【田中 実】ドライバーのスキルと“モノへのこだわり”を市販車向けパーツに全力投球・・・愛車文化と名ドライバー
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1963年6月1日に京都府で生まれた田中 実(たなか みのる)氏
「昔から盛り上がりやすい性格で、前日に『燃えよドラゴン』を見たら、次の日にはブルース・リーになりきって道端でカンフーの真似事をしてるような、そんな子供でしたね」
自身の幼少期をそう振り返るのは、F3000やスーパーGTなどで活躍し、現在は『BILLION』や『TM SQUARE』などのブランドでさまざまなアイテムをユーザーに届けている『田中 実』氏だ。
パーツやアイテムの開発には自らのレーシングドライバーとしてドライビングスキルだけではなく、海外での体験や自身のモノへのこだわりが生かされているという。
そんな田中氏のこれまでのレース人生とパーツ開発に懸ける想いを紐解いていこう。
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イギリスで武者修行をしていた時の田中実氏(写真左)
高校時代までクルマ好きという感覚はなかった
京都府で布団屋さんを営む田中家の一人っ子として生まれた実氏。
「仕事で布団を運ぶのに使うためのバンが自宅にある環境だったので、幼い頃はそのクルマで海水浴に出かけたりした思い出はありますけど、両親がクルマ好きだったりしたわけではなく、自分も特にクルマが好きだったという記憶はないんですよね」といういっぽうで、中学生の頃から近所のガソリンスタンドでアルバイトをはじめたという。
「家から近かったというくらいの単純な理由でしたが、働いているうちにオイル交換だったりとか修理だったりとか、そういう作業は自然と身についていきましたね。当時は16歳になったらオートバイ、18歳になったらクルマの免許を取るというのはあたりまえの感覚だったので、16歳でスズキのマメタン50を買って、その後GT250、CB400、Z2 750と乗り継ぎました。そして、18歳で免許を取ったらすぐに中古車屋さんで安い中古車を探して、9万円で日産のブルーバード(610)を購入しました。仕事帰りにフラッとドライブしてから家に帰るのは好きでしたけど、ほんとに当時は自分がクルマや運転が好きだなんていう感覚はなかったですね」
18歳でフォーミュラと出会い、わずか3年でFJシリーズ三冠王に
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田中氏の競技デビューは、JAFモータースポーツライセンスを取得するために参加したダートトライアルだったという
ところが、高校3年生の11月にガソリンスタンドで扱っていたタイヤメーカーのツテでもらった1枚のチケットが、その後の運命を大きく変えることになる。
「当時の国内トップカテゴリーレースのひとつだった全日本F2選手権の最終戦チケットをもらえるということで『タダなら行ってみようかな』というくらいの感じで見に行くことにしたんです。そこでJAF鈴鹿グランプリを見た瞬間に『自分はコレと出会うために生きてきたんだ!』って思っちゃったんですよね。ほら、熱しやすい性格なので(笑)」
高校卒業後の進路について『何か夢中になれることはないか?』と常に探していたという田中氏。フォーミュラドライバーになることを決意すると、レース活動以外のお金を節約するために愛車ブルーバードを売却。入門カテゴリのFL-Bマシンを購入し、初めてのレース観戦から半年もたたないうちにレーサーとしての人生をスタートさせたという。
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1983年に360ccの2ストロークエンジンを搭載したFL-Bでフォーミュラレースにデビュー。京都出身のレーシングドライバー松本恵二氏が立ち上げた『メイジュレーシング』に所属し、自分のマシンが走れるスポーツ走行枠がある日には必ずサーキットに足を運んで練習に明け暮れたという
片山右京氏の優勝マシン(FRD83J)を購入してFJ1600に初参戦(写真左)。翌年は最新モデルのウエストレーシングカーズ社製『86J』でタイトルを総ナメにした。
「このFL-Bはマシントラブルが多くてお金がかかってしまったので数戦で諦めて、資金を貯めて翌年は片山右京選手が1984年に鈴鹿FJ1600チャンピオンを獲得した車両を購入してFJ1600クラスに参戦しました。チャンピオンマシンを買えば自分がどれくらいの実力かを知ることができるかな?って思ったんですよね」
1年型落ちだったマシンながら上位争いを演じる一方、ほかと同条件の最新型マシンで戦ったら自分の腕前はどのくらいなのか?と考えるようになっていた田中氏に、手を差し伸べたのがCOX SPEED KOBE社の大川代表だった。田中氏の速さに着目して、最新型マシン『86J』のシャシーをレンタルというかたちでサポートしてくれることになったのだ。
そして、最新マシンを手に入れた田中選手は、1986年の鈴鹿FJ1600B(ビギナークラス)と鈴鹿FJ1600A(上位クラス)、さらに西日本FJ1600でそれぞれシリーズチャンピオンを獲得し、その実力を証明してみせた。
田中氏の活躍によりウエスト製のマシンは前年の10倍近い販売数を記録したことからマカオグランプリを観戦しに連れていってもらったという田中氏。そこで見た海外レースに衝撃を受け、海外でのレース活動を決意したという
イギリスでの武者修行で得た『今でも役立っている』能力とは?
