2020年度グッドデザイン金賞に選ばれた「大型移動式防護車両 (ハイウェイ・トランスフォーマー)」って、どんなクルマ?

公益財団法人日本デザイン振興会により毎年、催される「グッドデザインアワード」。先頃、本年度(2020年)の結果が発表され、特に優れたデザインに授与される「グッドデザイン金賞(経済産業大臣賞)」の一つに、中日本ハイウェイ・メンテナンス名古屋株式会社の開発した「大型移動式防護車両 (ハイウェイ・トランスフォーマー)」が選ばれました。

2020年1月に車両が完成し、現在は三重県内の規制作業にて試験運用を重ねているという大型移動式防護車両。車両の企画から完成までの経緯や「グッドデザイン金賞」に値するデザインは、どのようにして生まれたのか、中日本ハイウェイ・メンテナンス名古屋株式会社、経営人事企画部・経営人事企画課の石崎清隆さんにお話を伺いました。

総合デザインに優れた製品に贈られるグッドデザイン賞

その名称から「優れた造形を有した製品に贈られる賞」というイメージのあるグッドデザイン賞。厳密には「社会への課題の取り組み」や「将来に向けての提案性」、「完成度の高さ」、「生活者からの支持」といった、あらゆる視点から見たデザインに優れる製品に贈られます。「グッドデザイン賞」は1000点以上。そこから「グッドデザイン・ベスト100」が選ばれ、さらにより優れた製品に「グッドデザイン大賞」や「グッドデザイン金賞」、「グッドフォーカス賞」といった特別賞が贈られます。

2020年度、クルマに関わる製品ではダイハツ「タフト」とトヨタ「ハリアー」、横浜ゴム「ウルトラワイドベース スタッドレスタイヤ (903W)」、ソニー「次世代EVへの取り組み (VISION-S)」が「グッドデザイン・ベスト100」を受賞。「グッドデザイン金賞」に選出されたのは19点。その中のひとつが「大型移動式防護車両」でした。

高速道路上で業務を行う作業員の安全を確保するために開発された「大型移動式防護車両」

高速道路上で路面や設備の保全、保守作業を行う際、ほとんどの場合は樹脂製の三角コーンを配置し、作業エリアと走行エリアを区分。作業エリアのずっと手前より視認性の高い標識や発煙筒を設置し、車線規制の注意喚起を行っています。それでも走行車両が作業エリアに進入し、規制器材や作業員に衝突するといった事故があとを絶ちません。

2017年、前方不注意の大型トラックが作業エリアに進入。1人が死亡し、4人が重軽傷を負う事故が中日本ハイウェイ管内で発生しました。この事故を契機に中日本ハイウェイ・メンテナンス名古屋株式会社では、路上で業務を行う人たちを直接防護できる製品を探し始めます。

国内外を調査したところ、アメリカに作業員を防護するトレーラーがあることを確認。輸入を検討しますが、トレーラーのサイズが日本の道路運送車両法の保安基準に適合せず、運用しても特殊車両として使用毎に通行許可申請が必要になることが判明します。緊急事態が発生した際は、即座に運用する必要があるため輸入を見送ることに。しかし、トレーラーの有効性は高かったためこれを参考にし、道路運送車両法にかなう車両を自動車メーカーと共同で開発することにしました。

2018年2月より車両の設計を開始。トラックサイズでは十分な作業空間が確保できないため、全長の伸縮を可能としたスライド機構の採用を決定。前例のない特殊な車両の開発となり、許認可基準に関する協議や構造の検討を繰り返しました。そして2018年12月、設計や仕様が固まり、車両の製作に着手します。

  • トラクターヘッド(トラック車両)と連結する、大型移動式防護車両の前部フレーム。主要部は手作業で製作しているのがわかる

    トラクターヘッド(トラック車両)と連結する、大型移動式防護車両の前部フレーム。主要部は手作業で製作しているのがわかる

  • 後部フレーム。作業員を守るため強固な構造をしている。追突してきた車両への衝撃を軽減させるため、最後部には大型の緩衝装置を搭載する

    後部フレーム。作業員を守るため強固な構造をしている。追突してきた車両への衝撃を軽減させるため、最後部には大型の緩衝装置を搭載する

製作は試行錯誤の繰り返しとなり、完成までに1年もの歳月を要することに。2020年1月、ついに大型移動式防護車両が完成。同年4月より試験運用が始まりました。

  • 道路運送車両法にかなうサイズに収められたため、申請の必要なく高速道路を走行することができる

    道路運送車両法にかなうサイズに収められたため、申請の必要なく高速道路を走行することができる

  • 走行時の連結全長は15.94メートル。作業時には23.35メートル(メインビーム最長/大型緩衝装置展開)にもなる

    走行時の連結全長は15.94メートル。作業時には23.35メートル(メインビーム最長/大型緩衝装置展開)にもなる

鉄の守りで作業員を囲い、不測の事態から守る

大型移動式防護車両の最大の特徴は、縦方向に伸縮して作業スペースを確保することにあります。伸縮の要となるメインビームは、強度を確保するため幅750mmの角型鋼材を使用しています。

