コンサバティブなクラウンのイメージを変えた「アスリート」・・・グレード名で語る名車たち
クルマは装備や機能の違いでいくつかのグレードが用意されます。中にはハイパフォーマンスなパワートレインを搭載した特別なグレードが用意されるモデルも存在します。そのグレード名やサブネームはモデル名とともに、クルマ好きの記憶に刻まれています。中にはグレード名やサブネームが後に車名になったものもありました。
今回は「ロイヤルサルーン」に代表されるクラウンのプレミアム性に対して、新たなクラウンの挑戦を体現した「アスリート」というグレードから、クラウンの歴史を振り返ります。
クラウンの歴史は革新と挑戦の歴史
2022年7月にワールドプレミアされた16代目クラウン。ベールを脱いだ姿を見て、多くの人が驚きました。ステージに並べられた4モデルは伝統の3ボックススタイルではなく、クロスオーバー、スポーツ、エステートという3つのSUVと、ファストバックのセダン。きっと多くの人が「本当にこれがクラウンなのか!?」と思ったはずです。
「いつかはクラウン」という7代目(MS120系)のキャッチフレーズが象徴するように、昭和の時代、クラウンは庶民にとって憧れの車でした。文字通り「いつかは自分もクラウンに乗ってみたい」と思う人は大勢いたはずです。
平成になると多くの高級車が世に送り出され、さらにプレミアムブランドであるレクサスが日本での展開をスタートさせます。また、世の中的にミニバンやSUV、コンパクトなモデルへの注目が高まりました。
そんな中でクラウンはどのように進化すべきか。その回答が、4種類のクラウンでした。新しいクラウンに多くの人が驚かされたのは、クラウンというクルマにコンサバティブ(保守的)なイメージを抱いているからではないでしょうか。
1952年に初代トヨペットクラウンが登場してから、クラウンは日本の道のことを考え続けてきました。ベーシックな3ボックススタイルで、リアのバンバーが輸入車のように湾曲していなくて横一直線なのは、狭い駐車場におしりから入れるための配慮。湾曲していると車両感覚がつかみにくく、バンパーを壁などにぶつけてしまう可能性があるから。
多くのクルマがモデルチェンジのたびにサイズが大きくなっていく中でも全幅を1800mmに抑えていたのは、車線が狭い日本の道でも走りやすくするためです。
このように保守的な面がある一方で、実はクラウンの歴史は革新と挑戦の歴史でもあります。モデルチェンジのたびにトヨタの最新技術を搭載し、走りと快適性を高めてきました。そして長くクラウンに乗るオーナーだけでなく、これまでクラウンに目が向いていなかった人にもクラウンの魅力を伝えることで、フラッグシップモデルとしての確固たる地位を築き上げてきたのです。
それを象徴するのが、「アスリート」ではないでしょうか。
1989年2月、クラウンアスリートが誕生
優雅で落ち着きのある高級車。そんなクラウンのイメージを体現したのが、「ロイヤルサルーン」です。ロイヤルサルーンが初めて設定されたのは「美しい日本のクラウン」というキャッチコピーで登場した5代目(80系)でした。
クジラと呼ばれる4代目(60系)の先進すぎるデザインが歴代オーナーから評判が芳しくなかったため、5代目はクラウンの王道的なスタイルに戻りました。最上級グレードにつけられたロイヤルという言葉は、クラウンの王道的なプレミアム性を体現したものです。以降、このグレード名はクラウンの代名詞として使われていきます。
一方でフラッグシップモデルとして新たなユーザーを獲得することもクラウンの使命。しかし保守的なイメージは拭えず、さらにトヨタの新車販売スケジュールではセルシオやクラウンマジェスタといった新たな高級セダンの登場が決まっている状態。そんな中でどうやって新たなクラウンファンを獲得するか。その答えが「スポーティ」でした。
最初に「アスリート」の名が登場したのが、「いつかはクラウン」というキャッチコピーで有名な7代目クラウン(120系)で1984年のこと。スポーティな設定のサスペンションやフロントスポイラーなどが採用された特別仕様車でした。