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アイルトン・セナなどを輩出した名門チームウエスト・サリー・レーシングに所属。伝説的エンジニアのディック・ベネットからマシンセッティングを学ぶといった最高の環境で武者修行に励むことができたという
国内フォーミュラの登竜門で実力を開花させた田中氏は、レースデビューからわずか4年目となる1987年に、武者修行のためジュニア・フォーミュラカテゴリーが盛んなイギリスへと進出。現地で活動していたトムスGBのファクトリーでアルバイトしつつ、イギリスフォーミュラ・フォードに参戦を開始した。
その後も1988年はイギリスFF1600エッソシリーズに参戦、1989年からはイギリスF3選手権にステップアップを果たしている。
「この海外での経験が、今思えばものすごく大きく成長できたし、自分のドライバーとしての能力の礎になっていると思います」
敏腕エンジニアやドライビングコーチからさまざまなことを教わったイギリス時代は「まさに今の僕の根幹とも言える能力を育ててもらいました」とのこと
イギリスでは当時からドライバーを教育する施設や環境が充実していて、チームがドライバーに問題があると判断した場合には、そういった施設で講習を受けてくるように指示されたという。
「たとえばチームメイトのドライバーが3人いて、私だけが遅かったり同じ走り方ができなかったりすると、マシンではなくドライバーに問題があると判断されるわけですよ。そんな場合は講習を受けてドライビングを矯正するんです。ここでドライビングコーチに教えてもらったことや、現地のメカニックに教わったセッティングのノウハウは、その後にメーカーの開発ドライバーとして車両開発に携わった時にも、今のオリジナルブランドのパーツ開発にもとても役立っています。クルマに対するセンサーの敏感さや細かさはもちろん、そこで積み重ねてきたからこそ自信を持って正しいとか間違っているとかを判断することもできるようになりましたから」
N1耐久レースやJTCCなど、さまざまなカテゴリのレースで活躍。ちなみに右の写真に一緒に写っているのは、同じチームで走った三原じゅん子氏。
こうして海外のレースで修行を重ねた田中氏は、1991年に帰国して全日本F3000選手権に参戦をはじめるとともに、自身の会社としてミノルインターナショナルを設立した。
「最初はドライバーの管理会社というだけでオリジナルパーツなどは扱っていなかったのですが、AE92でGr.Aシリーズに出場したり、1995年には全日本GT選手権にスポット参戦したりとハコ車のレースにも出るようになっていって、少しずつ考え方が変わっていきました。
というのも、高い契約料をいただいても勝てないマシンに乗っていると数年でドライバーとしての評価は下がってしまうと思ったんです。自分で好きなマシンやチームを選んで走るためには、ドライバーとしての契約料だけでなく別の資金をかせぐ必要があるなって。極論を言えば『ほかで稼ぐことができればレースを趣味として楽しむことができる』と。そして、その手段を考えた時に思いついたのが、まわりにある技術や人脈を活用してカスタマイズパーツを作ろうってことでした」
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1995年に全日本GT選手権スポット参戦したのを皮切りに、スーパーN1耐久、全日本ツーリングカー選手権、全日本GT選手権/SUPER GTなどで活躍。2006年シーズン終了とともに引退した。
「運転が上手くなかった」からこそ開発できたアイテムとは?
