【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#13

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

2nd マークX、千葉へ走る。
#13

「あ、お前、俺のホワイトボードさ、帰宅に変えておいて」
「わかりました。お疲れさまです」
会社の駐車場に戻ると、周藤はすぐにそのまま駅に向かっていった。早歩きの背中が見えなくなるまで見つめてしまう。
周藤は会社のメールを見ないし、捕まえるのは大変だということで有名だ。それでも結果を出しているからなのか、特例のような形で許されている。
デスクに戻ると、時計の針は、もう20時をまわっていた。ちょっとおなかが空いているけど、今日調査した内容を振り返り、ワードでまとめていく。
「ミキちゃん、おつかれ。実地はどう」
同期入社の桜川和也がわたしに気づいて、声をかけてきた。
うちの会社は「調査員」と「報告書作成ライター」、主に2つの職種で求人を行っている。わたしたちが現場で調査してきたことを、ライターがクライアントに提出する報告書として作成する。分業制にすることで効率を上げているのだ。
桜川は調査報告書を作成する部署にいて、元々は自動車の取扱説明書を手がけるライターをしていたという。29歳で、わたしの2つ上。歳が近いということもあって、研修中は何度か一緒に飲みに行った。彼氏のいないわたしとは違い、長年つき合っている彼女がいるらしい。
「やっぱり、座学でやったこととは違って大変だね」
桜川は腕を組んで、うんうんと頷いてくれた。
「そうだよね、そのうえ、あんなすごい人の下にいきなりついたら気疲れもするだろうし、大変だよね。でも、みんな応援しているから」
やはり、周藤の会社での評価は「あんなすごい人」で一致しているようだ。
「ありがとう。ねえ、いま時間ある? ちょっと聞いていい」
桜川が怪訝な表情を浮かべた。「どうかしたの」と言い終わる前に、空いている会議室に連れて行った。桜川は困惑した様子ながら、椅子に腰をかける。
「周藤係長のことなんだけど、なんか知ってる?」
桜川がようやく事情を察して笑い出した。
「いや、あの人は謎だらけで、ベールに包まれているからさ。周藤係長のことはミキちゃんが一番知っているんじゃないかな」
「すごい人だっていうのはわかったんだけど……。なんかつかみ所がないというか、付け入る隙がないというか」
桜川が頷きながら、笑みを浮かべている。
「ずっと警察にいたのなら、たぶん会社員とはいろいろ違うよね。背中を見て覚えろって感じなんじゃないかな。最初は食らいついて、ゆっくり技を盗んでいけばいいよ」
「そうだよね、ありがとう」
「こっちでいい報告書がまとめられるように、期待して調査結果を待っているからさ。週末は休めるの?」
「うん、明日は愛車でドライブに行くんだ!」
「へぇ、車を持っているんだ? 家族の共通の車ってこと?」
「父のお下がりなんだけど、一応ね、マイカーなの」
わたしはドヤ顔をしてみせた。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:FLEX AUTO REVIEW

編集:ノオト

[ガズー編集部]