8代目クラウン(130系)では、1989年2月に特別仕様車として2L直6スーパーチャージャーを搭載した「アスリート」が登場。1989年8月のマイナーチェンジでは3L直6を積んだ「アスリートL」がカタログモデルとして登場します。
専用サスペンションやスポーツタイヤが装備されるアスリートは、長くクラウンに乗ってきた人にとっては異質な存在だったかもしれません。しかしライバルモデルである日産 セドリック/グロリアにはスポーティグレードである「グランツーリスモ」がラインナップされ、支持を集めました。クラウンのチャレンジは必然だったのかもしれません。
しかし「アスリート」という名称は1991年10月に登場した9代目クラウン(140系)では使用されなくなり、スポーティグレードには「ロイヤルツーリング」という名称が与えられました。
「アスリート」という名称が復活したのは1999年9月に登場した11代目(170系)。アスリートVには最高出力280psを発揮する2.5L直6ターボを搭載し、前後異サイズのスポーツタイヤを装着。外観もアスリート系とロイヤル系では差別化が図られ、アスリートはクラウンのスポーティモデルとして定着します。
さまざまな冒険に果敢に挑んだ210系クラウンアスリート
2012年に登場した14代目(210系)ではこれまでにない新たな挑戦が行われました。11〜13代目でもアスリートとロイヤルでは外観が変えられていましたが、14代目ではグリル形状をまったく違うものにし、アスリートとロイヤルで別の車と思わせるほどの違いを打ち出します。リアコンビネーションランプもスポーツモデルを連想させる丸型を基調としたデザインが採用されました。
衝撃的だったのは2013年7月に登場した特別仕様車。なんとボディカラーがピンク色(リボーンピンク)、それもショッキングピンクと言っていいカラーをまとったモデルが登場したのです。インテリアは白を基調にピンクがあしらわれています。これは演出家のテリー伊藤さんがプロデュースしたものでした。
こんな冒険はとてもじゃないですが保守的な時代のクラウンではできることではありません。同じ210系クラウンでもコンサバティブなロイヤルでは許されないはず。スポーティ路線を打ち出し、ロイヤルよりも若いユーザーをターゲットにさまざまなことに果敢にチャレンジするアスリートだからこそなし得た“遊び”だったと思います。
実はピンククラウンは210系クラウンの発表会で公開され、発売予定であることも告知されていました。これを聞いた時、正直に言って「何を考えているんだ??」と思ったのを覚えています。でも街を走るピンククラウンは不思議と違和感がなく、むしろ歩道を歩く人を華やかな気分にしてくれました。
伝統あるモデルの開発者をインタビューすると、「これまでそのクルマの開発に携わってきた、強い思い入れを持った諸先輩方からさまざまな意見が届く」という話を聞きます。ピンククラウンは先人たちからどのような意見が届いたのか、聞いてみたいですね。
210系クラウンアスリートは2015年に空色editionと若草色editionという特別仕様車を発売。さらに2015年10月のマイナーチェンジでは「ジャパンカラーセレクションパッケージ」をオプション設定。茜色や群青、翡翠といった日本ならではの繊細な色域の12色をボディカラーに設定しました。
2018年6月に登場した15代目(220系)ではアスリート系とロイヤル系が統合されました。クラウンの中に確固たる2つのブランドを築き上げても、必要なら敢えてそれらに頼らず違う道を選ぶ。これもクラウンの「革新と挑戦」の表れでしょう。
現在のクラウンシリーズではZやRSといったアルファベットがグレード名に使用されています。でも170系でアスリートの名称が復活したように、いつかまたアスリートが登場することがあるかもしれませんね。
(文:高橋満<BRIDGE MAN> 写真:トヨタ自動車)
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