いすゞの傑作 ジェミニの「イルムシャー」と「ハンドリングバイロータス」・・・グレード名で語る名車たち
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ジェミニ ハンドリングバイロータス
クルマは装備や機能の違いでいくつかのグレードが用意されます。中にはハイパフォーマンスなパワートレインを搭載した特別なグレードが用意されるモデルも存在します。そのグレード名やサブネームはモデル名とともに、クルマ好きの記憶に刻まれていますし、中にはグレード名やサブネームが後に車名になったものもありました。
本コラムでは多くの人の記憶に残るモデルをグレードから振り返っていきます。
今回お届けするのは、いすゞ ジェミニの「イルムシャー」と「ハンドリングバイロータス」です。
FF化された“街の遊撃手”
トラックやバスなどの商用車を製造・販売しているいすゞ自動車。20代・30代の人にとっては「大きなトラックを造っている会社」という認識だと思いますし、クルマに興味がない人だともしかしたら社名が読めないかもしれません。
いすゞは日本では商用車を専門に販売していますが、海外ではピックアプトラックのD-MAXや、SUVのMU-Xを販売。どちらもシャープな表情がカッコいい人気モデルです。
いすゞはかつて、日本でも乗用車を製造・販売していましたが、経営不振により2002年9月末をもって日本での乗用車の自社生産から完全撤退し、商用車メーカーになった経緯があります。
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初代 いすゞ ジェミニ
では、いすゞの乗用車は人気がなかったのかというとそんなことは全然なく、むしろ多くの“名車”を世に送り出した稀有なメーカーでした。いすゞの名車は世代によって異なり、年配の方だとサーキットで活躍したベレットGTや、ジョルジェット・ジウジアーロがデザインした117クーペを思い出すはず。現在50代の筆者は117クーペ同様にジウジアーロがデザインした未来感溢れるピアッツァやジェミニが頭に浮かびます。
1974年にデビューした初代ジェミニの駆動方式はFRでしたが、1985年5月のフルモデルチェンジでFFになりました。それを強調するため、前期型はFFジェミニという車名で販売されました。実は2代目が登場した際にまだ初代が併売されていたため、それと差別化する必要もあったのです。初代ジェミニは1987年2月に販売が終了。同タイミングでマイナーチェンジを受けた2代目はFFが取れてジェミニという車名になりました。
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2代目 いすゞ ジェミニ(FFジェミニ)
2代目ジェミニと言えば、ヨーロッパの街中を複数台のジェミニがまるで踊るように走るCMが印象的でした。寸分の狂いもなく走る2台のジェミニを見て、最初はクルマ同士をパイプなどで繋いで撮影しているのかと思いましたが、そんなことは一切しておらずドライバーの呼吸を合わせて完璧な走りを見せていると聞いて驚いたものです。
撮影現場では相当な音量のスキール音などが響き渡っていたはずですが、それを一切使わずに優雅な音楽を流すことでクルマが踊っているように見せる。話は横にそれますが、『新世紀エヴァンゲリオン』で初号機と弐号機がユニゾンで使徒と戦うシーンを観た時、ジェミニのCMを思い出したほどです。
しなやかな乗り味の「ハンドリングバイロータス」
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ブリティッシュグリーンのジェミニ ハンドリングバイロータス
そんなジェミニで特に記憶に残るのが、『ハンドリングバイロータス』と『イルムシャー』という2つのスポーツグレード。いすゞは1971年からアメリカのゼネラルモーターズ(GM)と資本提携をしていて、ロータスも1986年にGMの傘下に入りました。そしていすゞとロータスは1987年に相互技術提携契約を締結。ハンドリングバイロータスはその中で生まれたモデルでした。
ロータスエンジニアリングがチューニングを施したサスペンションが採用され、MOMOのステアリングやレカロシートが装備されたハンドリングバイロータス。ホイールはオプションでBBSを選ぶことができました。
