EVであれば電費や航続距離)であったり、最近であれば運転支援システムが現実の世界で、どのように作動するのか、といった情報なのでしょう。
すると2.3時間の試乗で記事を書く評論家や自動車媒体の記事より、YouTuberさんの記事の方が、より実情を知る事が可能なのは間違いないでしょう。
チャンネル登録者数や再生数が多い動画は、やはり長期間、長距離を走行した上でクルマを語っているものが多く、私個人としても非常に参考にさせて頂いています。
最近は、EVの航続距離テストや実際の充電インフラでの充電状況などを極めて詳細に伝えてくれている動画が多く(最近はEVで1,000km走行して様々な事を検証するものが多いです)、これは残念ながら、一人のジャーナリストや一つの媒体で実行するのが難しいのが現実でしょう。
雑誌の記事では、例えば燃費に関してはカタログ燃費を表記しているだけのものが多く、たまに長距離運転の検証記事が有ってもネガティブな事をストレートに表現しているものは希有と言えます。
ところが、YouTuberさんは映像で証拠を動画に上げ、「カタログとの乖離が酷い」「これは詐欺と言って良い」という素直な感想を、そのまま上げるのです。
勿論、良い所は手放しで褒めるだけに説得力も増してくるという訳です。
しかも私も、そうかもしれませんが、評論家の皆さんも、クルマに関しての経験値が豊富な為に、かえって一般ユーザーの感覚と離れてしまっている事は否定できず、そんな事も含めて、経験値も一般ユーザーに近いYouTuberさんの動画の方が参考になる、という方が増えているのは間違いありません。
最近は、メーカーの発表するデータと現実の数値に乖離があるにも関わらず、実際に検証もせずに、そのまま記事などに、メーカー発表数値を書く評論家を強く批判するYouTuberさんも出現しており、その論調に対して、私自身も、これは反論が難しいなと苦笑する時も有ります。
あるYouTuberさんは冬の北海道EVテスト、と銘打って正に命を掛けて、EVに車内泊までして、極寒地のEVの性能について徹底的に検証しており、恐らくEVに関して、ここまで真っ正面から向き合っている評論家は極々、一部と言わざるを得ません。
勿論、評論家の皆さんは、幅広く、多角的にクルマを論評する必要があり、一つのカテゴリーのクルマだけに集中して検証する事は不可能ですが、これからは、それぞれの分野を極めたYouTuberの皆さんと、記事などが比較される事になりますので、それなりの覚悟は必要になってくるでしょう。
私は現状「評論家」「ジャーナリスト」を名乗っていませんし、そんな資格が有るとも思っていません。
唯、これまで45台のクルマを自分で稼いだお金だけで主にローンを組んで所有し、愛情を持って1台につき平均2年、走行距離は平均3万キロを走行してきました。
その、クルマに対する感覚の蓄積を信じて、良いクルマを選ぶ「COTY選考委員」の職務を全うする、という事に対して自負はあります。
しかし、現状、参考にさせて頂いているYouTube動画の内容に舌を巻く事も多々、あり、正に襟を正す気持ちで動画を観ています。
そして、改めて、全ての人が、何かを表現できる媒体が存在する、というのは、既得権益にしがみついて、あぐらをかいていると、全ての分野に於いて足下をすくわれる世の中である事を実感しています。
でも、これは実は健康的な事ではないでしょうか。
一人一人の負担は増えるかもしれませんが、逆に言えば、情報を届けたいと思う対象を徹底的に分析し、真剣に取り組めば誰にでもチャンスが有る、とも言えるわけです。
そう、永遠に保証された特権というものが徐々に無くなっていく、ちょっと忙しい世の中においては、安穏としていられる職業は少なくなっていくでしょう。
私もアナウンサーとして、COTY選考委員として、改めて真摯に仕事に向き合い、全力で頑張ります!
安東 弘樹
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