  • メインビームの構造や素材が決定するまでに、幾度もの協議と再設計が行われた

    メインビームの構造や素材が決定するまでに、幾度もの協議と再設計が行われた

作業エリアを確保するため、まずメインビームを左右のどちらかに寄せます。寄せた際の省スペース化を図るため、左右にあるメインビームは上下段違いの構造となっています。

  • 走行時。メインビームは左右に配置され、走行に必要な強度とバランスを確保

    走行時。メインビームは左右に配置され、走行に必要な強度とバランスを確保

  • 作業内容や道路状況にあわせてメインビームが移動し、必要な横幅を作る。動力には電動ウインチを使用する

    作業内容や道路状況にあわせてメインビームが移動し、必要な横幅を作る。動力には電動ウインチを使用する

次にメインビームを縦方向に伸ばして、作業に必要なスペースを作ります。

  • 大型移動式防護車両を固定し、トラクターヘッドが前進してメインビームを伸ばす

    大型移動式防護車両を固定し、トラクターヘッドが前進してメインビームを伸ばす

  • メインビームを最長まで伸ばすと、長さ9.8メートルの作業スペースが生まれる

    メインビームを最長まで伸ばすと、長さ9.8メートルの作業スペースが生まれる

状況にもよりますが、メインビームの横方向の移動は最大距離を60秒程度で移動。縦方向の伸縮も60秒程で行えるので、作業スペースの確保や、作業後の走行形態への移行は短時間で済みます。

  • 実際の作業風景。側面や背面、前面の三方がしっかりと守られる。追い越し車線側の作業を行う際はメインビームが左側に移動し、メインビーム右側に作業スペースが作られる

    実際の作業風景。側面や背面、前面の三方がしっかりと守られる。追い越し車線側の作業を行う際はメインビームが左側に移動し、メインビーム右側に作業スペースが作られる

  • 作業車両を囲い、周辺に作業用のスペースを確保している

    作業車両を囲い、周辺に作業用のスペースを確保している

追突してしまったドライバーを守る大型緩衝装置

走行車両が誤って作業を行う車線に進入。高速のまま車両重量が25トン近い大型移動式防護車両に飛び込んでしまった場合、走行車両のドライバーや同乗者は大変な危険にさらされます。このような事態を想定して導入したのが、アメリカ製の大型緩衝装置です。

  • 大型移動式防護車両の後部に搭載された大型緩衝装置

    大型移動式防護車両の後部に搭載された大型緩衝装置

大型緩衝装置はLED標識灯を包み込む形で折りたたむことができ、走行時の全長を短くすることができます。展開後は、重量10トンの車両が時速80キロで衝突しても衝撃を吸収し、追突した車両への被害を低減させるのと同時に作業スペース内の安全を確保します。

  • 展開と折りたたみは電動シリンダにより行われる。この大型緩衝装置は、日本で最初の導入例となった

    展開と折りたたみは電動シリンダにより行われる。この大型緩衝装置は、日本で最初の導入例となった

これら数々の試みを実現した大型移動式防護車両は、今後の道路工事のあり方を変える可能性も評価されて「グッドデザイン金賞」を受賞しました。

「今回、『グッドデザイン金賞』を受賞した事で、我々関係者のみならず、高速道路を利用される方々や、高速道路とは異なる仕事をされている方々にも、高速道路で働いている方が如何に危険な環境で作業していたのかを知っていただくいい機会になりました。高速道路で作業をしている場所を通過される際は、安全な速度で走行していただけるのではないかと期待もしています。今回の開発で『グッドデザイン金賞』を受賞できた事は、想像を遥かに超えた喜びで一杯です。受賞に際し、格別の評価をいただき深く感謝いたします。今後はこの車両の現地稼働を踏まえながら、更なる作業の安全性向上に取組んでまいります」(石崎さん)

試験運用終了後は、日本中の高速道路上で目にすることとなる大型移動式防護車両。その際は「グッドデザイン金賞」を受賞したことや車体の特徴、開発から完成にいたるまでの出来事を同乗者に話してみてはいかがでしょう。

 

<関連リンク>

中日本ハイウェイ・メンテナンス名古屋株式会社
https://www.c-nexco-hmn.jp/
グッドデザインアワード
https://www.g-mark.org/

(文:糸井賢一/写真:中日本ハイウェイ・メンテナンス名古屋株式会社/編集:奥村みよ+ノオト)

[ガズー編集部]

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