【最終回】クルマは相棒。今も日々楽しむ私のカーライフ・・・寺田昌弘連載コラム
2015年10月から連載コラムを担当し、丸11年になりました。大学生のときにバイク雑誌の編集部でアルバイトをし、卒業後も会社員をしながら、4WDとSUVの専門誌「Let’s go 4WD」の創刊からライターとして関わり、執筆業は35年が経ちました。
主に現場で実体験したことを執筆する「現地現物」を大切にし、このコラムもランドクルーザーやクラシックカーのイベントに行って感じたことを現場の雰囲気とともにコラムにしてきました。
1997年からダカールラリーに参戦していたこともあり、連載コラムメンバーのなかでも、とりわけオフロードの話、茶色っぽい写真が多かったかと思います。また海外に行くこともあったので、現地のクルマ事情など、中東、EU、アフリカ大陸、南米大陸、オーストラリア大陸など海外で体験して感じたことを書いてきました。
1999年からHEVのプリウスで世界中を旅するプロジェクトのクルーをし、世界中のエココンシャスなヒト・コト・モノに触れ、のちにハイブリッドカーが世界中で当たり前に走る時代になり、今度はFCEVのミライで、ライブイベントなどエンターテインメントをCO2を出さない電源車としてサポートしたりと、モビリティが走る喜び、移動する楽しみ、人がつながるうれしさに加え、モビリティそのものが役に立つ手段を模索しています。
クルマを持つ喜びは相棒ができたうれしさから
16歳でバイクの免許を取得し、バイクにまたがり初めてエンジンをかけたとき「これなら日本中どこにでも行ける」と心躍った記憶が今もあります。そしてランドクルーザー70の運転席に乗って初めてエンジンをかけたとき「これなら世界中どこでも走れる」とワクワクしたことも覚えています。クルマに乗り始めてもうそろそろ40年が経ちます。気づけば約50ケ国をクルマで走り、人生の幅が広がってきました。
クルマを持つことは、相棒ができることだと思っています。車庫に停まっているのをみるだけでも安心するし、洗車しているときはきれいにしてあげたいと気持ちが入るし、どこか傷ついていないかなと確認するし。ランクル70でオフロードを走ると、ブッシュで擦れたり、石が跳ねて傷ついたりしますが、本当、ごめんねと謝っちゃいますし。
愛車から見れば、若いときにデートで楽しく盛り上がっている日もあれば、口喧嘩している日もあるし、仲間と他愛もない話で大笑いしていたり、どんなところへ行ったとか、全部知っているわけですし。何でも知っている相棒が愛車だと思います。今までいろんなクルマに乗ってきましたが、現在の愛車は4台になりました。
私の道を切り拓いてくれたランクル70
まず、30年前にパリダカールラリーに初参戦したときのまさしく相棒のランクル70。一緒に走った距離はまだ17万kmですが、EU、アフリカそして日本を走り、ランクル仲間を国内外に広げてくれました。
直列6気筒4,200ccのディーゼルエンジンに火を入れると、ボディから伝わってくる振動が高揚させてくれ、ストロークの長いシフトレバーはトラック然としていて、これぞはたらくクルマといった感じ。前後リーフスプリングにリジッドアクスルは、舗装のちょっとした段差でもひょこひょこと突き上げてきます。乗り心地は決してよくなく、安全や走破性を高める電子制御が何もないぶん、自分で操縦している感じが30年乗っても毎回湧き上がってきます。
TLCでダカールを走ったランクル200に感謝を込めて
知人からランクル200の引き取り先を探していると相談され、当時ランドクルーザープラドを所有していたのですが、仲間が欲しいということもあり、私もトヨタ車体のダカールラリーチーム(TLC)でランクル200に乗って参戦していたので、これも縁だとプラドを仲間に譲り、ランクル200を引き取りました。
走行距離は10万km、バンパーは傷だらけで車内もかなり汚れていましたが、きれいにリフレッシュしました。今までディーゼルエンジンやハイブリッドに乗ってきた私にとって、4,600cc V8ガソリンエンジンのエンジン音、エキゾーストノートのよさは格別で、また高速道路を余裕の低回転で走るゆとりに感動しています。
