救急車用のサイレンは急病人や重傷者に負担をかけないために生まれた
消防車や救急車の接近を知らせるサイレン。それぞれ異なる音をしているため車両は見えなくても、どちらが接近しているのか判別できます。しかし1970年(試験運用期間を含めると1966年)まで、両車のサイレンは同じ音を出していました。今回はサイレンの歴史と、どのような経緯をたどって今の音になったのかを、サイレンの老舗企業「株式会社大阪サイレン製作所」の担当者に伺いました。
国内のサイレンを牽引する株式会社大阪サイレン製作所
1933年に前身となる製作所が創業、1956年に現社名で設立した大阪サイレン製作所。業務は消防用手引きポンプの組み立てから始まり、以降、ハンドサイレン、救急車用の「ピーポーサイレン」、電子サイレンと、主流となるサイレンを開発。国内のサイレンを牽引し続けています。
「ウー」という音は、ハンドサイレンの構造から生まれた
サイレンは1819年、フランスの物理学者カニァール・ド・ラ・トゥールが考案したとされ、その語源はギリシャ神話に登場する海の怪物「セイレーン」との説があります。
大阪サイレン製作所では1932年よりハンドサイレンの製作、並びに消防自動車を製作する企業への納入を開始します。緊急車両に使用されるハンドサイレンは「遠心力サイレン」と呼ばれるもの。手動でハンドルを回すと本体内のファンが回転し、前面から吸い込んだ空気を側面に押し出します。本体内の「空気流出窓」も回転し、断続的に開閉。圧縮された空気が空気流出窓から解放されることで震え、あの「ウー」という大きな音が発生します。保安基準によりサイレンの音量は緊急車両の前方20メートルの位置で90ホン以上120ホン以下と定められており、ギアの組み合わせや空気流出窓の数と大きさで対応します。
初期のハンドサイレンは車内からハンドルを回すことができず、車外のステップに立つ、あるいは大きく身を乗り出す必要がありました。かなりの重労働で、安全の確保と疲労軽減のため、車内からハンドルを回せるよう改良された「チェーン式ハンドサイレン」が登場します。
1945年に朝日電機製作所(現シュナイダーエレクトリック)が小型モーターを用いた「モーターサイレン」を開発。諸官庁や警視庁への納品を開始します。
※シュナイダーエレクトリック公式ページ(https://www.proface.com/ja/company/info/history_sig)より
1953年より大阪サイレン製作所でもランプ付き電動モーターサイレンの製造を開始。各消防ポンプメーカーに納入します。当時の自動車バッテリーは電圧が低く、容量も小さかったため、大型のサイレンを回すには至りませんでした。しかし時代とともにバッテリーの性能は向上し、あわせてモーターサイレンの性能も大きく向上。電子式サイレンが主流となった現在でも一部の消防車では主サイレンとして使用され、また救急車も含めて補助用として需要があるため、引き続き販売されています。
モーターサイレンを販売したものの、最前線で働く消防職員から、より大きな音を出せるサイレンを求められます。大阪サイレン製作所では1958年頃より、クルマのエンジンから直接、動力を得る「機械式サイレン」を開発し販売します。
半導体とともに電子サイレンの性能が向上
現在、主流の電子式サイレン。アンプとスピーカーを組み合わせて電子的に音を発生させる仕組みで、擬似的にサイレンの音を再現しています。国内では1962年にアロー株式会社(現シュナイダーエレクトリック)が最初に製品化しました。
※シュナイダーエレクトリック公式ページより
大阪サイレン製作所は1960年頃にアメリカの電子サイレンを知り、開発に着手。1963年に製造を開始します。翌1964年にはサイレンと一緒に「カーン、カーン」という警鐘の音を再生できる、消防車用のサイレンを開発しました。当初の電子サイレンは緊急車両用のサイレンと認められておらず、1968年頃まで使用は補助用に限定されていました。
余談ですが、かつて警鐘は手動で鳴らしていましたが、のちに自動化。現在ではほとんどの消防車から警鐘は消え、警鐘を再現した電子音となっています。
発売当初の電子サイレンは音源に発振回路(電気回路)を、アンプにアナログアンプを使用していました。平成時代に入り、半導体の性能が飛躍的に向上。電子サイレンもバージョンアップを重ねます。最新の製品は音源にメモリ、アンプはデジタルアンプを使用。多くの機能が盛り込まれ、カーオーディオのスペース(1DEN)に収納できるほど小型化(高効率化・低発熱化)が進みました。
救急車用の「ピーポー」というサイレンは、フランスの警音機を元にした
1970年(試験運用期間を含めると1966年)より以前、救急車のサイレンは今の「ピーポー」ではなく、消防車と同じ「ウー」という音でした。救急車が出動した際、消防団員が消防車の出動と判断が付かず、消防署に連絡する事態が後を絶たなかったそうです。
大阪サイレン製作所の先代社長、上岡淑男氏は、急病人や重傷者を運ぶ救急車が消防車と同じサイレンでいいのかという疑問を持ち、実際にフランスで耳にした緊急車両の警音機(エアホーン)の音を参考に、従来のサイレンよりソフトな救急車用の電子サイレンを考案します。
1966年に開発された救急車用のサイレンは「ピーポーサイレン」と名付けられ、その名の通り電子音で「ピーポー」と鳴ります。神戸市で試験運用が行われ、1969年には神戸市消防局の全救急車にピーポーサイレンが装着されました。試験運用中、多くの新聞記事に取り上げられ、「ソフトで耳ざわりがよい」、「ドキッとせずにすむ」などの好意的な記事のほか、「緊急にならない」という批判的な記事もあったそうです。
ピーポーサイレンが正式に救急車用のサイレンとして定められたのは1970年に入ってからで、それまでは「ウー」というサイレンと併用して使用されました。消防庁の定めたピーポー音は、大阪サイレン製作所のピーポー音にビブラートが加わったもので、制定から2年かけてピーポーサイレンに切り替えられました。
消防車のサイレンの音は、かつて使用されたハンドサイレンの音が元になったもの。救急車用のサイレンは地域の消防団員の誤解を防ぐためと、運ばれる急病人や重傷者の身体を思って生まれたものでした。今後も時代やクルマ社会の実情に即して、緊急車両のサイレンは変化していくかもしれません。
<関連リンク>
大阪サイレン製作所
http://www.siren.co.jp/
(文:糸井賢一/写真・大阪サイレン製作所/編集:奥村みよ+ノオト)
[ガズー編集部]
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