「トヨタ鞍ヶ池記念館」 トヨタ自動車のものづくり精神に触れる
愛知県豊田市の市街地東部に、トヨタ自動車創業期の歩みを紹介する展示と創業者・豊田喜一郎の生前の別荘が移設されている「トヨタ鞍ヶ池(くらがいけ)記念館」があります。創業期の資料のほか、初の純国産乗用車「トヨペットクラウン(RS型)」といった車両も展示。同館の展示を通じて触れることのできるトヨタ自動車のものづくり精神とその背景について、副館長の都 頼康さんの案内で紹介します。
創業期の思いを伝える大切な場所
約96ヘクタールという広大な敷地の鞍ケ池公園。そこに隣接するトヨタ鞍ヶ池記念館は、トヨタ車生産台数1,000万台達成を記念して、1974年9月に竣工しました。当時は、トヨタの歴史を紹介する博物館のような展示でしたが、創業者である喜一郎はどのようにトヨタの基礎を築きあげたのか、トヨタの創業期の「思い」を紹介しようと1999年に施設をリニューアル。その際、喜一郎邸も移築されました。
「1937年にトヨタ自動車工業が立ち上がり、1,000万台達成するまでに35年間かかったんですよ。今は1年間で1,000万台達成できる会社となりましたが、これは自社だけでなく、販売店、代理店などトヨタにまつわる関連企業様の努力のおかげで達成しています。そういった、共に仕事をする取引先やお客さまにしっかりトヨタという会社を説明できる場所として、この記念館を活用しております」(都副館長)
同館には、「トヨタの迎賓館」として打ち合わせや会食ができるゲストハウスが併設されています。国内外のお客さまはまずここを訪れ、トヨタの創業期の歴史背景を知ってもらった上で仕事や取引を始めているそうです。おもてなしをする場所でもあり、新入社員・販売店研修にも使われている施設なのだとか。
ゲストハウスは内部非公開ですが、トヨタ鞍ヶ池記念館は一般の方に無料で公開されており、トヨタ自動車が所蔵する絵画を間近で見られる鞍ケ池アートサロン(施設内)も人気。クルマ好きが訪れるだけはなく、地域の人に対しての社会貢献という役割も果たしている施設です。
「トヨタ生産方式」の原点とは
館内は、トヨタ自動車のルーツである「織機」の展示から始まります。喜一郎の父・豊田佐吉が生涯をかけて発明に取り組んだ紡織機です。
当時の日本は、ドイツで作られている金属製織機が中心でしたが、高価すぎて買えない繊維会社ばかりでした。そこで佐吉は、コストを少しでも下げるために木材で製造。大事な部品だけ金属を使うという革新を行い、価格を20分の1まで下げて販売しました。この織機の開発がきっかけとなり、日本の繊維業界は爆発的に発展したのです。
豊田式汽力織機から28年後に誕生した無停止杼換(ひがえ)式豊田自動織機は、電気を使わず、からくり仕掛けで自動化されており、途中で糸が1本でも切れたら機械が止まる工夫がされていたそう。これは「不良が出たら止める」「不良品の山は作らない」との考えからで、「無駄を出さない」「品質は行程で守る」という現在の「トヨタ生産方式」の原点そのものです。
続いて、「日本とアメリカではクルマづくりに50年の差がある。日本でクルマづくりができるわけない」といわれていた1900年代初頭。喜一郎が10歳頃の日本とアメリカのクルマ事情を紹介するコーナーです。喜一郎の幼少期から学生時代、紡織機の開発に携わるまでの変遷を写真とともに追うことができます。
大きな転換点となったのは、喜一郎の2度にわたる欧米視察でした。クルマのある国の豊かさを目の当たりにした喜一郎は、自社事業の拡大のためではなく、「日本の国を豊かにしたい」という思いから自動車事業への進出を決意。1923年に関東大震災が発生し、フォードのバスが復興の足となった頃のことでした。
まず喜一郎は、1926年に織機の会社として「豊田自動織機製作所」を愛知県刈谷市に設立。この社内でもトヨタ生産方式の考えが生まれていたと都副館長は話します。
「この会社で最初に作っていた織機の図面が盗まれたときのことです。中小企業として大ピンチの事態。しかし、喜一郎は“この織機は、私たちが日々改善を重ねて作ったもの。盗んだ人が難しい図面を見ながら思考錯誤して機械が出来上がった頃には、我々は更に高いレベルの織機を作っている。だから心配する事はない”と社員に話をしたそうです。トヨタ生産方式の“日々改善”を重んじる考え方は、この頃から受け継がれています」(同)
困難を乗り越えていく日々をジオラマで再現
