北海道の自動車教習黎明期の自動車教習車を現代によみがえらせる 北海道科学大学「T型フォード再生プロジェクト」

北海道で初めて自動車教習所が開設されたのは1924年のこと。その当時教習車として使われていたT型フォードを現代によみがえらせようというプロジェクトが進められています。北海道科学大学の法人創立100周年記念事業「T型フォード再生プロジェクト」です。

1926年製T型フォードを当時の姿のまま走らせたいというプロジェクト発足の経緯や、現在の状況などをプロジェクト代表の北海道科学大学 事務局 藤田直也さんに伺いました。

6年近く沈黙していたエンジンが動き出す

「まずは乗ってみてください」――そう勧められてT型フォードに乗り込みました。エンジンはすんなりと1回ではかかりません。何度目かのトライで動き始めたエンジンは現在のクルマと比較にならないほど大きな音ではありましたが、機嫌よくエンジン音を響かせます。御年95歳のT型フォードはゆっくりと走り出しました。

――こちらのT型フォードは以前にもレストアされているそうですが、今回の「T型フォード再生プロジェクト」はどのような経緯で始まったのですか?

このT型フォードは以前にも2度レストアされています。1957年の北海道自動車短期大学(2014年に北海道科学大学短期大学部に校名変更)の開学5周年の時、そして、2003年の開学50周年の時です。2003年のレストア以降、調子が悪くなり動かせなくなってしまい、しばらく学内に静態展示をしていました。

本学の教職員と学生から学内外の人や企業と多岐に渡った連携により進める横断型プロジェクト「+PIT」※という取り組みを行っており、「T型フォード再生プロジェクト」はそのうちの一つです。貴重な財産の一つであるT型フォードを当時の姿で再現し、2024年の法人創立100周年の節目にお披露目をしようというのがこのプロジェクトの主な目的です。

※+PIT(Professional Innovation Team)プラスピットとは、「北海道の発展・成長に最も貢献する大学」を目指す北海道科学大学が、学内の教職員を起点に学内外の人や企業、グループと連携し、新たなプロジェクトに取り組むチームをサポートする仕組み

  • タイヤのスポークは木製

北海道初の自動車教習所「自動車運転技能教授所」で使われた1926年製T型フォード

――こちらのT型フォードは自動車の教習に使われていたそうですね。

私たちの法人は現在までに大学・短大・高校・自動車学校を設立しているのですが、その始まりは1924年に伏木田隆作が開設した「自動車運転技能教授所」(現・北海道自動車学校)でした。この北海道初の自動車教習所で教習車として使われていたのが今回レストアをしている1926年製のT型フォードです。

  • 幌はもちろん手動で

  • 内側のベージュに見える部分は当時のまま、外側の黒い部分は新しく張り替えたもの。内部のアールのついた黒いフレームは木製

  • 方向指示器は日本製。当時の日本の交通法規に則ってつくられた

――当時の資料は残っているのですか?

残念ながらわずかな写真くらいしか本学には残ってはいません。だいたい 1933年頃までは現役で使われていたようです。その後、A型フォードやB型フォードなどが出てきて、T型フォードの出番がなくなってきたため、当時の北海道自動車学校から北海道自動車短期大学へと譲られたのではないかと。その後2回のレストアが行われ、現在に至ります。本学をずっと支えてきてくれたT型フォードというわけです。

  • 「自動車運転技能教授所」開設当時の資料はわずかな写真が残るのみ。こちらは1927年頃の集合写真

  • 1957年の第1回目のレストアのときの写真

  • 今回のレストアで見つかった1957年のレストア時の整備スタッフによる記念サイン

外観だけではなく内部も当時のままに

――ようやく動くところまでこぎつけたわけですが、どんなところが大変でしたか?

とにかく資料がなかった! そもそもT型フォードはアメリカ製なので日本における整備資料があまり存在していなかったようです。短大の開学5周年でレストアしたときは北海道自動車学校の整備工の先生方が自分たちの経験則から整備をされていたようです。その時の資料も残っていませんでした。

――当時の先生方は手探りでやっていた?!

