【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#02

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

1st ミキ、仮免調査員になる。
#2

​わたしがいま働いている会社の名は、株式会社インスペクション。
直訳すると検査や査察だ。総合保険調査会社だから、生命保険や、火災、新種保険などに関わる調査も行うけど、主に自動車保険の支払いにかかわる事実確認、実態調査に強みを持っている。損害保険会社や弁護士事務所からの依頼を受けて、公平・中立の立場で事故案件を調査して報告するのが仕事だ。
元大手損保の営業マンだった松井社長が立ち上げた会社で、創業14年目だ。五反田にあるこのビルのワンフロアにいる50人近い社員を抱えていて、業界ではけっこう知られた存在らしい。
父の大学時代からの親友で、わたしが子供の頃から目をかけてくれた弁護士の河口仁がこの会社の顧問弁護士をしていて、半年前に存在を知った。
本当はコネとか使いたくなかった。でも、この業界はちょっと特殊だから、会社の数は多くないし、あまり門戸は開かれていない……。
東銀座にある河口綜合法律事務所には子供のころから、用もないのによく遊びに行っていた。仁先生はわたしのことが大好きだから、顔を見せるだけで喜んでくれる。
めったにお願いはしないけど、あの時ばかりは、仁先生の好きな「うさぎや」のどら焼きを差し入れして頼み込んだ。
「ミキちゃん、どんなイメージを持っているのかわからないけど、身体張ってさ、けっこう大変な仕事だよ。警察でも検察でもないから捜査権なんかないしさ。そういうなかで一般人を相手に調査をしなきゃいけないわけだからね」
そのことはすでに調査済みだった。大手の損保会社はどこも調査の部署を持っているけど、自ら動くには大変な手間がかかるから、外部に委託することもある。
素行調査などは探偵事務所に依頼するケースも多いようだ。
「それでもすごく興味があるんです。先生、お願い。紹介して。わたし、車が大好きだし、父が保険の外交員だったから、絶対に向いていると思うの」
腕を組んでしばらく黙り込んでしまった。
「先生、この通り。一生のお願い。どうしてもやりたいの」
「……。まあ、秘書か事務員だったら、ポジションはあるかもしれないけど……」
すがるような目をしながら、大きく頷いてみせた。
「はい、わたし、秘書検定三級持っていますから」
もう一度、今度はバンビのような小動物になりきって相手の目を見つめた。
「そうか、会社にも華が出て社員は喜ぶかもしれないな」
そうやって無理を言って、松井社長を紹介してもらった。
「どうしてもここで働きたいんです」と熱い思いを伝えると、「そこまでいうなら」と採用はすぐに決まった。仁先生はこの会社の顧問弁護士をしているから、社長としても無下に断れなかったのだろう。
調査員になりたかった理由は他にもいくつかあった。わたしは浦沢直樹の名作漫画『MASTERキートン』の大ファンなのだ。主人公の平賀は大学講師でありながら、イギリスに本社がある世界的な生命保険会社のオプ(調査員)をしている。オックスフォード大卒で頭が切れて、特殊部隊の元教官だから戦闘やサバイバルにはめっぽう強い。次々に難解な調査を解決していくあの主人公にずっと憧れていたのだ。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:FLEX AUTO REVIEW

編集:ノオト

[ガズー編集部]