【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#16

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

3rd ヨタハチ、鎌倉へ走る。
#16

わたしは、損保業界の内情を探ろうと真由子に質問を続けた。
「でも、損保では自動車保険が要(かなめ)でしょ」
真由子がカップを傾ける。出てきたカフェモカには、ラテアートでかわいい雪だるまが描かれていた。もうそんな季節なのだ。
「うん、そうなんだけど。でも、これからはどこの会社もグローバル展開を進めていかなきゃならないみたい。もう国内市場は成熟というか飽和していて、ここから大きな成長は見込めないって言われているの」
ちょっと難しい話になってきた。
「海外でどうやって収益を上げるの」
「うちの会社も新興国の損保会社を次々に買収してる。向こうの国は、いま高速道路とかの交通網が整備され始めているんだって」
「そうなんだ」
「うん。これまで国内で培ってきたノウハウを生かして、成長が見込めるマーケットを掘り起こしていくみたい」
「なるほど。でも、日本国内でも、限られたパイを奪い合うような競争もかなり進んでいるんでしょ」
真由子がうんざりした表情を見せた。
「そう、いま、ネットで簡単に20社以上の見積もりを比較できるからね。損害率が上がって保険会社が支払う金額は上がる一方なのに、競争はこれからもどんどん進んでいくと思うよ」
どこの損害保険会社もそうだが、真由子のいる会社も、合併によって長くてややこしい名前になっている。
「合併した影響はあるの? 風土の違いとか」
「どうなんだろうね。わたしのいる部署に関しては、風土の違いは特に感じないけど……。でも、合併したことによって、相手側にはかなりの数の希望退職者が出たみたい。影響といえば、システム統合が本当に大変みたいで、安定するまで3年くらいかかるようなことを言っている人がいたよ」
真由子が話を続ける。
「給与とか待遇面への影響は、これから出てくるかもしれない。元々わたしたちの会社はかなり待遇がよかったの。でも、合併した会社との調整で、今まで家賃補助がけっこう出ていたのが一気に減らされる話が出たんだ。結局、それはもう少し先になったんだけど……。わたしも、そんなに減らされたら引っ越ししなきゃって心配になったよ」
近年、国内の損害保険業界の市場規模は7兆円ほど。その約半分を占めるのが自動車保険で、自賠責保険を合わせると約6割が自動車関連の保険だ。そのあとに火災保険などが続く。

損保のメインであるといえる自動車関係の保険が今後どうなっていくのか。これは真由子だけじゃなく、私の仕事や今後にも、大きく関係する話なのだ。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:FLEX AUTO REVIEW

編集:ノオト

[ガズー編集部]