『世界一のエンジンを自らの手で築き上げる』という意気で創業したHKSの魂・・・カスタマイズパーツ誕生秘話
HKS(エッチ・ケー・エス)の創業者である故・長谷川浩之氏は、子供の頃から根っからの機械好き。学業に勤しんでいた高専時代の卒業研究は『ガスタービンエンジン』をテーマにしていたほどであった。
卒業後はヤマハ発動機に入社し『エンジン研究課』に配属。トヨタとの提携によって“2000GT”用エンジンの開発にも携わったという。その後、エンジニアとしてトヨタに出向し“トヨタ7”の開発などに従事。5リットルのターボエンジン(79E型)から出力される800~1000psという最先端のエンジニアリングと関われたことで、内燃機関の可能性にますます憑りつかれていった。
その後、オイルショックや環境問題等の時事によって自動車メーカーのレース活動が停滞したことを機に、地元である富士宮に戻りHKSを起業した。1973年10月のことである。
『需要は自ら創造するもの』常にユーザーの発想を超えるパーツを開発
独立起業の目的は『世界一のエンジンを自らの手で築き上げる』ことであった。しかしながら、その道は決して平坦ではなく、特に創業期はエンジン開発に没頭するも資金面での挫折を味わったという。
しかし創業2年目、日産・スカイライン(GC110)のL20型エンジン用に開発してきたターボチャージャーキット(商品名:FETターボ)が、全国のクルマ好きから注目を集める。それもそのはず、このターボキットを装着することでノーマル115ps/16.5kgmから160ps/23.0kgmと、一気に約4割ものパワーアップができるとあって起死回生の大ヒットとなったのだ。これは国内の自動車メーカーたちがこぞってターボエンジン搭載車を発売するより5年も前の話である。
その後もチューニングカー向けのアイテムを続々と世に送り出し、レースや雑誌の記録会等のステージでHKSの技術力を証明していく。そして、1983年2月には『HKS M300』と名付けられたトヨタ・セリカXXをベースにした開発車両で、国産車初の300km/hオーバーを達成し、その知名度を確固たるものとした。
また、エンジンのパワーアップに欠かせなかったスポーツマフラーなどのエキゾーストパーツや、吸気効率を高めるためのインテークシステムなど、市販車のカスタマイズパーツも着々とラインアップを増やすことで、会社としての業績も安定していったそうだ。
日本で唯一、自動車メーカーではない企業がF1用エンジンを開発
こうして事業を軌道にのせると、改めて創業本来の目的であったエンジン開発にも積極的に取り組めるようになった。オートレースや自動車レース用エンジン、そして航空機用エンジンの開発にまで取り組んで実績を積んでいくことになる。
そんなHKSオリジナルエンジンの中でも、飛び切り目を引いたのが、1990年1月にスタートした『F1エンジン』の開発プロジェクトであった。クルマにおける内燃機関の究極と言えば、F1エンジンを置いてそれを上回るものはない。
『世界一のエンジン』は、創業者が目指していた夢でもあり、それをバックアップするHKSのエンジニア達も一丸となり、今まで培ってきた技術の粋を結集させた。
開発当時、F1エンジンのレギュレーションは“3.5リットル自然吸気(NA)、最大回転数は無制限、12気筒以下”というもの。当初HKSでは、V型10気筒と、V型12気筒が候補に挙がったが、NAでピークパワーを求めるなら、より回転数が高められるといった理由でV型12気筒が選ばれた。
目標とした仕様は、『最高出力700ps以上/最大トルク42.5kgm、常用エンジン回転数1万3500回転以上』であった。
1991年12月。富士スピードウェイでのシェイクダウン時には、市販の無鉛ハイオクガソリンながらも『最高出力668ps/最大トルク41.8kgm』を達成。これをF1で使用するスペシャルガソリンにすれば、720ps~730psに置き換えることができる。これは、当時のアイルトン・セナがステアリングを握った『マクラーレン・ホンダ』に搭載されていたホンダ製の「RA122E/B」エンジンと比べても、差ほど見劣りしないという高性能ぶりであった。
『300E』と名付けられたこのエンジンで実際のレースに出場することはなかったが、国内外のモータースポーツ界にHKSの技術力を顕示したのだ。
レースでの経験を活かし最高のチューニングパーツを提供
年号が昭和から平成に変わる頃、国産スポーティカーのパワーウォーズは最盛期を迎え、自動車メーカーがエンジンパワーの上限を280psに抑える自主規制を設けるほど白熱。そして同時に“クルマをもっと速く走らせたい”という、カスタムカーフリークも相当数誕生していた。