そうですね。そこで、一からいろいろ資料を探しました。アメリカのT型フォードのファンクラブでつくられた分解図や海外のパーツショップで公開している情報などを集めて勉強しました。また、今回は当時の姿をできるだけよみがえらせようということで、2回のレストア時に代替えで組み込まれたパーツも当時の仕様に順次取り替えていきます。

  • 膨大な資料の数々。これらの資料を後世に残すのもプロジェクトの目的の一つ

――パーツはどのように入手しているのですか?

海外のショップから取り寄せています。アメリカではT型フォードは普通に走っていますので、そういったショップは結構あります。こうして外側だけではなく内部構造も当時のままに復元することを目指しています。そうでなくてはこのクルマの価値はなくなってしまいます。たとえ外観が再生したとしても現在のエンジンがついていては意味がないと考えています。

構造はいたってシンプル! あちらこちらに手づくり感の溢れるエンジン

――今のクルマと構造的な違いはありますか?

大きくは変わらないと思います。今の機械はいろいろな問題を補うためにたくさんの機能がついていますよね。それらをどんどん引いて極限にシンプルにしたらこの形になるのではないでしょうか。

  • ボンネット内部

  • 布製ベルトをかしめて止めてある

違うところといえば、電気的な部分でしょうか。電気的な技術がまだ未開発だった当時は、複雑な電気制御がほぼなく、電気をオンにするかオフにするかそのくらいのものでした。あとは、操作性ですね。手元にスロットルレバーとスパークレバーがあるので、ハンドルに各種調整レバーがあり手元で操作をする現在のF1のマシンにイメージが似ているかもしれません。ハンドブレーキ、ブレーキペダルも今のクルマとは役割や操作が異なっています。

  • 横から見た運転席

燃料もポンプがついているわけではなく、自重落下です。流しているだけ。おそらく、壊れても自分で直せるようにシンプルにしていたのではないかなと思いますね。当時は自動車整備士が少なく、クルマを購入した人が整備マニュアルをもらって自分で直すのが当たり前だったのでしょうから。

  • イグニッションコイルが木製の箱!

  • イグニッションコイルを取り出したところ。木箱そのもの

2024年に向けて 学内だけではなくさまざまな場でお披露目を

――学生さんたちはどのようにかかわってきたのですか?

もちろん、機械工学科の自動車関連のゼミ生や大学院生には整備にかかわってもらっています。それから、直接クルマいじりをしたいわけではないけど、とても興味があるという学生が来て「これはどういう構造なのですか?」、「これは何なのですか?」などと作業中に声をかけてくれます。保健・医療学科の学生たちがまったく違う分野の工学に興味をもってくれるというのはとても意味のあることだと思いますね。

  • 昼休みになると学生たちが集まってきた

このことからも、このT型フォードは教育的資産としてとても価値のあるものだと思います。今後はただ展示して見せるというのだけではなく、教育のための教材としても生かせるよう検討していかなければいけないと考えています。

  • 一緒に展示されているT型フォードのスペアエンジン

  • エンジン台も1927年(昭和2年)に函館の鉄工所でつくられた貴重なもの

また、このT型フォードは北海道内でも歴史ある貴重な1台だと思います。学内だけではなく、例えば札幌モータショーなど各地のイベントなどでも、ぜひお披露目していきたいですね。

――2024年に向けて夢が広がりますね。

まだまだ細かくチェックが必要なところもあるので、入念に手入れをして2024年も無事に元気に走れるようにしたいですね。1926年製現在95歳のすごいおじいちゃんなので全速力で走れとはいえませんから、動けるだけ元気! すごい! という気持ちで整備を続けています。

乗せていただいたT型フォードは、95歳とは思えない健脚でした。北海道のクルマの歴史を見つめ続けてきたT型フォード。いろいろな人たちと触れ合える日が楽しみです。

<取材協力>
学校法人北海道科学大学
T型フォード再生プロジェクト
学校法人北海道科学大学創立100周年記念事業

(取材・文・写真:わたなべひろみ/写真:学校法人北海道科学大学/編集:奥村みよ+ノオト)

[ガズー編集部]

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