ラリーのナビゲーターはどんな仕事をしているの? APRC2018チャンピオン保井隆宏選手に聞いてみた

2017年に18年ぶりの参戦復帰を果たし、快進撃を続けるトヨタ・ヤリスWRCや、今年6月に公開された映画『OVER DRIVE』により、注目が集まるWRC(世界ラリー選手権)。2019年には、「ラリー・ジャパン」の9年ぶりの復活が濃厚となり、その関心はますます高まっています。

ラリーは、主に公道や林道を160km/h、ときには200km/hに達するとんでもないスピードで駆け抜け、各ステージの走行タイムを合算し、一番早いドライバーが勝利を飾る競技。チャンピオンとなるには、ドライバーの卓越したドライビング・テクニックと素晴らしいマシンが必要なのは当然ながら、それらを強力にアシストする役割を担う存在があります。「ナビゲーター」です。

安全かつ最速でゴールへ導く、もうひとりのドライバー

ナビゲーターは、ラリー中のマシンに設置されたカメラの映像で、助手席で早口でノートを読み上げている「もうひとりのドライバー」、「コ・ドライバー」とも呼ばれています。

ラリー好きな方なら、走行中にステージのコーナーの角度や状態まで事細かく書かれた「ペースノート」と呼ばれるノートを読み、ドライバーを安全かつ最速でゴールへ導く存在であることを知っているでしょう。

去年の「ラリー北海道」で使用されたペースノート。最初の「6L」は「6段階の左カーブ」を指し示す。段階の数字はカーブのキツさ。これを走行中に読み上げ、ドライバーをナビゲートする
去年の「ラリー北海道」で使用されたペースノート。最初の「6L」は「6段階の左カーブ」を指し示す。段階の数字はカーブのキツさ。これを走行中に読み上げ、ドライバーをナビゲートする

しかし、ナビゲーターの役割について、それ以外の部分はベールに包まれています。そこで、APRC(アジア・パシフィックラリー選手権)で「クスコレーシング シュコダ・ファビアR5」を駆る炭山裕矢選手のナビゲーターを勤めている、保井隆宏選手に、ナビゲーターの仕事や役割を教えていただきました。

手前のクルマが、保井隆宏選手が乗る「シュコダ・ファビアR5」。シュコダはチェコのメーカーでフォルクスワーゲングループのひとつ。日本で販売されていないが、ラリーファンの人気は高い
手前のクルマが、保井隆宏選手が乗る「シュコダ・ファビアR5」。シュコダはチェコのメーカーでフォルクスワーゲングループのひとつ。日本で販売されていないが、ラリーファンの人気は高い
ファビアの車内。手前がナビシート(助手席)。分かりづらいが足を乗せるプレートに「クラクション」と「ウィンドウウォッシャー」のスイッチがある。これはラリーカーではオーソドックスである
ファビアの車内。手前がナビシート(助手席)。分かりづらいが足を乗せるプレートに「クラクション」と「ウィンドウウォッシャー」のスイッチがある。これはラリーカーではオーソドックスである

テレビで写っている仕事は全体の約2割

ナビゲーターの一番の仕事は、ペースノートを読み上げることだと思いがちですが、保井選手に聞いてみると、「たしかにペースノートを読み上げるのは重要な仕事ですが、ひとつのラリーでの仕事の割合で言うと、全体の1~2割ぐらいでしかありません。」とのこと。では、残りの8~9割はというと、こんな仕事があるそうです。

■スケジュール管理や移動手段の手配
車両の運送まで含めると、ひとつのラリーが行われるまでに約1週間の準備期間が必要だそう。その間のスケジュール管理や現地まで行く交通手段の手配も、ナビゲーターが行うことがあると言います。

■競技区間中の移動の管理
SS(スペシャルステージ)と呼ばれる競技区間をいくつも走行し、そのタイムを競うラリー。SSが終了して次のSSに行くまでは、ラリーカーで自走して移動します。この移動区間をリエゾンとよび、ルートは、到着時刻とともに厳密に指定されているので、ナビゲーターは気を抜くことはできません。早すぎても遅すぎてもペナルティになってしまうのです。もちろん、一般車両も走っている公道を走るので、交通ルールは厳守!

「ラリー北海道」で実際に使われたロードブック。ロードブックは参加者全員にわたされるいわば「旅のしおり」。右のページには移動区間のルートが書かれている。移動区間は「指定場所以外での給油」はもちろんコンビニに寄ることもできない
「ラリー北海道」で実際に使われたロードブック。ロードブックは参加者全員にわたされるいわば「旅のしおり」。右のページには移動区間のルートが書かれている。移動区間は「指定場所以外での給油」はもちろんコンビニに寄ることもできない

また移動区間中は、ドライバーからマシンのフィーリングや不具合をヒアリングし、正確にチームやメカニックに伝達する役目もあります。ナビゲーターは、ドライバー以上にラリーの進行やマシンの状況を理解している必要があるのです。

■ペースノートを作る「レッキ」
「レッキ」とは、ペースノートを作るための事前試走のこと。一般の車両でコースを事前に走行し、ペースノートを作るのです。保井選手は、「ペースノートを作る『レッキ』が、準備や確認作業も含めると、ナビゲーターの仕事の中でもっとも多くの時間を割いてますね」と話します。

「レッキ」の様子。動画撮影もしてよりノートの精度を上げていく
「レッキ」の様子。動画撮影もしてよりノートの精度を上げていく

「レッキ」で作ったペースノートの質で、勝負が左右されます。このときに、ドライバーの人間性をいかに見極めるかが重要とのこと。ナビゲーターの目的は、いかにしてドライバーの最速の走りを引き出すか。そのためには、先のコーナーを指示するだけではなく、ときには鼓舞させたり叱咤激励したり、メンタル面のアシストもするので、「どういう人か」がわからないと勝負が難しくなります。同時に、ドライバーが一番聞き取りやすい「読み方」も把握して、ノートを仕上げていくことも大切です。

■ラリー全体を把握するマルチタスクプレイヤー
猛スピードの中で、常にたくさんのことを考えながら的確に指示をするナビゲーターの仕事は、究極のマルチタスク。もしナビゲーターになりたいのであれば、マルチタスクの能力とドライバーやチームに合わせられるコミュニケーション力(空気が読める能力)、ペースノートを読むリズム感などが必要とのこと。また、ドライバー経験があれば、自分の経験に基づいて的確な指示を与えられるため、ドライバー経験もあるとなお良いとのことです。聞けば聞くほど、ナビゲーターの仕事の幅広さに感心させられます。

ちなみにこのインタビューの後日、北海道で開催された「2018年FIAアジア・パシフィックラリー選手権(APRC)第4戦ラリー北海道」で、炭山裕矢選手/保井隆宏選手組は総合優勝を果たし、すでに前戦「マレーシア」で確定していたコ・ドライバーズタイトルとともに、この勝利でFIA APRCドライバーズタイトルも獲得しました。おめでとうございます!

(取材・文:クリハラジュン 編集:木谷宗義+ノオト)

[ガズー編集部]

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