そんなブームと共に、マーケットには色々なメーカーから数々のチューニングパーツが並ぶようになり、それら各種パーツの広告には製品アピールの文言が並んでいたが、あまりの多さにユーザーはどれを選んで良いのやら? といった状況でもあった。
そんな迷いを一掃してくれるのは、やはりそのメーカーの実力、実績であった。当時のモータースポーツやチューニングの各専門誌をめくると、そこには『HKSのマシンが優勝!』『HKSがベストラップを叩き出した!』といった華やかなミダシが並んでいる。これが何よりの宣伝だった。
「パーツやカスタマイズの性能や機能を示すには、結果と数字がイチバン!という会社の方針は昔から変わりません。そのためにトップカテゴリの競技への挑戦や、記録で一番を取ることにはこだわり続けてきました。それと同時に、その性能を裏付けるための試験やデータ検証を行うことができる設備を導入して、しっかりと数値でも証明できる製品作りをおこなっています」
そう話してくれたのは広報担当の近藤さん。「在籍年数はHKSの歴史の半分くらいですが…」と謙遜しつつも、用品開発部門を皮切りにセールスエンジニアや広報担当を経験し、現在のHKS製品ラインナップの多くが誕生する瞬間を見てきた人物だ。
「ちなみにHKSの車種別パーツは、加工が必要な部分を図解や写真で説明したり、最近は取り付け動画を公開したりと、取り扱い説明書の詳しさにもこだわっているんですよ」とも教えてくれた。
最新の排ガス試験機やマフラー音量試験路など、自動車メーカー並みの設備を自社内に完備。ユーザーやカスタマーがスムーズに装着できるよう製品に付属する説明書にまでこだわっている。
世界を見据えたコンプリートカー『ZERO-R』がクルマ好きを魅了
「キャブレターからECU制御へと時代が移り変わるのと同時に、HKSでも追加インジェクター制御システムやサブコンと呼ばれるコンピューター、そして燃料制御だけでなくエアコンのアイドリング補正などさまざまな機能を盛り込んだ“フルコン”と呼ばれる『F-CON』シリーズなど、電子パーツの開発が活況となっていきました。また、競技で勝つためにサスペンションセッティングも欠かせなかったので、そういったノウハウも製品にフィードバックしていきました」と、時代に合わせてさまざまな製品を生み出してきたHKS。
エンジン関連のパーツはもちろん、電子パーツやサスペンションなど、スポーツ系パーツ群を拡充。総合チューニングパーツメーカーとしての勢いを増していく。それら各種パーツはレーシングフィールドで得た経験や知識が活かされていることは言うまでもない。『HKSのパーツなら間違いない』。多くのチューナーやユーザーは、こぞってHKSのパーツを選び、安心してチューニングが楽しめるようになったのだ。
コンピューター制御アイテムの先駆け『PFC F-CON』は、その後も人気シリーズに。スポーツマフラーも、1993年の法改正を機に『合法的にカスタマイズを楽しめる』ことを重視したリーガルマフラーシリーズなどを展開してきた。
1991年にはその集大成とも言える、スカイラインGT-R(BNR32)をベースにしたコンプリートカー『ZERO-R』をリリース。世界のスポーツカーと渡り合うために排気量を2688ccまで拡大し、タービンも大型のものに交換されて450psを得るなど、その実力は最高速度300km/hオーバー、巡行速度270km/hという魅惑のスペックを誇った。
エンジン作りにこだわり続けてきたHKSが、車両も含めたトータルチューニングによってその性能を活かしきることができる1台として仕立て上げた、まさにそれまでの集大成ともいえるプロジェクトであったと言えるだろう。
さらに、その後に続く最高速アタック用デモカーのBCNR33『T-002』からは『HIPERMAX』シリーズのルーツとなる初のオリジナル車高調が生まれるなど、その歩みを止めることなく、現在に至るまで進化し続けている。
いっぽうで、この頃からチューニングパーツ開発の難しさも感じる時代に突入したという。「EK9型シビックタイプRのレーシングサクションを開発していた時に、試作パーツを装着したらパワーがダウンしたんですよ。そんな経験は初めてで、安易に性能アップできる時代ではなくなるのだということを実感した出来事として、強く印象に残っています」
さまざまなテストによって数値化していたからこそ判明した壁であり、そういった経験も糧にしながら、現在に至るまで性能アップにこだわった開発を貫いているという。