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FF用の機械式LSD用オイル『FF730』は、バキバキ音がなくスムーズに走れると大ヒットしたアイテム。現在は86/BRZ用のミッションオイルが好評だという。
当時は1983年の規制緩和から10年ほどが経過して愛車をカスタマイズするという文化が広まった反面、故障やトラブルを起こすクルマも増え『壊れにくいカスタム』に関心が集まるようになってきた頃。
そこで田中氏が商品として考案し売り出したのが『ローテンプサーモスタッド』だった。
レース業界ではマシンセッティングの一環として水温計を活用するのは一般的だったいっぽう、市販品は流通していなかったため市販車をパワーアップして水温に悩まされているユーザーも少なくなかったという。そこで、RX-7やスープラ、スカイラインGT-R、シルビアなどの主力スポーツカー向けにローテンプサーモスタッドを発売したところ大ヒット。続けて排気系パーツの放熱を抑えるバンテージや、高性能クーラントなど、レース業界のツテを活用してチューニングカー向けの市販パーツを続々とリリースしていったのだ。
『BILLION』『ZONE』『TM SQUARE』といったオリジナルブランドを擁するミノルインターナショナル
「僕は臆病な性格だから、事前の下調べやテストをしっかり重ねて製品を開発して、その製品の特徴などもお客さんに知ってもらえるようにといろいろ工夫しました。ドライバーとしての名声やブランドでパーツが売れるとは思っていなかったので、しっかりといい製品を作って、ちゃんと製品の良さを知って使ってもらいたかったんですよね。おかげさまで、うちのパーツは、実際に使っていただいた方の口コミから、その周りのオーナーさんにも知っていただくという好循環で成り立っています。大手メーカーみたいな販売網がない反面、こだわった製品を使って、それを求めているお客さまの手に届けることができているんですよね」
『TM SQUARE』ブランドでは歴代スイフトスポーツ用アイテムをラインアップ。デモカーのZC33Sは筑波サーキットコース2000で59.538という記録を持ち、次のタイムアタックシーズンでは更なる更新を目指しているそうだ
そんな田中氏が、特に力を入れてパーツ開発に取り組んでいるのがスズキ・スイフトスポーツ。ZC31Sから現在のZC33Sに至るまで、エアロパーツから足まわり、エンジンパーツまでさまざまなアイテムをラインアップしている。
「トヨタの開発ドライバーをしている頃に車両開発などにもたくさん携わらせていただいていたんですが、はじめてスイフトスポーツに乗った時に『これは良いクルマだ』って思ったんです。シャシー剛性がすごく良くて、なんだかドキドキしたんですよね。コンパクトカーのワンメイクレース用車両開発などの経験もフル活用することができたこともあり、すごく前向きに真剣に取り組んでいますよ。今後は僕『ミノル』だけではなくスタッフのアイディアも製品化していく『みんなインターナショナル』になっていけたらいいなと。それから、最近はドライビングやセッティングに関して発信するYouTubeチャンネルも力を入れていこうと思っていますよ」
「僕は自分で運転が上手だとは思っていません。だからこそ勝つためにはセッティングができるという能力が重要だったし、運転が上手いのとおなじくらい大切だと学ぶことができたんです。逆に、もし運転が上手だったらテクニックでなんとかできちゃうから、ここまでモノにこだわることはなかったと思うんですよね」
本気でモノと向き合ったプロドライバーが作り上げた製品。それがミノルインターナショナルのアイテム群であり、それらを愛車で実際に使って性能に魅了されたユーザーの口コミによって、その評判は現在進行形で広がり続けている。
(取材協力:ミノルインターナショナル)
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