NAでリッター100馬力を達成した「SiR」という紋章・・・グレード名で語る名車たち
クルマは装備や機能の違いでいくつかのグレードが用意されます。中にはハイパフォーマンスなパワートレインを搭載した特別なグレードが用意されたモデルも存在しました。そのグレード名やサブネームはモデル名とともに、クルマ好きの記憶に刻まれています。中にはグレード名やサブネームが後に車名になったものもありました。
本コラムでは多くの人の記憶に残るモデルをグレードから振り返っていきます。
F1にも採用された技術から名付けられた「Si」
クルマが多くの人の憧れであった1980年代。自動車メーカーはさまざまなモデルを世に送り出し、熾烈な争いを繰り広げていました。その1つが馬力競争でした。
1960年代に150馬力を超えるモデルが登場。その後、オイルショックや排ガス規制への対応などで馬力競争は沈静化しますが、70年代後半から再び馬力競争が激化。ターボ搭載エンジンも登場し、1989年にはついに280馬力の日産 フェアレディZ(Z32)や日産 スカイラインGT-R(R32)が登場しました。
メーカー同士の熾烈な開発競争は大排気量のハイスペックマシンだけでなく、若者なども選びやすい2L以下のマシンでも繰り広げられていました。
1983年に世に送り出された、名機「4A-G」を搭載したトヨタ スプリンタートレノとカローラレビン(AE86)は1.6Lで130馬力を達成。ここからトヨタとホンダを中心とした“テンロク”の馬力競争が繰り広げられます。
ホンダは1983年に3代目シビック(ワンダーシビック)と初代CR-X(バラードスポーツCR-X)を発売。デビュー時は1.3Lと1.5Lの2種類を用意しました。そして翌1984年に、最高出力135馬力を発揮する1.6L DOHCエンジン搭載グレードを追加。このエンジンを搭載したグレードは「Si」と名付けられました。
Siは「Sport Injection」から取られた名称だと言われています。ホンダは走行中のさまざまな状態を常時キャッチしながら最適空燃比にコントロールする高感度燃料供給システム『PGM-FI』(Programed Fuel Injection)を開発。1982年に発売されたシティターボに初搭載します。このシステムはシビックとCR-Xの1.5Lエンジンにも搭載。そしてホンダのF1マシンでも採用されました。
シビックとCR-XのSiにはPGM-FIのほか、「4バルブ内側支点スイングアーム方式のシリンダーヘッド」や「異形中空カムシャフト」など世界初の技術を投入したZC型エンジンを搭載し、4A-Gを上回る135馬力を達成しました。
シビック3ドアとCR-Xはデザインも斬新でした。中でもリアをスパッと切り落としたコーダトロンカ形状が新鮮で、当時中学生だった筆者にとっても憧れの存在でした。デビュー時のキャッチコピーはシビックが『What a Wonderful World』で、CR-Xが『デュエットクルーザー』。実質的に2シーターモデルだった(リアシートは存在しますが大人が座るのは困難……)CR-Xはデートカー的な要素が強かったはず。当時のCMもドライブデートをテーマにしたものでした。
しかしSiがラインナップに加わったことで、スポーツモデルとして若者からの支持を集めました。多くのスポーツモデルで使われる「GT」とは印象が違う、スマートさを感じさせるグレード名も人気に一役買ったと思います。
シビックSiとバラードスポーツCR-X Siの登場により、ホンダのSiは高性能グレードの代名詞になりました。もちろん4A-G搭載のAE86にも多くのファンがいて、テンロクの馬力競争だけでなくFF/FR論争も沸き起こりました。
このZC型エンジンは1985年に登場したクイントインテグラにも搭載。搭載グレードはRSiとGSiと、「Si」が用いられています。
VTECエンジンの登場で生まれた「SiR」
1985年にはマツダが1.6Lターボを搭載したファミリアGT-Xを発売。日本初のフルタイム4WDも用意されたファミリアGT-Xの最高出力は140馬力。この数値はエンジンを回すのに必要なものだけ装着した状態で計測したグロス値ではなく、エンジンをクルマに搭載した状態に近いネット値になります。
トヨタは1986年にマイナーチェンジした初代MR2、1987年にフルモデルチェンジしたスプリンタートレノとカローラレビン(AE92)に、スーパーチャージャーを搭載した4A-GZE型エンジンを搭載。最高出力は145馬力に達します。
