【折原弘之の目】チャンピオン争い中の最終戦は、特別な総力戦

テニスやゴルフなどでは、「ウインブルドンチャンピオン」や「全米オープンチャンピオン」など単一大会でチャンピオンの称号が与えられれる。ところがモータースポーツでは、単一大会優勝は“ウィナー”であり「チャンピオン」とは呼ばれない。あくまでも年間を通してシリーズ優勝を果たしたチームと選手のみが、チャンピオンと呼ばれるのだ。モータースポーツにおいてチャンピオンは、基本的に年間に1人(1組、1チーム)しか生まれない。それだけにチャンピオンの重みや思いの価値は、もしかすると他のスポーツより重いと言えるのではないだろうか。

  • 2017年ピエール・ガスリー選手と0、5ポイント差で最終戦を迎えた石浦選手

  • 雨の影響でレースがキャンセルとなった2017年の鈴鹿最終戦

モータースポーツにおいてチャンピオンを狙うにためは、年間通しての成績が求められる。1レース勝っても、他のレースでリタイアしたり、成績が振るわなかったりだと栄誉は掴めない。開幕戦から成績を積み上げてきたチームや選手が、初めてチャンピオンを獲る権利を与えられるのだ。

2度のスーパーフォーミュラチャンピオンに輝いた石浦宏明選手は、最終戦はゴルフでいうところの最終ホールのウイニングパットに似ていると言う。

「チャンピオン争いをしている時は、ドライバーはもちろんですが、メカニックやエンジニアといったチームメンバー全員に緊張感があるんです。開幕前のテストから積み上げてきた努力と得点は、ドライバーだけのものではないのでスタッフが緊張するのも当たり前なんですが。そんな中で迎える最終戦ですから、『絶対にミスできない』とか『少しでも速くすることは出来ないか』と、プラスアルファを模索するんです。ですから普段なら変えないような、まだマイレッジが残っている部品も全部変えます。

とにかく、不慮のアクシデントが起こらないようにあらゆる事をするんです。観客の皆さんから見たら、シリーズ戦の中の1レースに過ぎないのかもしれません。ですが、チャンピオン争いをしているチームにとっては、特別と言うより別格の総力戦なんです。」

と語ってくれた。どうやらチャンピオン争いをしているチームは、我々の想像以上にハードな戦いを強いられているようだ。

  • チャンピオン争いの最終戦を迎えた片岡選手にも緊張の色がうかがえる

  • 2017年に2度目のチャンピオンとなった片岡 龍也 選手・谷口 信輝 選手

チャンピオンを争う最終戦では、置かれたシュチュエーションは皆それぞれ違う。その事について、何度もチャンピオン争いを経験したことのある片岡龍也選手に聞いてみた。

「チャンピオン争いをする以上、チャンピオンを獲ることが最低目標なのです。これは当たり前のことですが、最終戦に向けてそれを成し遂げるための条件の確認から入ります。自分のチームは守って勝てるのか、攻めなければ獲れない状況なのか。それによって大きく作戦が変わってきます。もしライバルより劣っていると感じるならば、それを埋める努力が必要になります。場合によっては普段なら絶対に冒さないリスクを、背負わなければならないことも覚悟しなければなりません」

と話す。攻めないといけないにしても、守り切らなければならないにしてもドライバーにはかなりのプレッシャーがかかってくるはず。その事については、

「チャンピオン争いしながら迎える最終戦で、緊張しないドライバーなんて居ませんよね。そんな中でチャンピオンを獲るための努力と、可能性を求めていかなければなりません。とはいえ気合を入れれば獲れるものでも無いですから、ある程度の開き直りとリラックスは必要になります。

何度かチャンピオン経験を重ねれば、最終戦への臨み方やリラックスの仕方も分かってきます。ですが、最初のチャンピオン争いであれば、意識するなと言われても意識してしまのが当たり前です。ただ一つ言えるのはチャンピオン争いのプレッシャーで力を出せないドライバーは、チャンピオンにはなれないということです。」

と語ってくれた。どんなドライバーでも、チャンピオンのかかった最終戦では緊張する。もちろんそれはドライバーだけではなく、チーム全員に同じことが言えるということだ。

最初のチャンピオン争いの最終戦では右手と右足が一緒に出るほど緊張したとの事

どんな形でも最終戦までチャンピオンの可能性を残すことが大切だ

最後にチャンピオン争いをしながら迎える最終戦は、どんなメンタル状態なのかを石浦選手に聞いてみた。

「その時は苦しいかもしれませんが、楽しいですよ。だって一番注目されるわけですから。それにチームの仲間と1年間頑張ってきた結果なわけですから。チャンピオン争いをできないで迎えるのと、主役として迎えるのとでは雲泥の差ですよね。例え結果として獲れなかったとしても、狙える状態で最終戦に臨めるのは、それだけで価値があると思います。」

と、たとえ獲れなかったとしても、狙える位置に立てることを誇っても良いのだと思えるコメントがもらえた。

片岡選手からはこんなコメントをいただいた。

「チャンピオン争いに残った最終戦と言っても、モチベーションは置かれた状況で変わりますよね。理想的にはランキングトップで迎えるのか、ガチンコの僅差の2位で迎えるのか。あと計算上は可能性がある程度あるのか、ですが、それでも完全に権利を無くした状態で迎える最終戦とは違います。

権利を失ってしまえば、気持ち的には消化試合にしかならないと言っても過言ではないです。最終戦の土曜日の朝には、「ちょっと朝食の喉の通りが悪いな」程度の緊張感が欲しいし、逆に言えばその緊張感のある状況に身を置くために1年間戦っている感じです。獲れる獲れないのは運もありますから仕方ありませんが、その状況に身を置くことが居心地の良い状況ですから。」

2人のチャンピオン経験者の話を聞くことで、最終戦の重要さを一歩深く知ることができた。2023シーズンはまだ始まっていないが、水面下ではすでに開幕を迎えている。各レースを戦い、最終戦で心地よい緊張感を味わえるのは、果たして何人のドライバーなのだろうか。開幕戦前から、チャンピオンが決まる最終戦が楽しみで仕方がない。

(文、写真:折原弘之)

折原弘之 プロカメラマン

自転車、バイク、クルマなどレース、ほかにもスポーツに関わるものを対象に撮影活動を行っている。MotoGP、 F1の撮影で活躍し、国内の主なレースも活動の場としており、スーパー耐久も撮影の場として活動している。また、レース記事だけでなく、自ら企画取材して記事を執筆するなどライティングも行っている。

作品は、こちらのウェブで公開中
https://www.hiroyukiorihara.com/

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