【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#04

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

1st ミキ、仮免調査員になる。
#4

会社の入るビルを出て、愛想や優しさを微塵も感じさせない黒いスーツの背中を追いかける。社用車を停めている月極の立体駐車場に向かっているようだ。
周藤が駐車場のおじさんに「どうも」と言ってカードを手渡す。おじさんはこちらを珍しそうにチラチラと覗きながら、すぐに機械の操作を始めた。
間もなくブザーが鳴り響くと、ドアが両サイドに開いて、黒塗りのマークXがエレベーターに揺られながら上がってきた。
「わたしが運転しましょうか」
また舌打ちをされた。これで、さっきから数えて5回目だ。
「いらんこと言うな」
周藤が運転席に乗り込んで、ドアを大げさに閉めた。バックして車を回転テーブルまで出すとゆっくりと方向転換が始まった。置いていかれないように、回転が止まる前から慌てて助手席に滑り込んだ。
わたしがシートベルトを締める前から、少し荒っぽい手つきで、社用車のマークXを発進させた。洗礼のつもりだろうか。絶対わざとだ。
「目を通しておけ」と言われて、渡された資料に慌てて目をやる。
今日の調査案件がまとめられた資料のようだ。
文字を追いながら鼻腔が反応した。タバコの匂いだ。周藤が喫煙者だと聞いたことはなかったが、いかにも吸いそうだ。少し凹むが、気を取り直す。
調査対象者は千葉県柏市内に住む夫婦。夫の笠松雄介は52歳で、都内の中堅商社に勤めている。妻の由佳は専業主婦で、53歳。保険の運転者が2人に限定されているところを見ると、もう子供たちは実家を出ているのだろう。
自宅の屋外駐車場から盗難された自動車は、セルシオ30型、DBA-UCF31だ。色は、ブラック。資料に写真が添えられているが、洗練された最終型のセルシオと言われるだけあって、さすがの重厚感がある。
保険加入から1年6カ月目。自動車保険料は年額約25万円。等級は16だ。
保険の等級は6からスタートする。事故などを起こさず、保険を使用しなければそれだけ優遇されていく。最も高い等級は20で、無事故だった場合最短14年間で到達し、割引が適用される。
逆に、一度事故を起こして保険を使うと3等級減ることになり、最低の1等級になった場合は割高になる。保険会社を変更する場合もこの等級は引き継がれてしまう。あまり知られていないが、自動車盗難事故で車両保険を使った場合は1等級下がる。車両保険に入ると割高になるため、よほど高価な車でなければ最近は入らないユーザーも多い。
今回調査する車は車両保険に加入していて、保険金額は240万円。契約車両の年式や種類による時価(車両価格)によって設定される。会社によって設定額は異なるけど、車両保険が500万円、1000万円など一定の限度額を超えるような場合はいくつか条件があり、例えば屋外駐車場の場合、申し込みはできないこともある。
車が傾斜を登っていくのを感じて目を上げると、高速の入り口を通過しようとしていた。会社から「桐ヶ谷」の首都高入り口まではアクセスがいいので道が空いていれば10分もかからない。社長がここで起業したのもそれを考えてのことだろう。
首都高速2号目黒線に入り、マークXのスピードが一気に加速した。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:FLEX AUTO REVIEW

編集:ノオト

[ガズー編集部]