ネット値でSiの馬力を超えていく様子をホンダの開発陣は指を加えて見ていたわけではありません。ホンダがウェブサイトで公開している資料(https://www.honda.co.jp/sportscar/vtec_history/B16A/)を読むと、ホンダが次の一手を出すために着々と準備していたことが伝わってきます。
ホンダでは1980年代から「新時代のエンジン開発プロジェクト」がスタート。目指したのは燃費性能とパワーの両立で、その手段としてバルブ休止と可変バルブタイミング機構の研究が進められました。当初の目標は1.6Lで140馬力でしたが、川本信彦 本田技術研究所社長の「どうせなら100馬力」という一言で、リッターあたり100馬力という前例のない目標が立てられたと言います。
1987年にフルモデルチェンジしたシビック(グランドシビック)とCR-X(サイバースポーツ)のSiには、先代の1.6L DOHC(ZC型)に改良を加えたハイパー16バルブエンジンが搭載されました。その間にも新時代のエンジン開発プロジェクトは着々と進められ、ついに1989年に世に送り出されました。
VTECエンジンと名付けられた1.6L B16A型の最高出力は160馬力。ホンダの技術陣が目標としたリッター100馬力を達成しました。まずは1989年4月にフルモデルチェンジしたインテグラにB16A型エンジン搭載グレードを設定。グレード名はRSi、XSiと名付けられます。そして同年9月に行われたシビックとCR-Xのマイナーチェンジでも、B16A型エンジン搭載グレードが設定されます。ZC型エンジンを搭載するSiを超えたシビックとCR-Xに与えられたグレード名は「SiR」。
ライバルモデルが過給器を用いてハイパワー化する中で、NAエンジンでリッター100馬力を達成したホンダの“エンジン屋”としての意地と自信が“R”から伝わってきます。ボディサイドに貼られる“DOHC VTEC”という大きなデカールも誇らしげでした。
リッター100馬力とVTECはスポーツカーファンの憧れ
自動車の馬力競争は1989年の自主規制により頭打ちになりましたが、それはあくまで280馬力に達する大排気量車と、64馬力が上限となった軽自動車の話。2L以下のクラスでは、その後も開発競争が繰り広げられました。
スプリンタートレノ、カローラレビンは1989年のマイナーチェンジでGT-Zの最高出力が165馬力に達します。また、3代目三菱 ミラージュのサイボーグに搭載される1.6Lターボが160馬力にパワーアップ。1990年にはいすゞがフルモデルチェンジした3代目ジェミニに180馬力を発揮する1.6Lターボ+4WDを搭載するイルムシャーRを設定しました。
ホンダは1991年にフルモデルチェンジしたシビックのSiRとSiR II、シビックフェリオのSiRに搭載するB16A型エンジンの最高出力を170馬力にアップ。NAでリッター106馬力になります。しかし1992年にはフルモデルチェンジした4代目ミラージュにサイボーグが復活し、NAの1.6Lで175馬力を達成しました。
各社がハイパワーエンジンを次々と市場に投入する中でも、ホンダのSi、そしてSiRというグレード名には特別な存在感があったと感じます。理由は高回転まで回りキレのいい加速を味わえるVTEC、そして高回転になると音が変わる独特なVTECサウンドなど、私たちをわくわくさせてくれる官能的なイメージがグレード名に紐づいているからでしょう。
インテグラは1993年のフルモデルチェンジで最高出力180馬力を発揮する1.8L VTEC エンジンを搭載するSi VTECを設定。1995年のマイナーチェンジではSiRが設定されます。SiRはアコードやプレリュードなどにも設定されました。
1995年、インテグラのマイナーチェンジでタイプRが設定されてからはファンの注目度がそちらに移っていきましたが、Si、そしてSiRは今でも人々の記憶に残る名称となっています。スポーツシビックのSiRやSiR IIは流通台数がかなり少ないこともあり、中古車市場で250万〜350万円という高値で取引されています。
(文:高橋 満<BRIDGE MAN>)
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