ダカールラリーで乗っていたランクル200は、同じくV8でしたがディーゼルターボエンジンで競技車だったので、乗り味はまったく異なりますが、同じフロントマスクを見ていると、南米大陸時代のダカールラリーを走っていた思い出が蘇ってきて、感謝の気持ちが溢れてきます。
HEVからFCEVへモビリティの多様性を感じるミライ
前回コラムにした通り、兄や姉が乗るならセダンがいいかなと思っていたところに、知人からの紹介でLUNA SEA SUGIZOさんと出会い、エンタメ業界もカーボンニュートラルへむけたアクションを広めたいとの思いに共感し、初代ミライをこのGAZOOの中古車情報をチェックしてすぐ購入。
乗り始めてみると、今までのパワーユニットとは違う新鮮さ、未来から現代にやってきたタイムマシンのようなワクワク感がたまらないです。まさか愛車が東京ドームのグラウンドに入ってLUNA SEA/GLAYのライブの楽器電源サポートをするなんて、ミライに乗っていなかったらできないことです。
そして現行ミライに乗り換え、ランクルでオフロード育ちだった私は、FRならではのオンロードの走りのおもしろさ、意のままにオンロードのワインディングを走れる操安性のよさに驚くばかりです。
父との思い出が蘇るトヨエース
家業が建築金物業だったので、小さいころ、父親と一緒にいたいときはトラックの助手席に乗って仕事を手伝っていました。免許取得後はしばらく、父や兄が仕事で使っていたトラックに乗って大学に行きながら、仕事の手伝いもしていました。さすがに友達と2人で遊びに行くとき、そのままだとカッコ悪いと思い、モトクロッサー(オフロード競技用バイク)を意味なく載せて行ったりしていました。
父親が他界し、兄も勤めに出るようになり、トラックを使わなくなったので、私が1.5トンのトヨエースを引き取ることになりました。家業の屋号であった「寺田商店」がキャビン横に書いてあるトヨエースは、東日本大震災のときは、災害支援車としてミネラルウォーターを運んだり、地元のお祭りでは荷物を運んだり、仮装してお囃子号として走ったり、モトクロッサーを載せてオフロードへ行くトランポとして活躍しています。運転していると父親といろんな話をした思い出が浮かび、私にとって大切な1台です。
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トヨエースにバイクを載せて友達と走りに行く
4台の愛車にはそれぞれの思い、単に移動だけでなく、乗るたびに心躍らせてくれる乗り物であり、人生を心豊かにしてくれる、まさしく相棒です。
駐車場代や保険、税金など現実的なことを考えれば、どれか1台に絞ったほうがいいのかもしれません。しかし、私にとってクルマはいろんな思い出が詰まった宝箱でもあり、日々を楽しく、明日への勇気をくれる心の友でもあります。
ガソリン、ディーゼル、FCEVと私なりのマルチパスウェイの相棒たちですが、年末には新たにランドクルーザーFJが加わります。ランクルのおかげで世界の道なき道を走り、人生そのものまで切り拓いてくれ、ミライのおかげで普段行けないようなライブイベントのバックステージに行き、アーティストの楽器電源サポートをしたりと、エンタメとモビリティのつながりを体感しています。
クルマは、行動の幅はもちろん、人生の幅まで広げてくれる最高の相棒です。日頃の活躍に感謝しながら、今日も洗車をしています。やはりクルマとのつきあいは最幸です。
今までコラムにお付き合いいただき、ありがとうございます。これからもみなさんのカーライフがさらに楽しくなることを祈りながら筆を置きます。
2026年8月吉日 寺田昌弘
【GAZOO編集部より】
世界の道なき道を走り、一期一会の出会いを大切にされてきた寺田さんだからこそ伝えられる物語がありました。11年にわたり、クルマがもたらす楽しさや可能性を届けていただいたことに、心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
ダカールラリー参戦をはじめアフリカ、北米、南米、欧州、アジア、オーストラリアと5大陸、50カ国以上をクルマで走り、クルマのある生活を現場で観てきたコラムニスト。愛車は2台のランドクルーザーに初代ミライを加え、FCEVに乗りながらモビリティーの未来を模索している。自身が日々、モビリティーを体感しながら思ったことを綴るコラム。