館内には、1/30縮尺の精密なジオラマ模型にラジオドラマ風の解説が流れる「ラジオラマ」が4つ配置されています。喜一郎と仲間たちが、数々の失敗を繰り返しながら困難を乗り越えていたシーンを再現。一つ目は、豊田自動織機製作所で「自動車部」を立ち上げ、夕方以降に技術者を集め、夜な夜な作業している様子です。
このラジオラマは1935年に東京・芝浦で試作車の運行試験をしているシーンです。1週間かけて、愛知から東京へ向かった理由は車体の不具合を確認するため。案の定、600件近くの不具合が出て、それを一つ一つ修理したそうです。
また、日本初の自動車一貫生産工場であった挙母(ころも)工場(現トヨタ本社工場)を1/400縮尺ジオラマ模型で再現展示。工場の周りで生活できる環境にこだわり、工場の目の前に男子寮、女子寮を作りました。「ジャスト・イン・タイム」の考え方に基づき配置された工場群や、研究施設・事務所などのほか、学校・病院・百貨店などを備えた工場エリア全体の様子を観察できます。
ものづくりは、人づくり
トヨダAA型乗用車は、1936年に発売されたトヨタ初の生産型乗用車。ボンネット上のマスコットは、漢字の「豊田」をモチーフに。ボンネット上のTOYODAマークは愛知の伝統工芸・七宝焼で作られています。当時としては画期的な流線型の車体。観音開きのドアは、着物でも乗りやすいよう配慮されていたそう。これも「お客さま視点」で、ものづくりをしていた象徴の一つです。
日本初の本格的国産乗用車・トヨペットクラウン(RS型)。1955年に誕生し、この年を境に日本の国産乗用車時代が始まりました。フロントグリルは、新しい時代を象徴するため、イギリスのジェット旅客機の空気取り入れ口をイメージしてデザイン。電力で動く「腕木式方向指示器」も採用されています。
常設展示「創業期の仲間たちから見た豊田喜一郎」では、生前の喜一郎の人柄を現すさまざまなエピソードを展示。「人づくり」を掲げていた精神性を感じとることができ、日本の発展のために、現場の第一線で夢中になって働く喜一郎の姿が目に浮かびます。
戦後、57歳で突然逝去した喜一郎。厳しい情勢の中でトヨタ自動車工業を創業し、今日のトヨタグループ発展の礎を築いたのです。
創業者・豊田喜一郎の思いとともに
施設の外には、1933年に喜一郎が名古屋市内に建てた住居が移築されています。名古屋の建築界の第一人者である鈴木禎次(ていじ)氏によって設計された建物は、西洋の伝統様式を採用し、1階は居間、食堂、台所を、食堂の南側には温室、2階には和室を設けて自動車部で議論を交わす場になっていたそうです。和洋の伝統意匠が融合し、最新設備や材料を積極的に導入した優れた住宅建築です。戦後、米軍の担当者が接収しようと訪れましたが、洋間に畳を敷いて使っていたことが嫌われ、幸いにも接収を免れたというエピソードも。
そして、喜一郎邸の目の前には、トヨタ自動車にとって大切な場所があります。2009年大規模なリコール問題を起こした際に豊田章男社長が抱いた思い……「喜一郎のように、お客さま第一で仕事をしていたのか?」「もっといいクルマを作りたい」。未曾有の危機を経験し、湧きあがったこの思いを後世に伝え続けるため、2011年2月24日の日付の入った「トヨタ再出発の日 記念」という札と、出発に関する植物を植えました。毎年2月24日はこの思いに立ち返る日となっているそうです。
最後に、トヨタ自動車のものづくりの思いを改めて都さんに伺いました。
「機織りをする母を楽にしたいという思い、繊維業界を発展させたいという志から織機を発明した佐吉。日本を豊かにするために国産自動車を造った喜一郎。そして、いま私たちはこれからクルマを製造するだけでなく、物や移動にまつわるすべてのサービスを提供する会社・モビリティカンパニーとしての歩みを進めています。トヨタが創業以来大切にしてきた理念“ものづくりは人づくり”を胸に挑戦を続けていきます」(同)
クルマ好きが楽しめる施設なのはもちろんのこと、トヨタ自動車の思いや理念に触れ、仕事観に影響を与える機会になるのではないでしょうか。
<取材協力>
トヨタ鞍ケ池記念館
http://www.toyota.co.jp/jp/about_toyota/facility/kuragaike/
(取材・文・写真:笹田理恵/編集:奥村みよ+ノオト)
[ガズー編集部]
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