ボディカラーは渋めのブリティッシュグリーン。これがよかったんですよね。2代目ジェミニはカラフルなボディカラーが多数用意され、アヴァンギャルドなイメージがあったのですが、ハンドリングバイロータスは雨や霧が似合う深みのある色が採用された大人のコンパクトスポーツセダンという雰囲気に仕上げられました。
残念ながら筆者はハンドリングバイロータスを運転したことはありませんが、当時の試乗記を読むと外観同様に大人っぽいしなやかな乗り味だったようです。ハンドリングバイロータスはジェミニのほか、ピアッツァや本格RVのビッグホーンにも設定されました。
いすゞとロータスの相互技術提携で、ロータス側にはエンジンやトランスミッションを供給。2代目ロータス エランに搭載されました。さらにいすゞはF1用のV型12気筒エンジン「P799WE」を製作。ロータスのマシンに搭載されました。ただしこのエンジンはあくまでテスト開発が目的だったため、実戦投入はされていません。
本気のスポーツモデルの「イルムシャー」
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ジェミニ イルムシャー
もうひとつのスポーツモデル「イルムシャー」は、オペルのコンプリートカーなどを手掛けていたドイツのチューナー名で、こちらもGMとの提携の中で実現したもの。イルムシャーはFFジェミニ時代の1986年から設定。ちなみにイルムシャーが初設定されたのは初代アスカ(1985年)でした。
ハンドリングバイロータスがしなやかな大人の乗り味だったのに対し、イルムシャーは硬めの乗り味で、本気のスポーツモデルという位置づけでした。こちらも前席にレカロシートが奢られました。外観上の特徴はボンネットの小さなエアインテークと、ボディ同色のホイールキャップ。この足元が未来を感じさせるデザインで斬新でした。
ハンドリングバイロータスに憧れベースグレードを購入
筆者は1989年に19歳で運転免許を取得。そして1年後の1990年、親に頭を下げて50万円を貸してもらい、初めての愛車を手に入れました。それが2代目ジェミニ(FFが取れた後期型)だったのです。といってもハンドリングバイロータスやイルムシャーが50万円で買えるはずもなく、愛車は3ドアハッチバックのベースグレード、C/Cでしたが(しかも5MTではなく3ATでした)。
それでも「ハンドリングバイロータスと同じクルマに乗っている!」と大喜びで(はい。筆者はイルムシャー派ではなくロータス派でした)、横浜や湘南などへのドライブを楽しんでいたものです。今思えば普通のジェミニとハンドリングバイロータスは全然違うものなのでなんで喜んでいたのかわかりません。でもこれらのグレード名は若者をドキドキさせる、夢のある名前だったのだと思います。
ちなみに筆者はジェミニの次に、頭金0円の60回払いでNAロードスターを購入。選んだのはブリティッシュグリーン+タン内装のVスペシャルでした。この時もうひとつ憧れていたのがクラシックミニ。クーパーではなくブリティッシュグリーンのメイフェアでした。
ロードスターとミニ、どちらを買うか悩み、同じようにクルマ選びで悩んでいた友人に「君に似合うのはブリティッシュグリーンのミニだよ。絶対に様になる。え、カプチーノがいい?軽だと中が狭いからきついよ〜」と説得し続けてミニを選んでいただき、筆者がロードスターを購入。時々クルマを交換してどちらも楽しむという形にしたのです。カプチーノとミニも全然タイプが違いますが、本人も満足していたので問題ないですよね。
ロードスターとミニ、どちらもブリティッシュグリーンを考えていたのは、間違いなくジェミニ ハンドリングバイロータスの影響です。日本ではもう何十年もパール系と黒系のボディカラーが人気で、グリーン系はどちらかというと不人気色です。でも当時、ブリティッシュグリーンはジェントルなイメージで、色気を感じさせる色として人気があったんですよね。
ハンドリングバイロータスやイルムシャーはおろか、ジェミニの中古車すら滅多に見ることはなくなりましたが、いつかまた当時の筆者のようにグレード名を聞いただけでドキドキするようなモデルが登場してほしいなと思います。
(文:高橋満<BRIDGE MAN> 写真:いすゞ、平野陽、古宮こうき)
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