2019年にHKS初のボディキットがGRスープラ用として発売された。そのデザインは、全国のサーキットレコードを塗り替えて一躍有名となった『CT230R』から引き継がれているという。
「そんな”性能至上主義”の製品ラインナップに、意外にも最近になって加わったのがエアロパーツなんです。これまでも競技車両にはオリジナルエアロを装着していましたが、公道走行可能な製品として効果的なエアロを市販するまでには至っていませんでした。
しかし、市販品として性能アップに繋がるものが作れるようになったということもあり、2019年のGRスープラ用を皮切りに、GRヤリス、GR86用のボディキットをリリースしてきました。ちなみに、エアロパーツのデザインは筑波サーキットなどでタイムアタックしていたCT230Rのころからイメージを踏襲しているんですよ」
そう教えていただいたのは、近藤さんとおなじ営業部広報戦略課に所属する細田さん。2020年に新卒入社した若手で、HKSのYouTube制作などを担当する広報メンバーのひとりだ。
そんな細田さんに、HKSというブランドや広報の仕事について伺ってみると「僕は埼玉出身で文系の大学に通っていたんですが『クルマに関わる仕事がしたい!』と思ってHKS に就職しました。設計開発やメカニックさんのような実作業ができるわけではないのですが、タイムアタックで記録更新した現場に立ち会ったり、商品が好評だったりすると嬉しいですね!」と満面の笑みで答えてくれた。
「そうそう、私も自分が開発に携わった製品を装着してくれているクルマを見た時などは、すごく嬉しい気持ちになりますよ」と近藤さんも応える。
東京オートサロン2023では、HKS創業50周年を記念して、通常のブースに加えてレジェンドマシンたちを展示する「HKS 50th MUSEUM」ブースも展開した。
「いちばん大変だったのは、東京オートサロン2023ですね。HKSが50周年を迎えるということで大規模な出展を行なったんですが、その主担当という大役を仰せつかりました。たくさんの方にご協力いただいてご迷惑もおかけしたんですが、土日くらいになってようやく周りが見える余裕が出てくると、できあがったブースでたくさんのお客様の笑顔を見ることができて、とても感無量でした」と細田さん。
富士のお膝元に本社を構えるHKS。本社に加えてマフラー工場や全国各地のHKSアンテナショップなどがあり、海外ではアメリカ、イギリス、タイ、中国にも拠点を置く。
ちなみに近藤さんによると、2000年代初期のスポーツカー氷河期はHKSの社員駐車場にもミニバンが増えたが、2012年のトヨタ・86の登場を機にまたスポーツカーが増え始め、最近は細田さんのような『クルマが好きだからHKSで働きたい!』という新入社員も増えてきた印象だという。
これは、さまざまなカテゴリで実績を積み重ね、国内外問わずユーザーからの信頼と知名度を高めてきた成果のひとつともいえるのではないだろうか。
ちなみに海外での認知度アップには人気カーアクション映画などの影響も大きかったそうだ。
チューニングパーツの現況と、この先のチャレンジ
そんなHKSが近年、力を入れているのが次世代エネルギー関連の取り組みと旧車向けパーツの拡充だ。
時代はHEVやBEVも台頭。今まではガソリンで動く内燃機関車を中心に、CNGエンジンやLPGバイフューエルなどへも取り組んできた。2022年からはバッテリー交換式EVトラックの研究開発がスタートしているが、今後はそれら電動一般車へのアプローチも重要になってくるかもしれない。
東京オートサロン2024では、カーボンユートラルへの取り組みや、RB26DETTエンジンの中古シリンダーブロックを捨てずに再利用するための鋼鉄製シリンダーライナーなどサステナブルな取り組みも発表。
いっぽうで、第二世代GT-Rに搭載されたRB26エンジン用のパーツなども新規開発しているという。現在の最新技術を駆使して、出力はもちろんのこと環境性能などにもこだわった『アドバンスドヘリテージ』は、自動車メーカーとは違ったチューニングパーツメーカーならではの取り組みと言えるだろう。
以前、水口代表にお話を伺った際に「二酸化炭素を排出しないのにバカっ速い!みたいなエンジンができたら面白いでしょ? そういうことを実現するのがHKSなんですよ」と目をキラキラさせながら答えていただいたことも思い出される。
『需要は自ら創造するもの』を掲げるHKS。そのスピリッツがある限り、どんな場面でもユーザーをワクワクさせてくれる答えを出してくれるはずだ。
取材、写真協力:エッチ・ケー・エス
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